紀伊風土記の丘を尋ねて大日山へ
熊野古道 紀伊路①(山中渓駅~湯浅駅)
(和歌山, 大阪)
2025年09月02日(火)
日帰り
久しぶりに紀伊風土記の丘へ。駐車場から資料館までのアプローチが様変わり。新たな埋蔵物が出土しているのだろうか、古くなった古墳の修復作業や道路の敷設作業で工事中。
緩やかな坂道を登り、将軍塚・郡長塚・知事塚を通り過ぎ、大日山へ。眺望よく、遠くには紀伊水道に浮かぶ船がちらほら。手前には大谷山。数年前はピークを踏んだが、山道を塞ぐ藪で本日は未到達。
万葉園の短歌をじっくり眺め、有間皇子を思う。謀反の罪であやめられた悲劇の皇子。中学校で習ったあの中大兄皇子達に図られた有間皇子の変。和歌山では毎年、偲ぶ行事が開催されている。この有間皇子が短歌を詠んだ地は熊野古道の一部。
できるならば今年中に熊野古道五ルート(中辺路、伊勢路、小辺路、紀伊路、大辺路)に挑戦してみたいものだ。
⚫️自分用メモ
岩代の 浜松が枝を 引き結び
ま幸くあらば また還り見む
意味:岩代の浜松の枝を(幸いを祈って)引き結び、もし命があるならまたここへ帰ってこよう。
解説:謀反の疑いをかけられ殺されようとしているが、自身の幸運を願い、再び帰ってきてこの浜松の枝を見たいという悲痛な願いを込めて詠んだ歌。しかし、叶わなかった。
家にあれば 笥に盛る飯を 草枕
旅にしあれば 椎の葉に盛る
意味:家にいれば食器(笥)に盛るご飯を今や草を枕とする旅の身なので、椎の葉に盛って食べよう。
解説:旅の途中で、粗末な食事しか摂れない現在の境遇を詠んだ歌。
万葉集に残されている歌で,捕らわれて紀の国に護送されるとき詠んだとされる。19歳という若さで詠み、あやめられている。