椿尾上城址(城山)
大国見山
(奈良)
2026年02月01日(日)
日帰り
寒くて山登りしんどい時期に行こうと考えていた、奈良の気になる山城🏯2つと山⛰️1つに行ってきました。3つとも1~2時間でさくっと登れます😊
1つ目は「椿尾上城址」。yamapでは城山となっています。名阪国道🛣️を奈良盆地から登っていく途中の、五ヶ谷ICを降り数km走ります🚗。道が工事👷で行き止まりになる所に登山口があります。
信貴山城、龍王山城と並び、大和三大山城と言われているそうですが、他の2つに比べ無名で、山城が好きな私も今回調べるまで、名前も知りませんでした🤔。しかし、今回行ってみて、かなり大きな規模で、幾重もの曲輪、空堀も結構残っており、さらに石垣まであって、掘り出し物の山城でした👍
WEBより
『筒井諸記』などの記録によると、椿尾上城(椶櫚城)は、筒井順慶が元亀元年(1570)に築いたと記されているが、天文年間(1532~55)に「元の木阿弥の逸話」で知られる筒井順昭(順慶の父)が、本城である平城の筒井城が攻略された時に備え築城したとの説もある。
永禄3年(1559)、多聞山城主・松永久秀が大和を制圧し、筒井氏は国中(大和平野)から追われて山内或いは国外に逼塞した。
元亀2年(1571)、順慶は椿尾上城を本拠に反撃に転じ、「辰市の合戦」で松永久秀を撃破すると、順慶は次第に旧領を回復していった。
天正5年(1578)松永久秀が信長に対して謀反を起こし信貴山城で自滅し滅亡した後、天正8年(1581)順慶は信長より大和20万石の大名に封じられた。
しかし、大和国内は高取城と大和郡山城以外は城郭破却を命じられたため椿尾上城も廃城となった。