幻の熊野古道・奥辺路 3泊4日スルーハイク
かつて弘法大師が開いた高野山と、熊野本宮大社。その二つの聖地を結ぶ道として、古くから修験者たちが辿った巡礼路。 奥辺路(おくへち)」と呼ばれるその道は、熊野古道が世界遺産登録された際もその記録が残された書物が見つからず、唯一世界遺産登録から漏れ、長い歴史の中で半ば幻のルートとなっていたそう。 ベース16キロのテント泊に食料4日分の装備と数リットルの水を背負い、高野山奥の院の静謐な空気の中スタートしました。ゴールの熊野本宮大社まで、果無山脈を繋ぐ約93キロの山行です。目的は、龍神村に移住した知人が地元行政と協力して再生を進めているこのトレイルの「現在地」を、自身の足で確かめることにありました。数年前にいつか歩きに行くと言った約束を果たしに。 しかし、2回の天候リスケに苛まれ、タイミング悪くこの梅雨明けのスケジュールとなり、近年の猛暑が牙を剥く過酷な条件下での山行となりました。 【湿度との戦い、そしてウエアの選択】 この時期の紀伊半島の山特有の、また低山の高温多湿の環境は想像以上でした。 連日の猛烈な暑さにより、汗がすごくてウエアの乾燥が追いつきません。寝る服以外にTシャツ(ベースレイヤー)を2着用意して交互に着回したものの、高い湿度の前には生乾きのまま。常に全身が水分を含んだ状態で歩き続けることになりました。特にボトムスに関しては、4日間ほぼ濡れっぱなしという状況でした。 普段の山行であれば、通気性を重視してポリエステル素材のパンツやショーツを選ぶことが多いのですが、今回はルートが荒れているという前情報があったため、耐久性のあるナイロン100%のワイドパンツを選択していました。これが結果的に大正解でした。 現在の奥辺路は、一般的な登山道とバリエーションルートのあいのこのような状態でした。行く手を阻む枝をバキバキ踏み、下草を掻き分けて進むセクションが頻発したため、ナイロンのタフさに助けられる場面が何度もありました。ワイドなシルエットのおかげで伸縮性がなくても足捌きにストレスはありませんでしたが、夏場の熱気だけはどうにもなりませんでした。 また、これまで北アルプスをはじめ多くの山域で信頼を置いていたポリエステル製の薄手キャップでしたが、ここでは遮熱性の限界を感じつつ、トレッキングポールで荷重を分散させながら、淡々と距離をこなす時間が続きました。 【硬いロードと、GPSの限界】 奥辺路のもう一つの特徴は、山道と林道(舗装路)が複雑に入り組んでいる点にあります。 重荷を背負い、硬いアスファルトの上を長距離歩行することは、足裏や肩へ予想以上の負荷を与えます。初日から左足の土踏まず上部に痛みが出始め、クッション性のある土のトレイルでは消え、舗装路に出ると再び痛むという現象が最後まで続きました。今後のハイカーに向けては、インソールやシューズのクッション対策をおすすめしたいです。舗装路が特に多いので。 さらに、現在このルートの各トレイルへの入り口の目印はほとんどないため、ルートファインディングには相応注意が求められました。 トレイルの入り口を探そうにも、先人のGPXデータや自身のログには必ず数メートルの位置ズレが発生します。林道とトレイルが並走している場所では、データ上は正しくトレースしているように見えても、実際のトレイルへの入り口を見落として通り過ぎてしまうのです。今回は時間に制約があったこともあり、入り口が判然としない場合は無理をせず、そのまま林道等のエスケープルートを選択して先を急ぐ場面もありました。 最後に合流した世界遺産「小辺路」そして特に「中辺路」の完璧に手入れされた観光道とは対照的に、奥辺路の森は原始的です。足元では無数のトカゲたちが動き、目の前を疾走していくシカの群れや、尾根筋で静かにこちらを見つめる1頭のニホンカモシカにも遭遇しました。ルート上には比較的新しいクマのフンも点在しており、人が少ないからこそ保たれている野生の濃さを実感させられます。 この4日間、主要な拠点を除けば、トレイル上で他のハイカーに出会うことはほぼありませんでした。その静寂の中で、印象深い出会いがありました。 初日の長い車道歩きの最中、全国の歴史を巡っているという車中泊のおじいちゃんが車を止め、みずみずしいバレンシアオレンジを差し入れてくれました。酷暑で食欲が落ち、アルファ米の炭水化物が喉を通りにくくなっていた体にとって、その水分と酸味は何よりの救いとなりました。 その際、おじいちゃんは近くの集落の長老から聞いたという、この道の歴史を語ってくれました。 「まだ車道(スカイライン)がなかった昔は.集落で病人が出ると、村人たちが板に乗せて.この険しい山を担ぎ越えて、医者のいる龍神温泉まで運んだ,ここはそういう生活の道だった」と。 修験道でもあるこの道は、かつて先人たちが大切な人の命を繋ぐために必死で汗を流した「生活の現場」だったという紛れもない事実がありました。 ヤマセミ温泉の近くの集落でも、地元の老人が「果無の山は自然林だから気持ちいいだろう」と声をかけてくれました。人工林を抜けた先に広がる果無山脈のぶな林の美しさは、確かに深く印象に残るものでした 【巡礼の道を歩き終えて】 4日目の午後2時53分。中辺路の整った杉木立を抜け、ゴールの熊野本宮大社へと到着しました。 神域の静けさの中で参拝を済ませたとき、長い山行を終えた安堵感が広がりました。 暑さや湿気による脱水や、舗装路による足裏の痛み、GPSのズレを見据えたルート判断など、多くの課題と向き合う4日間でした。 しかし、一歩一歩に集中してこの長い距離を消化していく時間は、かつての修験者たちが「古い自分を置いていく」ために歩いたという巡礼の本質を、静かに追体験させてくれるものだったと感じています。 【今後、奥辺路を歩く方へ】 このアプリやインターネットで検索するとULスタイルで2泊3日で歩く方が多いようです。体力に自信のある方はその歩き方が良いと思います。 もしくはテント泊ではなく温泉街の宿に宿泊するなどして装備品や食料等の荷物を持たずに山行するながらお勧めです。 時間がある方は5泊くらいなら一日の山行時間を短く刻むことも良いと思います。






