妹背山(沖の島) しま山100選🏝️の旅17 塞翁が馬物語
妹背山
(高知, 愛媛)
2026年03月14日(土)
日帰り
高知県宿毛市沖の島
絶海の一点、沖の島へ
「人間万事塞翁が馬」という言葉があるが、旅の空の下では、まさに事件は予告なく、そして劇的に幕を開ける。
荒ぶる紺碧の海へ
午前2時20分、まだ眠りに包まれる尾道を車で発った。闇夜を切り裂き、6時10分にはフェリー乗り場へ。朝日が昇り始める6時40分、冷たい海風に急かされるように乗船が始まった。
7時ちょうど、出港。
後で知ったことだが、この時すでに波浪注意報が発令されていた。窓の外、瀬戸内の穏やかさとは打って変わった風速14メートル近い強風。船体は容赦なく揺さぶられ、久方ぶりの船酔いに見舞われた。ギリギリの決行だったというその航路は、まさに「修行」の様相を呈していた。
島時間に抱かれて
8時30分、ようやく母島港へ降り立つ。
帰路の便まではたっぷりと時間がある。私はのんびりと島内周遊の途に就いた。母島から広瀬へと抜けるルートは、登山というよりは軽やかなトレッキングだ。山中に入れば、先ほどまでの狂騒が嘘のように風は凪ぎ、適度な傾斜の道が続く。
山頂からの眺望は絶景というほどではないが海も見える。
眺望は山頂よりも、島内の道すがら目に飛び込んでくる景色の方が格段に素晴らしい。空はどこまでも透き通るような快晴、しかし眼下の海は真っ白な白波が荒れ狂っている。
「快晴なのに嵐」
台風が直撃しているかのような轟々という風の音が、この旅の非日常を演出していた。
正午、キャンプ場を兼ねた白岩岬で足を止める。清潔な設備に安堵し、丘の上でありながら奇跡的に風を避けられる広場を見つけた。
ベンチと芝生に身を預け、1時間弱の午睡。
誰もいない。誰も来ない。ただ、激しい潮騒と風の音だけが、贅沢な「島時間」として私を包み込んでいた。
暗転、そして「逆転イッパツマン」のメロディ
13時15分、轟々音の風の音を切り裂き、突然の宿毛市広報の無機質な放送が島内に響き渡る。
「本日の午後便は欠航します」
一瞬、思考が止まった。
欠航。つまり、帰りの足が消えた。
見上げれば空は青く、太陽は眩しい。それなのに、海は牙を剥いている。現実に立ち尽くし、宿泊を覚悟してトボトボと歩き出した。
そんな私に声をかけてくれたのは、軽トラの助手席にいた島の若奥様だった。
「午後便、欠航ですけど大丈夫ですか?」
その何気ない優しさが、心細い旅人の心に深く染み入る。「ありがとうございます、泊まろうと思います」と答えるのが精一杯だった。
奇跡の渡船
14時、諦め顔で宿の門を叩く。「船が止まったので、部屋は空いていますか?」
しかし、そこから事態は急転する。
奥で主人とやり取りしていた女将さんが、顔を上げて言った。
「渡船があるから、それで帰れるよ」
渡船? 帰れる?
まさに青天の霹靂。頭の中では、懐かしの「逆転イッパツマン」のメロディが鳴り響いていた。
14時30分、宿の方の軽トラに揺られ、島の裏側にある久保港へ移送していただく。ふと海面を見れば、そこには悠々と泳ぐ海亀の姿。この緊迫した状況下で出会う神聖な生き物に、不思議な縁を感じずにはいられなかった。
釣り客に紛れて、いざ帰路へ
15時、現れたのは「渡船」という名の釣り船だった。
乗り込んだのは私を含めた一般客4名と、精悍な顔つきの釣り客11名ほど。
この高速移動を誇る釣り船が、また凄まじかった。往路のフェリーを凌駕する激しい揺れ。もはや無心にならなければ、胃の中のものが悲鳴を上げるレベルだ。
15時40分、リバースする前に片瀬港へ到着。
予定していた時間よりも大幅に早く、まだ明るいうちに本土へ戻ることができた。
災い転じて福となす。
予定通りにはいかないからこそ、旅は面白い。島の人々の優しさと、荒ぶる自然、そして最後の一発逆転劇。
尾道への帰路、私は心地よい疲労感と共に、沖の島の深い紺碧を思い出していた。
AI凄いわ‥
尾道生活は残り2週間となりました
妹背山
https://www.nijinet.or.jp/Portals/0/pdf/yama100/sheet/059.pdf