裏街道と呼ばれる「小栗街道」を行く! ~Vol.2 平瀬~本宮大社~
■アクセス 田辺市平瀬歴史民俗資料館駐車スペース利用 ※事前に連絡し、館内見学の後、そのまま駐車させていただけるとの了承済み ■説明 4月に歩いた「小栗街道」でしたが、想像以上に消滅した道が多く 1泊2日では到底終わらず・・・ 今こそベストシーズンなので続きを歩こうっ!!!と思い立ち、メンバーに告知 急な提案にも関わらず、ジュンさんがご一緒いただけるとのことで 相棒と3名で「小栗街道」の続きを歩くことにっ!!! ※この軌跡は小栗街道のルートを同定するものではありません ★vol.1のレポート →https://yamap.com/activities/47552503 「小栗街道」とは・・・ ※前回の説明 ↓↓↓ ~~~~~~~~~~小栗街道~~~~~~~~~~ 諸説ありますが・・・ 伝説上の人物である「小栗判官」が通ったという物語で 熊野本宮に向かう道を「小栗街道」と呼ばれています 物語の概要は・・・ 毒を盛られた小栗満重(後の判官)を照手をはじめ多くの人々の情けを受けて 熊野に詣で、権現のご加護と湯の峰の薬湯により全快し 小栗は、後に再び常陸の領地を与えられ判官となる ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 熊野までの道中、土車に乗せられた小栗が「餓飢阿弥」と呼ばれたそうですが これは諸説ある中の1つで、ライ者(ハンセン病)救済がテーマであるとも言われていて このハンセン病患者が中辺路を歩いていたことや大雲取を越えていったことに おおいに驚き、その強固な精神力・行動力は健常者の数段優れていたと語られる そして、その多くの病める「餓飢阿弥・小栗達」を受け入れてきたのが 口熊野は上富田だという そこは、大辺路・中辺路街道の分岐点としてとても重要な場所であり 熊野の異界の地への入り口として位置するという ※ハンセン病は当時「餓鬼病み」と言われ、この病にかかった人々に「阿弥」をつけて 「餓鬼阿弥」と称したそうです 猛毒に侵された小栗の姿とハンセン病に架かった人の姿が似ていることから ハンセン病にかかった人とだぶらせ、小栗が湯の峰のつぼ湯にて蘇生するという 霊験あらたな話として全国に流布したという このことから、小栗の道が中辺路にも大辺路の各地に伝承地があり 一人の固有名詞の小栗ではなく、多くの病める普通名詞の小栗(オグリ)達が 熊野を目指した軌跡として伝承されていることが伺える ★前回同様、ルートは絵地図作家「いこまわかこ」さんが纏めた「小栗街道」の絵地図を参考にし なるべく絵地図に沿ったルートを忠実に辿りました ■感想 熊野古道大辺路刈り開き隊の皆さんが 「小栗判官物語」ゆかりの歴史の道「小栗街道」のうち 和歌山県田辺市の鮎川~本宮町本宮までのコースを調査されて メンバーの一員である絵地図作家の「いこまわかこ」さんが絵地図を作製 「全国的に知られる歴史の道を大勢に歩いてもらえるようにしたい」 との思いで、道普請されたとのこと✨ 道普請はされたものの、崩落して道が消滅している場所も多く 歩行困難な場所は林道や県道を利用するよう手引きして下さっているとても親切な「絵地図」 はっきりしたルートを示す記述がほぼない、鮎川~本宮までのルートを この「絵地図」を元に歩いてみましたが・・・👣 過去の山行のうち、厳しさでいうとかなりの上位に食い込むか?という行程でした(笑) ですが、道を探しながら歩くのは楽しいっ♪ 小栗判官にまつわる話が、多くの病める普通名詞の小栗達のことだったということを 犇々と感じる、歩き旅となりました😌 とは言え、健常でない人が歩む道のりと思うと、驚かされる「道」💦 今は荒れているけど、当時はもっと歩きやすかったのでしょうか??? それと、最終的に・・・ 「小栗判官物語」って小栗判官に注目しがちですが 険しく長い道のりを土車を引いた「照手姫」の強靭さに感服っ👏 それに尽きる(笑)






