午前零時の鐘が鳴る前に
舞踏会というものは 本当に恐ろしい場所です 煌びやかなシャンデリア 着飾った紳士淑女 静かな笑顔の裏で 誰もが誰にも負けたくないと思っている そんな熱が お城の中を満たしています 一度その世界を知ってしまった人は なかなか抜け出せません 美しく踊れた夜は 空まで飛べそうなくらい嬉しくて ほんの少し足をもつれさせただけで 眠れない夜を過ごすことになる それでもまた 次の舞踏会を待ち望んでしまう まるで 魔法に取り憑かれたみたいに 私は一度 そのお城をあとにしました もっと遠くにある景色を見たくて 華やかなフロアではなく 土の匂いがする山へ 拍手ではなく 自分の鼓動だけが響く世界へ それなのに 先日 ほんの少しだけ舞踏会をのぞいただけで 胸の奥に閉じ込めたはずの魔法が また静かに目を覚ましてしまいました 上位で踊る人たちは やっぱり違います 誰よりも舞踏会を愛し 誰よりも舞踏会に愛された人たち あの輝きに触れてしまったら 「もう一度だけ…」 そんな危険な囁きが どこからともなく聞こえてきます でも 午前零時の鐘が鳴る前に 帰らなくてはいけません 私には 帰る場所があるから 8月には 久しぶりのトレイルレース その先には 今年の大きな目標でもある 上州武尊山スカイビュートレイルが待っています 今の私に必要なのは 魔法ではなく積み重ね 怪我をしないこと 焦らないこと ただ静かに 距離と高さを積み重ねること 舞踏会は 今日も美しく輝いています 一度足を踏み入れたら 誰もが虜になってしまうほどに だけど ガラスの靴は 私には少しだけ窮屈でした 泥だらけのトレイルシューズの方が 今の私にはよく似合う たとえその先が 茨の道だったとしても 私は明日も 山へ戻ります あの鐘の音に 振り返らないためにも






