日和田山・物見山(埼玉)
2026年10月3日 (土)日帰り
◼︎はじめに
YAMAPを始めて2年半。
この間に日和田山に登った回数は16回だそうです。YAMAPを始める前から何十回と登っているので、ホームマウンテンのひとつと言えるでしょう(けっこう遠いけど)。
日和田山といえば、曼珠沙華で有名な巾着田を見下ろす二の鳥居(なんと無くなっていました!)からの景色や、男坂の岩場が知られています。
標高305mの低山ですが、この一帯には古代から現代まで、さまざまな歴史が刻まれています。
今回は、そんな日和田山の歴史を振り返りながら歩いてきました。
※巾着田の曼珠沙華は見頃を過ぎています!
(10/4現在)
◼︎日和田山の歴史
日和田山を構成する岩は、約2億年前に海底で堆積したチャート。金刀比羅神社前の岩場ではアンモナイトの化石も見られます。
716年には、高句麗から渡来した人々によって高麗郡が置かれました。彼らを率いた人物として知られるのが、高句麗の王族と伝えられる高麗王若光です。
若光は現在の高麗神社に祀られており、日和田山は渡来人たちが開拓した高麗郷を見守る山として、古くから崇められてきました。
中世の頃になると、日和田山は霊山として信仰され、修験寺があったとされています。その修験寺が勧請したとされているのが、現在も中腹に残る金刀比羅神社です。また、山頂には、若光の菩提寺として建立された聖天院の住職によって建てられた宝篋印塔も残っています。
近代になると、日和田山は登山やクライミングの舞台に。
この山と縁の深い人物に、田部井淳子さんがいます。
女性として世界で初めてエベレスト登頂を果たした田部井さんは、若い頃から日和田山で岩登りの訓練をされていたそうです。
さらに晩年には、病気のリハビリのため再び日和田山へ。
若い頃には世界最高峰を目指すため、晩年には自分の身体と向き合うために歩かれた山。
そう考えると、いつも歩いている日和田山も少し特別に感じます。
登山口には「日和田山からエベレストまで」と刻まれた田部井さんの記念碑も建っています。
◼︎コース
JR高麗川駅で下車し、高麗神社と若光の霊廟に参拝してから日和田山へ。その後は山を歩きながら、毛呂駅そばの臥龍山まで行きました。
▼日和田山
男坂へ入り、見晴らしの丘を経由して登りました。
岩場を通りますが、男坂の核心部は巻いているため、初心者でも歩きやすいコースです。
『ヤマノススメ』にも登場し、主人公たちが初日の出を見た山でもあります。
▼高指山〜物見山
危険箇所はありませんが、前日までの雨の影響で道が滑りやすくなっていました。
高指山はNTTの無線中継所があった場所で、丹沢や大岳山、御前山などがよく見えました。
日和田山〜物見山は初心者向けのコースとして人気があり、たくさんの登山者で賑わっていました。
▼高岩
今回初めて行きました。
物見山までとは打って変わって登山者がいませんでした。高岩山頂までは道幅が細く、高度感のある箇所がありました。
久しぶりに高所恐怖症レーダーが発動し、
足を震わせながら進む場面も(助けて笑)。
▼飯森山・館入沢ノ頭
こちらも初めて。
ピークハント目的以外には、あまりおすすめできない山域でした。
細い尾根道が中心で、踏み跡やピンテはありますが、往路の入口の時点で道を誤り、ゴルフ場の横の荒れた道をしばらく進んだ末、斜面をよじ登って飯森山へ(なみだ)。
地盤が緩く、小さな木をつかむと根ごと抜けるほどで、四つん這いになってなんとか登頂しました。
飯森山から館入沢ノ頭の間には斜面をトラバースする箇所もありましたが、ここでは高所恐怖症レーダーが発動することなく進めました。
展望ならこのすぐ北にある石尊山がオススメです!
▼臥龍山
最後は、埼玉県最古の神社建築である本殿を持つ出雲伊波比神社が鎮座する臥龍山。
前九年の役の際には源義家(頼朝の4代くらい前)が立ち寄って戦勝祈願をしたと伝えられ、義家が奉納したと伝わる流鏑馬は現在も続いています。
山頂は神社の本殿裏側にあります。