【300名山】#54_国見岳
国見岳・烏帽子岳
(宮崎, 熊本)
2026年02月23日(月)
日帰り
最終日は国見岳へ。
300名山ではあるが、この旅では最難関。
ルートを選べば4時間ぐらいでピストンできそうなのだが、サーキットをできるぐらい山並みが続いているのがこの山の魅力。
主要な山を繋げて30km近く歩くのが目標だった。
(残念ながら思ったより時間を要してしまい、エスケープルートを取ることになってしまったが)
まずスタートは宿泊した民宿のすぐ裏手。
ウードヤ山登山口。
宿の女将さんからは道荒れてるし、国見岳行くだけで8時間以上かかるからお勧めしないと言われたが、このルートに拘る理由が2つ。
まず雪が少ない。今回はトレランシューズできているのでできるだけ雪の上は歩きたくない。
2つ目は現地に着いてから出てきた理由なのだが、稜線上にある五家宮岳と南平家山に登ってみたくなったから。
この地域は五家荘(ごかのそう)と言うのだが、まぁー私が今まで行ったあらゆる地方の中でもトップレベルに山奥のど田舎。過疎っているわけではなく、多分元から人がいない(もちろん人は減ってるだろうけど)。
南北どちらから行こうにも、国道445号と159号線を使わないと辿り着かないのだが片側1車線しかない山道を1時間以上走らせないといけない。地図を見た感じだと、本当にこのルートしかない。
まだ静岡の奥大井や寸又峡の方が栄えてる。
で、このユニークな名前「五家荘」の由来は落人伝説から来ている。
言い伝えによると、五家荘にはふたつの落人伝説が残る。ひとつは平安時代、時の権力者・藤原一族により福岡県の太宰府に流された菅原道真公の子孫、左座家が藤原一族の追っ手から逃げるため、この地に入り、仁田尾や樅木に隠れ住んだという。
ふたつめは同じく平安時代、壇ノ浦の合戦に敗れた平清経の孫3人が、緒方姓を名乗り、葉木、久連子、椎原で居をかまえた。それ以降、その5つの集落のことを合わせて「五家荘」と呼ぶようになったのだ。
この伝説を知ってから、その名前がつけられている五家宮岳と南平家山に登ってみたくなったわけだ。
登山内容は写真に簡単にメモしたが、最低でも14時半に下山しないと飛行機危ないなーと思っていたところ、下山は15時半。
下山後温泉に入らなかったのは人生初めてだと思う。
飛行機が出発15分遅れてくれたお陰で荷物を預けることができ(先日没収されたばかりのチェンスパをまた取られるところだった)、不幸中の幸いだった。
それにしても足がパンパンにはっている。
最近簡単な山しか登ってこなかったのと、風邪で筋力落ちたのが原因か...。情けない限りだ。