04:16
5.4 km
724 m
儚き空の凶星
碧岩・大岩 (群馬, 長野)
2026年03月22日(日) 日帰り
桜が咲き始め、杉の花粉が少しずつ減り始めた。 とは言え鼻水が止まらず、いつ蓄膿症を患うか分からない恐ろしさが漂う。 冬も出口が見えてきて、いよいよ今年の春が迫って来た。 そんな中、奇しき赫耀のバルファルクより、少しだけ遊びに行きたいと強請ってきた。 そろそろ雪が解けた高いお山から、今年の課題などを含め手をつけていきたい。 そこで本日は、前から計画していたとあるお山へ行ってみることにした。 遡る事、2020年晩夏……。 祖父の友人が主催する大型二輪車のツーリングにて、白馬村に行った時の事である。 宿泊した民宿にて夕食を済ませ、皆酔いがそこそこまわった時にある夫妻がとあるお山について口にした。 西上州と言えば、妙義山をはじめとする岩山が所狭しと並んでいるが、その中でもその夫妻が人生において行ったお山の中で一番怖かったとされるものがあったという。 それこそ今回挑むお山であり、 その名は、「碧岩」と「大岩」である……。 このお山は西上州の南部にあり、南牧村役場から望むその威容はまさしく“西上州のマッターホルン”という異名に相応しい圧倒的な鋭さで天高くそそり立っていた。 前から考えていたが、2020年のあの話から恐ろしい岩峰という認識がありなかなか足が出なかった。 しかし、ムフェト・ジーヴァと共に行ったこれまでの岩稜帯歩行の経験から、いい加減そろそろ超えなければならない目の前の課題となった為、今年の春の課題に組み込んだ。 そんな碧岩と大岩へ、奇しき赫耀のバルファルク、マガイマガドと共に挑むこととなった。 降り着いたのは、三段の滝駐車場。 早速登り始める……。 三段の滝は、日本で海岸線から一番遠い地点から群馬県の方へ走らせたところにあり、居合沢を碧岩の方へ遡上したところにある大瀑布である。 駐車場から荒廃した庭園を通り抜け、居合沢へ突入する。 概ね沢の中を歩く形となり遊歩道が設けられているが、まるで三俣蓮華岳にある伊藤新道のような装いである。 連続渡渉、中洲の岩渡り、丸太橋を何度も越えなければなら為、この時点で容赦無く体力を奪われる。 入り口には約30分と書いてあるが、間違っても運動靴で行けるような道ではなかった……。 三段の滝に近づくにつれて、落ち葉が深くなり、足を突っ込んで歩く羽目になる。 たまに落ち葉の真下が沢になっている時もあり、適当に足を置くとそのまま水没して足がそっくりそのままずぶ濡れになってしまう。 落ち葉の混ざった沢沿いのがれ場を登っていくと、鉄梯子が出てきた。 そんな鉄梯子を登って程なくして、目の前に大きな滝が見えて来た。 これが三段の滝であり、水量は流石にかなり少ないがまるで飯豊山にある梅花皮の滝を思わせるような美しい滝だった……。 三段の滝にて少しだけ休むが、まだまだ先は長い。 そもそも碧岩と大岩は、その名の通り天を突く巨大な岩峰であり、双方の頂へ通ずる道はこの三段の滝の真上にある。 つまり、三段の滝を登らなければならない。 見ればわかる通り明らかに直登は出来ないが、実は三段の滝の西岸に葛籠折れの急登が設けられていた。 枯れた滑滝の跡をロープを伝って登っていき、そこから落ち葉の混ざった急なざれ場を一気に登っていく。 みるみるうちに滝壺が遠ざかっていき、さっきまではるか上から流れ落ちる滝が真横に見えるようになった。 ざれ場に苦しめられていると、三段の滝の真上に着いた。 ここまで来るとさっきまで聞こえていた水の流れる音が一気に小さくなり、静かな渓谷といった感じだった。 落ち葉が敷き詰められたがれ場を登っていくと、基底部の分岐点が出て来た。 この辺りは脆いざれ場になっていて、一歩一歩谷底に砂利が流れ出していく。 細いざれ場の道を登っていき、まずは碧岩へ向かう。 しかし、この山行はここからが本番だった……。 この基底部から碧岩へ最短で結ぶには、森の中にうっすらと延びる崖のようなざれた坂を登らなければならない。 脆すぎる砂が、容赦無く疲れた足に襲い掛かる。 木にしがみつくが、根っこや草だったりするとたまにへし折れたりしてそのまま転んでしまう。 転ぶだけならまだしも、そのまま谷底まで転がりかねない坂で神経がすり減った。 崖のような急登に苦しめられていると、稜線分岐点へ続く支稜の上に出た。 ここから先もそれなりの急登になっていて、足がどんどんもつれてくる。 目の前には木々の合間から碧岩と思われる岩峰が見え、絶望感が漂う。 ざれた急登を進むと、少しずつ緩やかになって来た。 そこから程なくして、碧岩稜線分岐点に着いた。 ここにて水分補給を兼ねて休むことにした。 いよいよこれより、2020年晩夏に聞いた恐怖体験を検証する。 碧岩稜線分岐点から碧岩へは、所要時間約15分とある。 出だしは岩を巻くようにして細い道を歩いていくが、流石にそんな甘くはなかった。 目の前には天高くそそり立つ岩の塔があり、どんどん道がやせ細っていった。 その先には、あの2020年の話の通り例の難所が出てきた。 碧岩“2段垂直20m綱場”だった......。 いわゆる垂直のロープ場であり、上段と下段で構成されている。 下段はまだ傾斜がやや寝がちになっていて、足場もしっかりしている為あっという間に攀じ登れる。 しかし、この上が問題だった......。 上段はほぼ垂直に切り立った壁で、しかも逆層の岩の為まともに掴めるガバが非常に少ない。 一応右と左でロープが垂れていて、好きな方をよじ登れるようになっている。 とは言え左側はほぼ垂直で、手足をかける場所はほとんどなかった......。 したがってロープに体重を預けて強引に腕力で登ることになるわけだが、そんなロープも細く、両手共に握りしめたら振り回されかねない。 向かって右側は奈落の底へ深く切れ落ちていて、振り回された先が右側だった場合即死確定である。 仕方なく右側から取り付く。 左側に比べて手足をかける突起はそこそこあるが、それでもつま先がぎりぎり乗るかどうかの面積しかない。 補助程度にロープを握るが、鎖と違って非常に軽くやはり振り回される。 すぐ真横は南牧村の市街地が丸見えである。 真下に家の屋根が見えていて、小刻みに脚が震える。 ロープは最低限に握り、小さな突起を使って岩を攀じ登っていく。 垂直の岩場をなんとか攀じ登っていくと、ざれた急登が出て来た。 とは言えこの稜線は西上州ではごくありふれた道であり、道から外れない限り普通に歩くことができる。 そこから程なくして、最初の関門である碧岩の山頂に着いた。 山頂からは、主に浅間山や荒船山、立岩、毛無岩などを望むことができた。 少しだけ休んだのち、次なるお山である大岩へ挑む。 碧岩の稜線を下りていくときに、赤久縄山と共にその姿が見えて来た。 今いる碧岩とまるで鏡合わせのようにそそり立つ巨大な岩峰......また大岩も同じような怖い岩稜が待ち構えていると考えるとぞっとする。 大岩のことを考えているが、その前にそもそも碧岩すらまだ下りきっていない。 あの2段垂直20m綱場の下降が控えている。 ざれた激下りを経て、あの崖へ向かう。 岩とロープを握りながら下を覗くが、足を置く場所が見えない。 まるで、あの表妙義縦走路にある2段ルンゼにそっくりである。 ロープを握って身を乗り出すと、どんどん腕の力が奪われていく。 だからと言って下を見ないわけにはいかない。 次に踏み出す足の置き場を考え、慎重に下降していきなんとか崖の下まで下りて来た。 痩せ尾根を歩いていき、碧岩稜線分岐点から今度は大岩へ挑む。 ざれた急登を登り下りしながら、岩の塊が密集した尾根を目指す。 大岩に近づくにつれて、岩だらけになって来て、巻いたり乗り越えたりする。 岩の急登を越えると、碧岩展望台に出た。 その景色は、なぜか懐かしい気分である......。 それもそのはず......ジャンダルム、鋸岳、小鹿野二子山とまさに同じ環境に見えるからである。 これより大岩まで、瞬険な岩稜帯が続く。 両側は鋭く切れ落ちていて、馬の背の如く切り立った岩場は鋸のように連なり非常に危険。 極細の岩稜帯を渡っていくと、大岩へ向けて最後の登りとなる。 一応直登も可能な感じがするが、何も考えず登るのは危険極まりない為、此処は大人しく正規の道から登っていく。 若干巻くような形でざれた回廊を歩いていき、そこから木の根と岩に覆われた坂を登っていく。 足がかなり突っ張って来て疲れているが、岩の上でそんな戯言が通用する訳がない。 岩稜の急登を越え、登り始めてから2時間を越えた頃ついに大岩の山頂にたどり着いた。 山頂自体は木々に覆われていてあまり景色は望めないが、西側を絶壁の淵からは、さっきまでいた碧岩が最早超高層ビルのように突き上げていた。 大岩にて水分補給を済ませ、下りることにした。 細い岩稜帯は登りより下りの方が格段に怖い。 特に下がざれていようものなら、足をとられたらそのまま南牧村市街地まで真っ逆さまである。 ざれた激下りを越え、岩稜帯を渡っていく。 碧岩展望台には、何人か先客がいて、絶景と恐怖の狭間で寛いでいた。 碧岩の勇姿を目に焼き付け、岩稜帯を下りていく。 程なくしてざれた尾根道に戻るが、ここからの下りもこれまた厄介である。 つまり、あの脆くざれた崖のような坂を下りて三段の滝まで行かなければならない。 登りでは碧岩側の急登を使ったが、下りでは大岩側の激下りを使う。 とは言っても、凄まじい急斜面に変わりはなく、足をとられたらそのまま沢まで転がっていきそうなほどである。 しかしこちらは登りと違ってロープが要所要所に付けられている為、それを存分に使ってざれ場を下りていった。 急なざれ場を下りていくと、どんどん暗い森の中へ入っていく。 ざれた急坂をなんとか下り切ると、見覚えのある場所に出てきた。 碧岩大岩基底分岐点だった。 ぼろぼろぐずぐずのがれ場をなんとか歩いていき、三段の滝へ繋がるざれた坂を下りていく。 ざれた激下りに苦しめられてしばらくすると、少しずつ沢が見えてきた。 これより落ち葉と岩の混ざった道を下りていく。 目の前には沢が崖に消えていて、おそるおそる覗くと三段の滝があった。 三段の滝を真横に見ながら、急なざれ場を一気に下りていく。 滑滝の跡のロープ場を下降して程なくして、三段の滝の遊歩道が見えてきた。 梯子を下りていよいよ駐車場を目指す。 行きでは間違って沢に足を突っ込んだりしてずぶ濡れになったが、流石に帰りではどこを歩けばいいかざっくりわかったのもあって、比較的すんなり渡ることができた。 石を飛んで、木の橋を何度も渡っていく。 日が傾いてきた頃、聖岳の入り口のような飛び石が出てきた。 これを越えると、三段の滝駐車場まではもうすぐである。 舗装された回廊を歩いていき、鉄梯子を下りる。 そこから荒廃した庭園を歩いて程なくして、ようやく三段の滝駐車場まで下りてくることができた。 2020年晩夏に白馬村にて聞いたあの恐怖体験以来、長らく行かずじまいだったお山へ、なんとか攻略することが出来た。 噂通り、やはり命の駆け引きとも言える怖い岩山だったのは言うまでもない......。 6年経ったこの春、ようやく検証できた。 桜がそこかしこで見られる為、近々花見を兼ねた山行も行きたいところである。 お食事を済ませ、足早に帰宅の路へつく......。 春めく西上州のマッターホルン碧岩と大岩にて、久しぶりの岩稜帯を楽しんだ奇しき赫耀のバルファルクであった。
