天狗堂(滋賀,三重)
2026.06.13 (土)日帰り
西尾寿一氏の「鈴鹿の山と谷」が出版されたのは、昭和62(1987)年のことである。山登りを始めてからこの本の存在を知ったのはその数年後。当時としては高めの値段設定に購入を一瞬躊躇したが、第6巻まで入手した。単なる登山ガイドではなく、民俗的な背景を探りながら鈴鹿の山と谷を網羅する本はこれまでにはなかった。
もう40年近く前のものである故、植林や伐採による展望の記述は今と大いに異なっている。例えば「天狗堂」はこう書いてある。『岩の上に立ち四辺を眺望すれば、鈴鹿中部の山並みがはてしなく続いているのがよく見える。高度感と眺望の素晴らしさは並はずれていて文句がつけられない。』また「サンヤリ」は『伐採が終わったためかどこまでも明るい好展望の山である。』樹木たちがいま展望を遮っているのは、40年近くあの場で耐え忍び成長した証である。今日ちらりと見えたのは御池岳のボタンブチくらいのものだったが、周囲がまる見えだったなど、今となっては想像もできない。
登山口には大皇器地祖(オオキミキヂソ)神社が厳かに鎮座している。木地師と9世紀後半に活躍した惟喬親王との関わりを考えながら、君が畑の集落を歩くのも面白そうである。
ただ、「天狗堂」や「サンヤリ」または「仏供さん」という名から、惟喬親王との結びつきよりも、それ以前の自然信仰的なものがあったのではと、西尾氏は推測している。「天狗堂」直下の累々たる巨岩は磐座として信仰の対象であった可能性は捨てがたい。また「仏供」からは修験道か、下の百済寺あたりとつなげることもできるのかもしれない。
近江の山々は歴史と絡めると奥行きがあり楽しめる。