雌保呂羽小指尾根祠探索(宮城県南三陸町)
翁倉山
(宮城)
2026年03月03日(火)
日帰り
見つけたけど、まだ何かがある様な気がしてならない。
この間、南三陸の雌保呂羽山に登っての帰宅後、国立図書館のインターネットサービスで色々調べた際に、とある方の随筆の様な文献(大正位のものだったと思う)で「長清水集落から保呂羽に入ったが、途中で道に迷ってしまった。長らく歩いていると、小さな石の祠を見つけた。それからも保呂羽には幾度も登ったが、一度も見付ける事が出来なかった」と言う具合のものを見つけた。
それからというもの、何となく頭の隅にそれが残っていて、もう一度読んで確り調べてみたいと思っていたが、一体どういう流れで着いた文献だか分からず、履歴も見たが見つからない。それでもとりあえずは長清水から入って結構歩いた先、というのだけは分かっているので、実際見つかるかは別として、今回行ってみた。
ひとまず現地に着いて、長清水コースから、と思ったけど「今それなりに人が行く長清水のコースを歩いて、雌保呂羽に辿り着かない」っていうのはちょっと地形的に無理がある気がする。単純にどの尾根を行くにしても長清水も藤浜も間の谷が深いから横断するのは難しい。そう考えると「長清水集落から入って」というのが今の長清水コースではない可能性の方が高い気がした。雌保呂羽に辿り着かないまま迷っていたのを考えると、一本南の尾根を歩いたのではないかな、と。そう思ったので本来のコースとは違う長清水の沢を突きあたった辺りから四等三角点「小指」のある、所謂小指尾根を歩いてみる事にした。
とりあえずで尾根に取り付いてからは、ともあれ一応雌保呂羽に向かい、今度はそこから南側の尾根に入ったら、あっけなく見つけた。中継所の様なアンテナが立っている場所の脇にちょーんと、本当に小さい石の祠があった。何も書いてないから時代が分からないけど、確かに大正時代頃で道が開けて無かったり、季節が悪かったりすると、アンテナが立ってなかったら見つけ難いとは思う。とはいえ、何度も登る人でここに辿り着かないんだろうか? という疑念もあり、結局色々歩いては見たものの、それ以上は何も見つからなかった。
まあ、あったのは凄く嬉しいんだけど、何だか釈然としないんだよなあ。本体そのものの由来も何もまだ分かってないし。まあでも、また次の機会にやろうかな、別コースで。例えば十三浜の方から入ってみるとか。
※因みに、本来の長清水コースから入った先にある「織居神社」は石の祠ではないので最初から違うものとして考えてた。何度も入っててあれを知らないってのは考えにくいので。