只見横断(魚沼市栃尾又温泉~南会津町鳥井戸橋)
未丈ヶ岳
(新潟, 福島)
2026年03月01日(日)〜04日(水)
4日間
C1.P974
C2.倉前沢山先の分岐
C3.林道alt700
アプローチ
小出駅~栃尾又温泉(南越後観光バス)
大原~会津田島駅(会津バス)→人生初のヒッチハイクを敢行
計画段階では5泊6日の予備+1日で見積もっていたが、雪が少ない。1~2週間もしたらスノーシューは不要なぐらい。
0日目
尾瀬高尾の後、相棒宅で僕の誕生日を祝っていただいた。
たくさんの人にたくさんの元気を頂いたこと、本当に嬉しく思う。3月の本チャン山行を頑張れる。今回はまだ準備段階にすぎない。
さて、バスタ新宿から夜行バスで長岡に向かおう。
1日目
5時に長岡駅に放り出される。
上越線始発で小出駅で下車。準備していると、夏の想い出、が流れてきた。さらには尾瀬高尾で会った尾瀬三郎さんとばったり再会(看板)。
南越後観光バスで栃尾又温泉まで向かう。計画では灰の又から明神峠の予定だったが、入れないことをそこで気がついた。
温泉の上にある津久の岐山から未丈ヶ岳経由に変更。以前から考えていたルート取りなので、概念図は頭にバッチリ入っていた。
最初の登り出しは南面なこともあり、かなりズブズブ。沢筋は旅館が立入禁止の看板を出していた。バス停より上からツボ足で稜線によじ登る。朝食べたサーターアンダギー4個のせいで口がやけに渇く。
稜線からはスノーシューを使う。振り返ると真っ暗な越後駒ヶ岳の北壁がそびえ立つ。時間が経つにつれて視界は良くなる。鼓が倉山から未丈が岳まで最初の横断をする。(黒又川)
泣沢のスノーブリッジは今にも崩れそうで、必死に食らいついた。
未丈ヶ岳西尾根は松ノ木ダオあたりまで夏道が所々現れる。時折スノーシューを外す。
P974で幕営。
2日目
月が明るく4時出になる。
未丈ヶ岳top下100~200mはアイゼンが良かった。
5:50に登頂したので、日の出まで30分待つことになる。日の出は丸山岳から昇ってきた。
未丈ヶ岳で初めて奥只見湖を望める。もちろん尾瀬の山々も。
日向倉山との間にあるJPは少し曲者。後は綺麗な尾根を歩いて、かうのき沢の微地形を適当に歩いて、只見川に下り立つ。alt1000ぐらいに圧雪跡がもう引いてあった。
只見川横断は橋がかけられているから安心。
村杉岳への西尾根はズブズブ。そして暑い。
p1395でデポして、ガッシャの雨蓋を上手いことアタックザックにして村杉岳と往復する。水と食料が無いと歩けないぐらいの暑さ。村杉岳は丸山岳に次ぐ素晴らしい開けたピーク。
村杉半島を南下しはじめ、最初に現れる三羽折の高手から倉前沢山は広大な雪原が広がっていた。その先にあるのは燧ヶ岳。
倉前沢山先のJPで幕営する。電波あり。狭いけど最高なテント場だ。だが、丸山スキー場の明かりが見えて残念。
3日目
早起きしたので3時に出発。
今回の山行でP1196手前~△1226.4が一番の核心部に感じた。そこのクラックで初めて落ちてしまった。
それから微地形が続き、P1337から一気の登りになる。最後だけアイゼンが欲しかった。山頂手前からどんどん雨や雪が振り出し、ザックが重くなる。丸山岳~P1723は10ヵ月前の会津縦断時に歩いているから、ナビ無しで思い出しながら歩いた。
火奴山までは吹き溜まりの登り下りがすごくあった。ゆえに立派な雪稜である。
火奴山から車道の下りで、遂にゆでダコ足の限界が来てしまい。ザックを転がしながらゆっくり下山した。
車道の沢横でテントを張る。
何もかもずぶ濡れ。CBCラジオが入った。
4日目
5時出発。三俣の749までの黒谷川林道は壊れていて、走り高跳びやかなり斜度があるトラバースを真っ暗な中で味わった。村杉半島に次いで大変だった気がする。
前日火奴山から北鎌尾根に見えた大内木山は尾根に乗ると案外楽に感じる。
疑似好天の奇妙な晴れがチラリと顔を出す。良いピークと聞いていた大内木山はガスでよく分からない。八ヶ岳で聞いたことあるような稲子山を登り、時間を見ると3時間50分後にバスが出るようだ。そこからは必死で吹き溜まりを乗り越え、急いで山毛欅沢山まで縦走する。
残り2時間の余裕を残して、会津沼田街道を目指す。大原の集落が見えた!という所でバスが行ってしまう。私といったことが1時間、時間を勘違いしてしまった。
どうすることもできず、半泣きでスノーシューを外して鳥居大橋に下り立った。
そこからは1時間ヒッチハイクを試みた。よりによって初めてが会津沼田街道かよ。
止まってくれる方々は近場までが多い。吹雪きで荒れ狂うそんな中、亡くなった会津の祖父にそっくりな田島在住のおじさんに拾っていただいた。それにカフェオレも頂くことになった。
礼を何度も言って田島駅でお別れした。ありがとうございます。