09:15
9.7 km
965 m
秘境を眺める秘峰 平左衛門山(バリエーション)
平ヶ岳・台倉山・池ノ岳 (新潟, 群馬)
2024年11月04日(月) 日帰り
平左衛門山に登りたい。そう話すと、まず怪訝な顔をされます。そんな山はどこにあるんだと。確かに、この山を知っている人はほとんどいないでしょう。かく言う私も、この山のピーク自体を目指しているわけではありませんでした。…何が言いたいの?という話ですが、私が本当に見たいものは、白石沢スラブと片貝ノ池。こちらもまだまだ知る人の少ない秘境中の秘境ですが、特に白石沢スラブは日本離れした光景から近年ぽつぽつ訪れる人が増えています。平左衛門山は、その絶景を間近で眺めることのできる格好の展望台であると予想し、いつしか私の妄想登山の対象になっていたのでした。 【白石沢スラブ】 真の目的であるこちらについて、もう少し触れた方がいいかもしれませんね。白石沢スラブは、秘境と自称する桧枝岐村のさらに奥、ガイドブックで秘境スポットと紹介される奥只見湖の、そのまた最奥部に位置し陸路でのアプローチはまず不可能なところにあります。要は秘境の中の秘境。そして何がすごいのかというと、一帯の豪雪がもたらす幾度とない雪崩に洗われた、空が抜けたかと思う程に広い巨大スラブ。またこの岩肌が白く奥只見の美しい紅葉ともよく合うのです。自然の造形美の極致と言うほど圧巻の景色で、2013年のトマの風の投稿をきっかけに、少しずつ訪れる人が増えていった模様。それらの記録は、沢登りの際ルートを参考にすることの多いブログの主さんばかりで、深山の大家(なんじゃそりゃ笑)がこぞってべた褒めする絶景というわけです。近年は船でのアプローチの確立やら、ドローンでの撮影やら、お手軽&映えるということで、少し大衆化しつつある感じ。 私がこのスポットを知ったのは大学の先輩の記録(それも有名な山岳会)でしたが、その時は仕事の関係で自宅が遠かったので、「こんなところがあるのか~」と頭に留めた程度でした。その後東京に戻ってきて燧ヶ岳に初登頂。山頂から遠く白い岩肌を望み、白石沢スラブを意識するようになりました。ただ、偏屈な私は、白石沢スラブそのものよりも、白石沢スラブを「見たい」という思いが強かった。山もそうですが、登ってるとその山を見ることができないですからね。また、カヌーでのアプローチが必要というのも何となく情報が入っていたので、スラブ自体は対象から外していました。(ちょっと調べると、今は民宿のチャーター船や、あるいは1泊かけて袖沢南沢を遡行する方法もあるみたいですけどね。ただ、前者はおひとり様では金額的に厳しい(往復2.4万!)、後者もソロで泊まりの沢は憚られるためパス。)ということで、スラブを見るために、スラブそっちのけでスラブを拝めそうな山を2.5万図から探す作業が始まり、見つけたのが平左衛門山というわけでした。 【平左衛門山】 へいざえもんと読むそうです。ずっと間違った呼び方をしていましたが、たまたま登山当日お会いした方に『日本山名事典』の記載を教えていただきました。片貝沢を挟み、白石沢スラブの対面に位置するため、理論上スラブの展望台になりそう。なんて軽い気持ちで検索すると…ヒットしたではないですか、平左衛門山の登山記録を!ヤマレコの過去レポで、2007年に平左衛門山だけでなく、北麓に佇む片貝ノ池にも寄っています。この片貝ノ池、大内尚樹の別冊太陽「日本の秘境」でも紹介されているほど、お墨付きの秘境。それだけでもワクワクするのですが、こちらの記録、バッチリ片貝ノ池と白石沢スラブのツーショットを、素晴らしい紅葉の時期に収めています。この記録を見て以来、完全にこの光景の虜になってしまい、ずーっとこの時期に登るべく計画を温めていました。 【片貝ノ池】 前述の「日本の秘境」では 奥只見湖によって道路から隔絶された陸の孤島にひっそりと佇む人跡稀な池。背後に貝ノ嵓と呼ばれるすり鉢状の大岩壁が控える。池面の標高が790mと奥只見湖より50mも高く奥只見湖を航行する遊覧船からは望むことが出来ない とあります。通常望むことのできない、言ってしまえば“幻の池”を最高の紅葉とともに眼下に収める…。想像するだけでワクワクしませんか。相変わらず下山後に文献を漁ってしまう性格で、調べているとこちらの池について研究してくれている方がいました。立正大学が1988年に『奥只見・片貝ノ池の自然環境』というレポートを出しています。曰く、 ・恒常の流入河川はなく、流入は台風などによる洪水時を除いて伏流となっている。 ・流出する河川も保有せず,地下水流出が盛んな閉塞湖である。 ・氷河作用による地形とは考えにくいが、このような谷地形が河川作用のみで作られることも考えにくく、雪崩や堆雪よる侵食地形であろうと推定される。 ・最大深度13.2m、最大長235 m、最大幅145 m、容積130,860㎥ ・同湖の深水層(5.5m以下)はほぽ完全な無酸素層 ということです。なるほど、閉塞湖かぁ。当日は何だか濁っているなぁと思いましたが、水の入れ替えが少ないゆえの淀みなのかもしれませんね。 しかしまぁ、秘境中の秘境であるはずなのに、35年も前に詳細に研究されていることにビックリですね。何でもその昔は渡船のツアーが組まれていて、トイレ等で周辺環境の悪化が懸念されたため打ち止めとなったんだとか。それでもこんな山深い所にも人の痕跡があるというのが面白いです。平左衛門なんていかにも猟師の名前が冠せられているのも、かつて一帯に暮らしが息づいていたことの現れですね。 また、逆に“秘匿”されたと思われるパターンも。片貝ノ池ではないですが、北を流れる片貝沢には、過去軍用機が墜落する悲劇があったようです。1943年2月18日、陸軍熊谷飛行学校の練習機が群馬・新潟県境に墜落し、乗組員7名が亡くなってしまったようですが、1990年に機体が片貝沢にあることが分かり、航空記念館に収めたとのこと。今回のレポを書くまでまったく知りませんでしたが、墜落70年後の2008年には供養祭も行われていて、山中のプロペラ残骸の写真も載せていました。当時のメディアでは軍用機の墜落なんて報道できなかったでしょうから、秘匿されたまま、1990年にようやく日の目を見たのでしょう。逆に言えば、1990年から一帯の記録があるため、白石沢スラブもネットに現れたのが2013年なだけで、きっと昔から細々と白石沢スラブも、片貝ノ池も、平左衛門山も登られていたんだと思います。 参考: https://ha-l.hatenadiary.org/entry/20081028/p1 https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?page=ref_view&id=1000286819 【ルート概要】 ◇アプローチ◇ 奥只見湖の最奥部に位置する大津岐発電所が起点になります。発電所は国道352より林道を15分ほど。発電所関係者だけでなくレジャー目的の方も多少入るようでよく踏み固められたフラットダート。20-30km/hくらい出せました。ただ凹凸も多いので、通しで飛ばせる訳ではないです。moveを借りましたが、擦ることはなかったので大体のクルマはアクセス可だと思います。発電所少し奥の廃屋付近など、駐車スペースは割とあります。 誰もいないと思っていたら、片貝山を目指すパーティーと遭遇しお互いビックリ。ちょうど絶景ポイントで再会し、ソロで心細かったので図々しく一緒に降りちゃいました、ありがとうございました! ◇発電所〜平左衛門山◇ 平左衛門山には、一ノ沢の枝沢である倉殿沢を詰めます。まず作業用の林道(一般車侵入不可)沿いに20分程度歩くと、792点の倉殿沢出合。ちょうど出合に向かって下降線があって便利です。 倉殿沢は、沢パートは小滝があるくらいで淡々と詰めていく感じですが、上部は稜線直下の急峻な崖となるのでそこは慎重を要します。 まず沢パート。こちらは難所が少なく、水線も基本脛丈程度。ただ、880m付近に数mの滝があり、ここは手前左手の枝沢から高巻き。その滝を越えたところに降りましたが、もう一本滝があるので連続して巻いても良いかもしれません。もう一本の滝は足場が狭く、若干登り辛かったので。ただ高巻きも安定しないトラバースなので、安牌なわけではないです。 900mの二俣は、左俣に進みます。右俣が本流で、参考にした2007年のヤマレコの記録も「右俣」と書いていましたが、左俣です。ヤマレコは書き間違いかしら。左俣は入り口が10m程の細い滝。左岸からアタック。足の置き場はありますが少し狭くちょっと難しい。また水量がないのでパラパラかかる程度ですがシャワークライミングでした。 小滝以降は流れはチョロチョロですが、スラブ状の滝の足場がかなり狭くフラットでもなく、オマケにコケで滑るので少し怖い。登りきってしばらくすると水はいつの間にか無くなり、涸れ沢を進みます。一応歩きやすい本流を追っていましたが、1070m付近で山頂にダイレクトで詰め上がる左に行くべきでした。 涸れ沢の本流を追っていると右側に登ることとなり、気づけば沢というよりも崖という地形になります。薮はそこまで煩くないので悪くはないラインだと思いますが、稜線直下はかなり急です(もっともこれは、左手の山頂ダイレクトラインも大差ないと思います)。クラックや藪を掴みながら登れるので難しくはないですが、高度感があって怖いです。あと、岩壁はたまに剥離する部分があるので要注意です。 稜線は若干ヤブが煩いですが、進めないと言うほどでもなく、たまに獣道なんかも付いているので追うと楽です。平たい稜線の1番高いところに三等三角点。景色はありません。 時間が許せば参考記録のとおり片貝ノ池に降りるつもりでしたが、この時点で9時。記録通りのペースで進めたとしても18時下山が見込まれたので、片貝ノ池は眺めるだけにしておきました。 ◇平左衛門山〜片貝山手前1130m◇ ということで、片貝ノ池の見えるポイントを探しに、まずは平左衛門山西の肩へ下ります。たまにビックリするくらい急だったり、ヤブの煩い所もありますが、全体的には獣道がそれなりに明瞭でバリエーションにしては歩きやすい部類か。獣たちも上手くライン作ってますね、追うと楽なので関心します。 1170点まではあまり眺望がなかったので、ポイントを求め片貝山方面へ。ヤマレコの記録では確かに片貝池と白石沢スラブの絶景の写真が載っていたはず…と祈る気持ちで進んでいると、ありました!絶景ポイント。1095点までの中間にある1130の小ピークがスラブピークで360度の大パノラマ。奥只見湖越しに荒沢岳、毛猛山、平左衛門直下貝ノ嵓スラブ、そして本命の片貝の池と白石沢スラブが手の取るままに、紅葉も盛りで澄み渡る青空、これ以上望めない程の好条件で見たかった景色を見れて感無量。 あまりにも景色が素晴らしすぎて、ここまでの道を書きそびれてましたが、やっぱり獣道は付いているので原則辿っていきます。ただ、たまーにヤブが煩いのと、これは区間通して同じことが言えますが両側それなりに切れているのでその点注意。獣道があると言っても藪に阻まれることもママあるため、そこまで早くは歩けなかったです。 ◇1170点〜発電所◇ 参考記録は片貝ノ池下降後、平左衛門山西の肩まで沢を詰め、そこから平左衛門山に登り返して平左衛門山南の尾根を下り、最後はもう一度倉殿沢に降りるルートでした。当初はその想定でしたが、ヤブ尾根を登り返す手間や、南尾根を見た感じそれなりに急なスラブを降りる必要がある点、また下降ポイントが780m滝の上部のため滝の迂回が予想されたことから他にルートがあればと淡い期待を抱いていました。一応補助ロープはあるので懸垂下降はできるものの、使わないならそれがベター。1170点からそのまま降りるラインがないかしらと絶景ポイントで考えていると、入山時出会ったパーティーと再会。ここまでのルートを聞くと、まさに1170点から南に延びる尾根を登ってきたとのこと。これ幸いと、一緒の下山を申し出ると快諾していただいたので、平左衛門山に登り返すことなくそのまま降りるルートを取りました。 リサーチ不足で反省ですが、柳沢徒渉後922点、1170点を経て片貝山に至るルートは歩く人がいるようで、最近付けられたようなピンテもありました。他の区間と比べても獣道がしっかり付いているので、今までより歩きやすい印象。とはいえ時折とんでもない急坂があり、登山道でないことを思い出します。また、1170点や922点は、やや東寄りに、ピーク東の尾根に誘導するような位置にピンテが付けられているため過信は禁物。また、倒木や藪で獣道を見逃すこともあるため、ルーファイ力も問われます。 柳沢徒渉後は奥只見湖畔を進みます。たまに岸をヘツることもありますが、危険箇所はありません。ヘツリは平らなステップあるので見た目ほどハードではなかったです。また、ゴール目前で発電所放流の不穏なサイレンがなりめちゃめちゃ不安になりましたが、放流口は奥只見湖で、一の沢の渡渉まで水が上がってくることはまずあり得ないのでご安心を。ただ、やや上流寄りに歩いていたため、一ノ沢の下降ルートは最後のひと下りが脆く微妙でした。ピンテは湖に近い方にあるので、そちらはもう少しマシなのかもしれません。 通して、ロープは使いませんでした。倉殿沢はもし初心者がいれば確保した方が安心かなといった難易度で、一級上くらいでしょうか。ただ、特に上部のスラブは万一足を滑らせようものなら最悪お陀仏なので気は抜けません。下山に使った1170点南尾根も、藪道にしては比較的歩きやすいと思います。ただ、あくまでバリエーションルートの中での話なので、一般登山道とは別次元の危なさがありますのでご承知ください。 【感想】 めちゃめちゃ良かったです。登ろうと思い始めたのが2022年。毎年紅葉の一番綺麗な10月末に狙っていましたが、天気に恵まれず見送っていました。今年こそはと、同じく10月末に計画していましたがパートナーの都合でまたまた見送ることに…なると思っていたのですが、台風一過の天気、遅めの紅葉で今が一番ベストタイミングなのでは?と我慢できずにソロアタック。かねてより狙っていたルートを、天気、紅葉、山での出会いとこれ以上望めないほどの素晴らしい条件に恵まれ、今年の山でも3本の指に入る山行となりました。バリエーションだったこともあり、日帰りではありましたが、久しぶりに魂震える山でした。3年間囚われていた景色をモノにする待望の瞬間でしたからね。 ヤマレコでは白石沢スラブの“観光地化”を嘆く声も聞かれます。確かにボートで楽して、写真映えの良いものを揃えて、泥臭さをカットして上澄みだけを“消費”するスタイルは、ここ只見には似合いません。最近YAMAPでも白石沢スラブの記録は増えていますし、その方たちが泥臭い山をやろうがやるまいが、その方たちの自由でしょうから何か言うわけでもないですが…。 ただ、こちら平左衛門山は、どうやらYAMAP初投稿。yamarecoを見ても2パーティーの記録のみです。ピンテがあったり、そもそも先行記録をトレースしている時点で純粋の秘境ではなかったかもしれません。でも「日本の秘境」に記されているのは白石沢スラブではなく平左衛門山直下の貝ノ嵓スラブで、白石沢スラブのパイオニアトマノ風も本命はこちら。それに、記録は参考にしたもののスタートは2.5万図からの仮定がきっかけだったので、その点まかりなりにも自力で“開拓”した達成感はあります。白石沢スラブも良いとは思いますし、登ったから言っているだけですが、平左衛門山に登って良かったと心の底から思っています。白石沢スラブに比べればまだまだ掘り出し物の“秘峰”。ほとんど知られていない山にも絶景はあるし、標高だけでは測れない難しさもある。そしてそんな山こそ燃える山ということを、下山の喜びとともに噛みしめています。泥臭さの反動でないと得られない喜びってありますよね。 そして、只見のポテンシャル。面白いエリアですね。8月に幌尻岳に登った際、日高山脈の秘境具合に度肝を抜かれましたが、比較対象として挙げた只見一帯もなかなかの山深さでした。今回同行頂いたパーティーは、マイナーピークに精通された方で、そうした方とお話しできたのも思い出深かったです。マイナーゆえの楽しさが詰まった只見、その魅力の一端に触れることができて、自分の山岳史にとっても刺激的な山行でした。 最後にもう一度。めちゃめちゃ、良かった!!!
