前聖岳・奥聖岳・兎岳・笠松山
このたびは聖光小屋の仲山さん、お客様、飯田広域消防本部山岳救助隊の皆様、飯田警察署、駐在さん、ドクヘリなど山岳関係者の皆様、ご家族やお友達など皆様には大変ご迷惑ご心配をおかけいたしました。私の不徳の致すところで大変申し訳ない次第です。 山友の百名山完登後、私のわがままで兎岳から笠松尾根を周りました。ハイマツの藪漕ぎなど思いもよらない難路を間違えながらもなんとか笠松山にたどり着くことがきました。が、残り1000mを下る途中200m位下ったところで山友とはぐれてしまい結果山友を遭難事故に遭遇させてしまいました。はぐれた原因は道を探そうと少し先を歩いた私に起因しています。もしもあの時…と思うことばかりで申し訳なく思わず涙ぐんでしまいました。 山友の名前を呼んだり笛を鳴らしたり、上を見たり下を見たり横を見たりしながら、17時頃聖光小屋に着き、山友が先に着いていないか探しましたがその姿はありませんでした。 初めてのことでどうして良いのかわからず、聖光小屋のご主人仲山さんにはぐれたことを相談しました。勿論、仲山さんは遭対協(山岳遭難防止対策協会)の救助隊のご経験者ですので爆竹を鳴らしたり、下りてくれば必ず通るであろう場所まで私を車に同乗させ確認に行ってくださいました。しばらく小屋の明かりもつけっぱなしにしたりしてくださいましたが、待っても下山してくる様子もなく、暗くなってきた(ふだんでしたらヘッドライトをつけ下山してくる人がいれば見つけることも可能でしたが、樹木で覆われた山では期待できそうにありませんでした)こともあり遭難と判断し警察と消防に衛星電話で通報してくださいました。 通報前にご主人から状況(住所、氏名、年齢、連絡先、電話番号、計画書の有無、これまでの経路、はぐれた場所、装備 水や食料、ガス、バーナー、着替え、防寒着、レインウェア、ヘルメット、ツエルトや着ている服装、加入保険、登山経験、関係etc……)を尋ねられましたが、YAMAPを終了にしてしまった為(一時停止にしていればはぐれた場所は特定できましたがネットが繋がらずおおよその場所しか話すことができませんでした)答えられないことも多々ありました。今になって考えれば、登山計画書をベーパーで持っていれば答えられることも多かったですが、今回は持参していませんでした。小屋内で話していた時間や車で探していただいた時間もあり、万が一芝沢に戻っていることもあり得ると思い、一応警察の了解をいただいて、仲山さんにバイクをお借りして、芝沢まで行ってみたもののやっぱり駐車場には誰もいませんでした。歩くと2時間ほどですが、その道程はバイクでもかなりの時間がかかりました。途中バイクのエンジンが停止してしまい小屋に戻るのがあまりにも遅かったので、仲山さんが心配してくださり車で迎えに来てくださいました。 並行(先行していたと思います)して本人と奥様がスターリンクでラインが時折繋がった為、奥様が地元警察に連絡…少しだけですが本人の怪我の状況(肉が見えていることや指の骨折)やビバーク位置(緯度、経度)は分かっていました。小屋のお客様もスターリンクで奥様に私が聖光小屋にいることをショートメールをしていただきました。地元警察、静岡県警、長野県警、飯田広域消防から聖光小屋の仲山さんに連絡があり、情報が共有されました。消防が出動してくれるということは生命はあるし捜索すべき位置が分かっているということだからと教えていただきました。 長野県警(2名)、飯田広域消防救助隊(9名?)が翌朝6時に芝沢ゲートに集合し聖光小屋に来ていただけることになりました。(今考えると隊員の皆様方は3時起きでしょうか?寝ていない方もいたかもしれないです。大変申し訳ないです)打ち合わせ後7時前から山に入りました。 救助隊の皆様は何本ものザイル、たくさんのガチャ、たくさんの食料や水分、エイドキット、無線機などなど重い荷物を担いで救助に向かいました。その道程は急峻で遭難者をどのように引き上げるのか、または、下ろすのか、場所を確認しながら山中を進んでいきました。山友も歩けるのかも不明でしたし一つ間違えれば二次遭難につながるようなところでした。 そうとは言いながら、救助隊の皆様は選び抜かれた方達ですし、強靭な身体と技術、経験をお持ちでしたので、今だから言えますが、慎重かつ迅速な行動は憧れるほどカッコ良かったです。係長の指示はもとより隊員同士のお互いの気遣いや確認もきちんと訓練されており、私と駐在さん(あまり山は慣れていないとのことでした)にもとても親切にしてくださいました。私は碌な装備がなく240cmスリングとカラビナ2枚しか持っておりませんでしたので、ヘルメットやプルージック用スリング、グローブ、ハーネスなどお借りしました。 皆さんの話からするとドクターヘリ(県警やまびこ2号)が出動できるか?救助できる条件にあるか?無線でのやりとりもずっとされていました。現地は沢ですので空間は狭く、ヘリの風で水しぶきや石ころ、装備品などが飛び散り、ヘリも風の影響を受けるため危険とのことのようでした。 近く(あと100から150mくらいのような気がします)まで行くと山ともの声が聞こえました。声が聞こえたでしょ!と、消防の方が私に声をかけてくださいました。名前を呼ぶと返事がありましたが、何と言っているのか私にはわかりませんでした。返事は大きな声でしたので、あれだけ声が出ているから大丈夫ですよ!!…って。 山とものところには消防の方お二人が先行してたどり着いていたと思いますが、無線で、何時何分離陸、現地到着何時何分....何度ものやり取りがありました。あなたも乗りますかと尋ねられましたのでお願いしましたが、その到着見込み時刻は早く、私は山とものところにたどりつくことができないのではないと思いました。結局許可はおりませんでしたが...。 ヘリは他に出動していることもありますのでこちらに必ず来ていただけるかはわかりませんので、出動していただけるだけで取り合えずほっとしました。 少しするとヘリが見えましたが、初めは樹林の斜面に待機していた私達のほうに向かってきましたので、みんなで違う違うと合図を送りました。何度かのリトライの後ヘリからホイスト下降し山ともの状況を確認後、確保し市立松田病院に向かったようでした。 斜面に待機していた隊員の方は自分の目の高さまでヘリが下りた(実際には私の目の高さよりも下まで下っていました)のを見たのは初めてだったようです。すぐ近くにいるもののこちらからは状況が見えないためプロペラが木や岩にぶつかったら...ヘリ自身の風であおられたらとずっと緊張していましたが、あとあとの話ではあの場所だからヘリで救出できたものの、あそこ以外では無理だったようです。とても強運の方だと言われました。15時過ぎからは天候も不安定でヘリでなければまだしばらく山にいたのではないかと思います。 ご主人のアドバイスで沢の様子や降りるべき尾根のアドバイスなどもあり大変助かりましたが、どこを降りるか、何処をトラバースするのかは、現場の救助隊の判断でした。最後の下りでは先行して降りさせていただき17時半ころ聖光小屋に着き、ほかの皆様も順次下山されてまいりました。全員が集まると仲山さんが用意してくださった冷たい飲み物で乾杯をしました。2次災害もなく要救助者の救助と捜索隊も無事帰還できたましたが乾杯の言葉は思わず涙ぐんでいました。それだけ大変な救助だったのだと思いました。 山ともとご家族には心身共にもとても辛く悔しい思いをさせてしまいました。 これもすべて私の不徳致すところで大変申し訳ない次第です。 一日も早く完治することを心よりお祈りしております。






