聖岳(神奈川県)
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山歩(さんぽ)しよう。

山歩(さんぽ)とは、山や身のまわりの自然の中を気持ちよく歩くこと。今すぐ行ける山歩コースや、山歩した気分になれる映像コンテンツを更新中です。

箱根山・神山(神奈川,静岡)
2026.03.29 (日)日帰り
去年夏、湯河原側から目指しあまりに深いヤブで断念した星ヶ山に、今回は湯本側からチャレンジしました。何とか山頂を踏んで帰ってくることができましたが、もう2度と行くことはないと思います。帰りは藪の中でマジで迷いました。もう行きたくないです。 聖岳山頂に着いた時、心身ともに挫けていたせいか誤ってYAMAPを切ってしまいました。 そのためデータが分かれています。
幕山・南郷山(神奈川,静岡)
2026.02.23 (月)日帰り
伊豆箱根の見直しシリーズ第4段。 箱根の外輪山になる前聖岳・聖岳と星ヶ山に登ってきました。💪 この峰々は、箱根にして、一般ハイカーですら寄り付かない藪山。 しかし、この一帯は、「石橋山の合戦」で源頼朝が敗走し、起死回生を図ったエリア。 頼朝伝説が見え隠れする謎の多いエリアです。 この峰々の山行の見直しをしてみました。 見えてきた頼朝の脱出劇。 思い浮かんだ頼朝の逃走路「頼朝道」は... 石橋山より前聖岳の頂上を通過し、星ヶ山林道で土肥郷(現在の湯河原)に抜けた!? (もちろん、頼朝の時代に林道はございませんが...😁) 頼朝とは関係ありませんが、星ヶ山の「寝耳に水の」別ルートも歩いてみました。 歩いて調べてたくさんのことを知れた山行。 考える山旅ができて、楽しかったです。 山行:2026.02.23 記入:2026.03.21 ----------------------- ----------------------- (忘備記)石橋山合戦から房総に脱出までの流れ 8月23日: 頼朝軍300余騎が石橋山に布陣。三浦軍と組みして敵の大庭軍を挟み撃ちにする作戦だった。 同日夜:大庭軍3,000余騎が、暴風雨の中で正面から強襲。三浦軍が到着する前に先手を打つべきという梶原景時の案と言われる。伊東軍300余騎が頼朝軍の後方(真鶴側)を囲み、頼朝軍を逆に挟みうちにしてしまう。味方の三浦軍の到着は大雨で間に合わずに頼朝軍はすぐに敗退、従者6名で逃走。 8月24日: 椙山内堀口(現在の湯河原町鍛冶屋付近)に陣を構えて再び大庭軍と合戦。ここでも敗走し、土肥館(湯河原駅付近)に逃げる。直ちに土肥・椙山(すぎやま)方面に逃走。箱根権現の永実の導きで別当永実の屋敷(箱根神社)で泊。 8月25日: 箱根の屋敷に居ては襲われる可能性がでてきたので、土肥・椙山に戻る。しとどの窟や土肥の大杉で潜伏。このエリアの山伏の保護を受けたと思われる。このエリアには、伊豆権現と箱根権現を繋ぐ強いバイパスがあった。 8月28日: 小船で真鶴・岩の海岸から安房国へ脱出。 石橋山合戦から土肥郷(湯河原)までの逃走経路は不明。 堀口合戦から箱根権現(箱根神社)までの逃走経路も不明。 星ヶ山~白金山に、頼朝道と呼ばれる道がある。 箱根に抜ける時に歩かれたと考えられているけど、それは本当なの?
幕山・南郷山(神奈川,静岡)
2026.01.24 (土)日帰り
神奈川未踏の山に行って来ました。 箱根方面は終わったと思ってたらまだありました。あと残り3山あります。 山は白銀山ぐらいまでは静かな登り坂。 星ヶ山手前が藪。 行きに正規ルートを外してしまったので大変でした。 途中少しターンパイクを歩いたり。 藪があるのは分かっていたので、破れてもいい防寒着で行ったら登りは汗ダク。(脱ぐと寒い)上は強風だったので丁度良かったです。 顔面に切り傷が少しありました。
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