和名倉山・笠取山・東仙波(山梨,長野,埼玉)
2026.08.05 (水)日帰り
二年ほど前から、夏になると涼しさを求めて多摩川水源の山を訪れることにした。中でも笠取山からすぐ傍にある雁峠は好きな場所で、草原を吹き渡る風が何とも気持ち良く、下界の暑さを忘れさせてくれる。二年前に新地平から広川沿いの林道を経て登ったのだが、その道が気に入ってしまって歩くのは今回で4回目である。この林道の事は最初の活動日記に書いたが、車道として使われなくなってから数年いや十数年以上は経っているのか、ほとんど自然に還りつつあるのだ。元々私有地のせいかコンクリ擁壁やガードレールさらには橋さえも無く(土管や丸太で代用している)、また山梨県の沢にしては珍しく源流部に堰堤もない。まるで遊歩道のようになった道を歩き、さらに沢を遡っていくと、水はやがて穏やかな笹薮の斜面に消えていく。まるで水源林の見本を見るようで、国道から峠まで急登も無く暑さも感じずに登れる。やがて植林が成長し伐採の時期を迎えれば、また林道が構築されるのだろうけど、それまではこの雰囲気を楽しみたいものだ。峠ではいつものように気持ちいい風が吹いていたが、花はほとんど姿を消し、何となく秋の気配を漂わせていた。山の夏はもうすぐ終わりそう。
そしてもう一本の林道が斉木(笠取)林道である。戦後の復興期に木材需要を満たすため開設されたらしい。57年前に初めて笠取山を訪れた時はもう既に役目を終えていたみたいだが、道路には轍の跡がはっきり残り車の通行は可能の様だった。今は山頂直下の平地に残置されている伐採資材運搬用の器具?のある所まで道は伸びていたし、その手前で雁峠方面へも車道が伸びていた。なので、そんな道はガイドブックには載っていたけど、当然歩く気にはならなかった。その後、オフロードバイクや四駆が流行ったころ、乗り入れる車も結構あったようで、ますます足は遠ざかった。かくいう自分も30年ほど前、オフロードバイクで板橋峠まで乗り付け、でこぼこの激しい荒れた林道に乗り入れたのだが、自分の力量で踏破するのは無理と悟り、すぐに引き返したことがある。なので今のように車止めの厳重なゲートが築かれたのはそれほど古い話ではないようだ。その後山歩きを復活させてから多摩川水源の山を踏破することを目的としたため、雁峠の林道と同じくやむを得ず歩くことになったのだが、5年前に初めて石保戸山から鳥小屋分岐~白沢峠を歩いた時、鳥小屋分岐にゲートが設けられ、車やバイクが入れないようになっていたので、大分様子が変わったことを実感した。そして白沢峠までの間、路肩が崩れたり路面が洗堀されたりしてもはや車が通れる道ではなくなっていた。その後、笠取山~白沢峠、柳沢の頭~倉掛山~白沢峠と歩いて水源の山は繋がったが、その時、板橋峠には自転車でも頭の上まで持ち上げないと持ち込めないような頑丈なゲートが設けられていたので、その区間が車道としてはほとんど廃道同然となっていることを認識した。
今回、笠取山から柳沢峠まで通しで歩くことにしたが、笠取山からぐるりと水干を回って雁峠分岐から先尾根通しの踏み跡を藪沢峠まで歩くことにする。笠取小屋から先は今でも車の通る道となっているので、そういう区間はなるべく避けたいためである。小屋の見える付近までは結構明瞭な踏み跡があるのだが、その先三角点ピーク(藪沢の頭)に登る所から不明瞭になる。それでも藪や倒木などはないし、水道局の標柱が尾根上にず~と立てられているので何とかなる。ヤブ沢峠に着いたら、道標に柳沢峠まで17kmと書かれていて予定よりも30分オーバーしていたこともあり、また体が今一重く感じられて道のない所を踏破する気力も萎えてしまったので、その先はおとなしく車道を歩くことにする。ただし途中から尾根筋と車道がほとんど並行する所があるので、そういう所は車道を離れて歩く。鳥小屋ノ頭は以前登ったことがあるので、車道で巻くことにして進むと鳥小屋分岐に着く。この先は車も入れないようになっているので、ここからが本番である。ゲートを越えるともうすでに轍の跡も無く、落ち葉が積み重なっている。山側の斜面が削られているのでかろうじて車道であったことが分かる。この尾根筋はなだらかな斜面が多く、かってはこの一帯伐採されていたらしいけど、今は落葉松などの植林が高く育ち、豊かな水源林を構成してなかなかいい雰囲気である。途中斉木峠を通過するが、かっては高橋川と広川を結ぶ峠道が存在していたようである。今は道標さえもないので、意識しなければ知らずに通り過ぎてしまうだろう。この道は樹木に覆われて展望がほとんどないが、その分日差しも遮られて、この時期に歩くにはふさわしい所だと思う。
白沢峠にはその筋のマニアの間で有名な廃トラックがある。鳥小屋分岐の先にも路傍に打ち捨てられたトラックがあるが、いずれも故障などの理由で動かなくなったのでそのまま放置されたのであろう。昔の写真を見ると、まだそれらしい形が残っていたが、年々風化の度合いは増しているようである。峠から先の林道は、谷を回り込む度に豊富な水が流れ、水源の森を感じさせてくれる。今回は林道を離れ、倉掛山を目指す。左へ回り込む林道を見送り、尾根上の踏み跡を辿る。一度林道と合流するが、その先細いながらもはっきりした踏み跡が倉掛山を越えてセツトウ付近で林道と合流するまで続く。倉掛山は登山道が山頂の僅か手前で通過してしまうので、前回来た時は知らずに通り過ぎてしまつた。なので、今回はしっかりと山頂を踏んできた。山頂は展望がないが手前の分岐点あたりは奥多摩、大菩薩方面が開けている。この先板橋峠まで、絵図小屋山とか萩尾、セツトウなど変わった名前のピークが続く。絵図小屋山から林道へ下る道が地図上では記されているが、現在は藪に埋もれてよくわからなくなっている。萩尾の三角点は頂上でなく東へ17m下った所にある・・・と山名標に書いてある。5年前に来た時は探し出して写真に撮ったが、現在は大分草が伸びて分かりにくくなっているみたいだ。セツトウは山頂のわずか下を巻いて行くので注意していないと知らずに通過してしまう。その先、水道局の標柱に「私有地」などと書き込まれているが、書いたのは多分太陽発電パネルの土地の元所有者だろう。深瀞峡などという訳の分からない宿泊施設の様なものを作っていたらしいが、30年ほど前に行った時は、モトクロス用のコースができていて、バイクの音がうるさかった。変わり者の夫婦が経営しているから登山者は近づかない方が良いと書いてあるガイドブックもあった。今は板橋峠の山梨県側は一面太陽発電のパネルが設置されていておぞましい風景が広がる。その先柳沢ノ頭経由柳沢峠に行く予定だつたが、下山時刻が遅くなりそうだったので林道経由で柳沢峠へ直行する。