姉川源流を遡行してアリカミノ岳(新穂山)・新穂谷山を経て新穂峠を周回
名古屋の自宅を午前4時に出発。郊外の同行者宅は5時に合流。高速道路をフルに使って関ケ原ICを出て姉川源流の甲津原に着いたのは6時半ごろだった。アグリコテージを左折して中津又谷林道へ行く。舗装路はすぐに草深い林道になった。狭い道をのろのろ走ってP地点へ。昨年来た際は軽自動車が置いてあった場所だ。若干の草を刈り払ってデポ。身支度して出発したら7時半に近かった。 しばらくは手入れの行き届いた林道を歩く。645mの独立標高点で新穂峠への道を分けて中津又谷へは直進。するとすぐに鉄の橋を渡る。大きな堰堤を越して一旦は入渓してみたがまだ早いので出て林道終点まで歩いた。左(西)からの支流と落ち合うところだ。そこで再び入渓。冷水が沢足袋にしみこんでくる。名古屋の猛暑を一時忘れさせる冷たさだ。平流ではあるが時々現れる小さな滝を越えてゆくのは沢登りの醍醐味である。 標高はいくらも稼げないまま遡行を続ける。植林事業のために林道がある。右岸は自然林でも左岸は杉の植林であったが周囲はいつしかブナ、トチの大木が林立する源流域に入っている。独立標高点の818m、862mからの支流との出合いをチエックしながら遡行。標高700m弱から800mまでの流域がとても長いのが特徴である。途中には大きな炭焼き窯の跡があった。こんな山奥でも炭を焼きに来ていたのだ。 946mの尾根が南へ下がってくる出合いは右はアリカミノ岳へ直登できる。左は1001mの鞍部へ突き上げる。今回の計画は広瀬につながる古い峠ではないだろうかとの興味であった。二又付近の雰囲気はとても素敵であった。太い栃の大木、ブナの大木、なぜか草も生えない平地があった。まだ先は長いぞ、と長居から覚めて左の谷へ入った。 毛細血管のように張り巡らされた源流もついに水が尽きる。ここでリーダーは水の絶えた左の沢から右へ振った。この谷も水が絶えた。アリカミノ岳の西のコブにつながる尾根の先端である。等高線は緩そうだが実際の傾斜はきつい。木の根をつかみながら喘登を続けた。足元に鹿の踏み跡を見つけてトラバースして尾根に上がって一息ついた。ここら当初の鞍部へと道なき道を登った。意外と近く、ついに鞍部に立てた。 しかし峠の風情を残すもの例えば石仏、祠の残骸、峠道の痕跡、等々なにもなかった。ちょっとがっかりもしたが満足してアリカミノ岳に重い足を向けた。登山道が整備されているわけではない。ピンテープを探しながらコブからコブをたどってゆく。アリカミノ岳からは蕎麦粒岳が大きく見えた。山頂では一時間の仮眠をした。二人とも疲労が募っていたからだった。仮眠から覚めてすっきり、新穂谷山を目指した。新穂谷山の手前の鞍部ではクマを見た。ホイッスルを吹きまくって追い払った。谷底へ逃げて行った。山頂を踏んで新穂峠に下る。ここらは昨年の宿題を片付けた感じだ。 峠から石仏までが厄介な道だよ、とリーダーには含めてあった。昨年よりはピンテープが増えてRFは楽になっている。崩壊花崗岩の地質は脆いのですぐのり面が崩れてゆく。転落しないように注意しながら石仏へたどり着いた。もう落日が迫るので今日の無事を感謝してすぐ下った。林道に着地したのは18時頃だった。滋賀県の日の入りは18時30分ごろだからぎりぎりだった。甲津原は山に囲まれているので太陽はすでにお隠れになった。西日だけが幸いだった。 薄暗い林道を車に戻った。ライトを点けて草深い林道を甲津原の集落に走った。 ※沢登り中には小鹿を見た。蛙は見たが蛇、蛭、ダニは居なかった。渓流魚は形は小さいが居た。釣り師が入っているかも知れない。鳥類は豊富。稜線のブナ林ではクマに遭遇した。ここは滋賀県に残された自然郷であろう。





