高塚山/人吉市 風水祈りの浄化町・高塚神社
人吉市
(熊本, 鹿児島, 宮崎)
2025年09月21日(日)
日帰り
✔︎Google mapで西浦国有林と入れて向かう
✔︎駐車スペース6台以上あり
✔︎登山口までコンクリート道、山頂にNHKの電波塔があるので安定した道路
✔︎スニーカー、登山装備なし
🔹高塚山🔹
人吉市木地屋町
・木地屋町は平家の落ち武者伝説がある町
・山頂には高塚神社(詳細不明)
・休斉(東頼乙/1553-1627.3.20)の伝承
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〈メモ〉
◉心覚坊(雨吹山)と休斉(高塚山)
ピークハントしやすい理由で登った本日の2座、雨吹山と高塚山。
それぞれ山頂には縁ある人物の歴史が記されてありましたが御二方は同時代を生きていました。
【心覚坊 (雨吹山)】
1584-1637(寛永14年)6/13 切腹殉死 53歳
【休斉 (高塚山)】
1553-1627(寛永4年)3/20病死 74歳 即身成仏?
(逝去は共に江戸幕府3代将軍徳川家光の時代)
休斉が74歳で即身成仏したかもしれない10年後に54歳の心覚坊は人吉城の裏鬼門の結界になるべく、主の相良長毎亡き後、一周忌に切腹殉死。
当初この二人は仏門に全身全霊をかけたという印象でしたが、調べていくにつれ二人の人物像や取り巻く環境を想像し、全く異なるタイプのように感じました。
休斉は名を東頼乙といい、遡ると相良家の庶流(しょりゅう)にあたり代々相良家に仕える武将の出自。
心覚坊は秀吉の朝鮮侵攻で相良軍によって朝鮮から肥後に連れてこられ、相良長毎の傍近くに仕えた。出自だけでもかなり違いますが、調べていくと二人の人物像もかなり違うように私には見えてきます。。