南八甲田 幻の県道(観光道路)を歩く
櫛ヶ峯(上岳)・駒ヶ峯・乗鞍岳
(青森)
2024年08月24日(土)
日帰り
お盆明けからは東北は秋田での仕事。棒自動車道のトンネル工事。完全週休2日制なのであの山この山と歩き回れるかと思いきや、この天候不順。今回は先方様が「書類にハンコがほしい」とか「収入印紙に割印」とかで金曜日の夕方、17:30に仕事終了し片道約200km、時間にして約4時間かけて帰省しました。
久しぶりに青森県内の山歩きがしたい。そう思い南八甲田の櫛ヶ峯までの路、通称「旧県道」を一年ぶりに歩いてみようと4時に目覚まし。が、起きたら5時前…半分寝ぼけた目で出発。国道45号線の四本松交差点から天気が良ければドーンと見えるはずの八甲田連峰は雲で見えずですが、まずまずの天気。
十和田湖方面では最終コンビニのLAWSON十和田湖店に立ち寄り、焼山先の湯の台に上がり、まもなく103号線というところで黄色いイタチが道路を横切った。何となく「天気が崩れる」と頭をよぎったのはなぜなのか…。
昔はイタチの毛皮の需要があり捕りすぎてほぼ絶滅したとか。終いには外国のミンクを取り入れた農場まで近所にあったと父から聞いたことがあります。今では増えすぎたのかな?
そして約1年ぶりの旧県道です。
https://yamap.com/activities/26988098
猿倉温泉には7時前に着きました。天候のせいか、駐車場はガランとして貸し切りでした。トイレで用を済ませ、このルートは藪漕ぎがあるからとザックの中のレインパンツを取りやすい場所へと手探りするが見つからない。レインポンチョのみ。何と雨具を忘れるとは…。こうなりゃ、ずぶ濡れ覚悟で出発です。
登山口からすぐに刈払いがしてあり、矢櫃萢まで朝露に怯えることなく着きました。矢櫃橋を渡り、矢櫃山の中腹を巻く旧県道。当時をしのべばすごく景観を考えられた道だとつくづく思います。
まさに「先見の明」です。
もしも開通していれば八甲田、いや青森県随一の観光道路だったに違いありません。今の、ただ自動車で飛ばすだけの峠道、近道の峠道とは大違いです。観光の、専用道路となったであろうと思います。ただ、1980年代あの頃小中学生の時は遠足登山と称して1学年200名以上が一斉に山頂を目指すという、今では考えられないオーバーツーリズムでした。山へのダメージは相当大きかったと思います。それを思えばやはり自然のためには廃道となって良かったのかなと思います。
そんなことを思いながら朝霞で濡れることもなく地獄峠までたどり着きました。
地獄峠から南へほんの数メートル笹をくぐれば池塘へ出ます。黄瀬沼への道ですが、池塘から先は踏み跡も不明瞭です。ミツガシワが水面に揺れ、池塘の縁にはモウセンゴケやキンコウカの黄色、紫色はサワギキョウでしょうか。高層湿原は楽園なのでしょう、奇麗なブルーの細いトンボも飛んでいました。
地獄峠へ戻り、駒ヶ岳分岐へ着きました。ありがたいことにここまで刈り払いされていました。問題はここから先。昨年よりも薮化しているように見えましたが、こんなもんですかね。櫛ヶ峯登山口(旧県道は御鼻部山へと)先の湿原では櫛ヶ峯の山頂が頭を出してくれましたが、チシマザサの中では神様のイタズラかと思うほど本降りの雨。
(やはり今朝のイタチは教えたのだなぁ)
洗堀にチシマザサが覆い被さり、見えない足元、滑る木道と格闘しながら笹地帯を抜けました。雨は止み霧となりましたが、腰ほどのクマイザサも登山道に覆い被さります。全身ずぶ濡れで2等三角点のある櫛ヶ峯山頂に立てました。
山頂ではゆっくりする間もなく本降りの雨となり、早々に下山しました。笹に覆われ見えない足元。何度滑って転びそうになったものか。特に木道はもう滑り台状態です。雨は止みましたが、あのチシマザサ地帯を抜けて湿原へ出た時はホッとしたものです。
そして駒ヶ岳分岐の広場(幕営地)まで来て休憩をとりました。
下山あるあるです。天気も良くなり、ずぶ濡れのヨレヨレ姿で松次郎清水に着きました。清水をいただき、矢櫃山を巻きました。途中からは高田大岳と雛岳、八幡岳が眺められる場所があり、ひとり静かな路を歩いているとアップダウンも少ないこのルートを「自然観察路」としてまた御鼻部山までつなげられないものかと思います。
そして立派な石積みを目の当たりにすれば、当時の救農政策で始まった県道、観光道路工事だとしても、農民の方々はどんな思いで携わったのか、思いをはせるばかりです。
日本一の悪路、登山道目線で言えばそうかもしれませんが、幻の旧県道としてみれば、これはこれで立派な近代化遺産ではないか、と思ったりもします。