御巣鷹の尾根へ。空の安全を願い、鎮魂の祈りを捧げる。
諏訪山
(群馬, 長野, 埼玉)
2025年10月17日(金)
日帰り
前日の高崎でのウォーミングアップを終え、研修当日。1985年に起きた日航機墜落事故の現場である「御巣鷹の尾根」へ、慰霊登山に臨みました。
7:30に高崎のホテルを出発し、バスに揺られること約2時間半。10時過ぎに「御巣鷹の尾根登山口」に到着しました。空は静かに晴れ渡っていました。
**【昇魂之碑へ】**
登山道は驚くほどきれいに整備されており、歩きやすかったです。この道を維持管理されているボランティアの方々の尽力に、心から敬服いたします。
登山口から約30分、息を切らしながら尾根に上がると、鎮魂の祈りを捧げる「昇魂之碑」が静かに佇んでいました。ここが、日本航空123便が墜落した場所です。乗員乗客524名のうち、520名もの尊い命が失われた現場に立ち、謹んで哀悼の意を表し、深く黙祷を捧げました。
碑の前から南東に目をやると、谷を挟んだ向かいの尾根に、木々がV字にえぐられた跡が見えます。「U字溝」と呼ばれるその傷跡は、機体の右翼が最後の瞬間に尾根をかすめた痕跡だと伺いました。異常発生からの約30分間、機内で過ごされた方々の恐怖は、どれほど筆舌に尽くしがたいものだったか、想像するだけで胸が締め付けられます。
**【生きた証に触れて】**
昇魂之碑の奥には、持ち主がわからなかったご遺品が埋葬された場所と祭壇がありました。祭壇には、在りし日のご家族のスナップ写真や愛用品が数多く祀られています。事故が起きるその時まで、私たちと何ら変わらない日常があり、大切な家族がいた。その当たり前だったはずの現実を改めて突きつけられ、言葉を失いました。航空産業に携わる者として、空の安全を守る者として、この場所で過ごした時間は忘れられない貴重なものとなりました。
**【上野村「慰霊の園」へ】**
下山後、昼食を済ませて上野村にある「慰霊の園」へ向かいました。 慰霊塔の前で改めて黙祷を捧げ、遺品や記録を展示する施設を見学させていただきました。
6時56分で止まったままの腕時計、衝撃で捻じ曲がったメガネ。そして、小さな子供のものと思われるポーチやサンダル、ミニーマウスの人形…。同じ年頃の子供を持つ親として、こみ上げてくるものがありました。
また、ご遺体の収容がいかに困難を極めたかという記録にも触れました。完全な形で収容された方はごく僅かだったと聞きます。DNA鑑定もなかった時代、歯型や身体的特徴を頼りに懸命な身元確認が続けられたこと、そして当時対応された自衛隊、警察、消防、医療関係者、上野村の方々、ボランティアの方々、本当に多くの方々のご尽力に、改めて頭が下がる思いでした。
1時間ほど見学させていただき、バスは高崎駅へ。16:30頃に駅に到着し、名古屋への帰路につきました。
この日に見たこと、感じたこと、考えたこと全てを心に刻み、日々の業務における安全への誓いを新たにしました。犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。