03:22
2.0 km
271 m
御巣鷹の尾根 慰霊登山
御座山 (長野, 群馬)
2026年05月30日(土) 日帰り
山にまったく行かない友達の“御巣鷹山に連れてってくれる?”で、行く気になり、友達も誘って行ってきました。 1985.8.12 羽田発大阪行きJAL123便 520人の方が亡くなられた山😢 テレビでのニュースで見るのは、ほんの一部で、行ってみないと感じられないこともあって。 行ってよかった。もう二度とこんな悲劇はおこってほしくないと思いました😞
モデルコース
01:07
1.3km
214m
214m
電波の届かない場所でも地図や現在位置がわかる
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03:22
2.0 km
271 m
御座山 (長野, 群馬)
2026年05月30日(土) 日帰り
山にまったく行かない友達の“御巣鷹山に連れてってくれる?”で、行く気になり、友達も誘って行ってきました。 1985.8.12 羽田発大阪行きJAL123便 520人の方が亡くなられた山😢 テレビでのニュースで見るのは、ほんの一部で、行ってみないと感じられないこともあって。 行ってよかった。もう二度とこんな悲劇はおこってほしくないと思いました😞
00:46
1.8 km
247 m
諏訪山 (群馬, 長野, 埼玉)
2026年05月16日(土) 日帰り
御巣鷹の尾根へ慰霊登山に行きました。 1985年8月12日、JAL123便が御巣鷹の尾根に墜落し、520名の乗客乗員が亡くなった現場です。 たまたまなのか分かりませんが、入口で日本航空の方がいらして、下山で危ないので使ってくださいと手袋をいただきました。ありがとうございます。 登山道はとても綺麗に整備されており、往復1時間弱でしたが、手を合わせることができました。 石楠花の花が満開でした。夕方の時間で自分1人しかおらず、沢の音だけが響く、ほんとうに静かな空間でした。
05:03
8.9 km
645 m
諏訪山 (群馬, 長野, 埼玉)
2025年11月16日(日) 日帰り
以前立処山に行った時、下見をした御巣鷹の尾根登山口の手前3.4kmからまさかの冬期閉鎖❗️往復2時間の車道歩きとなったため、周回登山はやめて慰霊と周辺散策に😅 尾根には沢山の慰霊があり、できる限り全てをお参りするよう心がけたが、それぞれの慰霊には無念と感謝の想いが込められており感慨深いものがあった。安らかにお眠り下さい🙏 下山後は途中にある中止の滝へ。明治時代にこの地域の地勢調査を行った役人があまりにも美しい景観で作業を中止したことが名前の由来😃 急登の先に現れた滝は素晴らしかった😃 上野村周辺は紅葉🍁🍁🍁が見頃。次の山行の下見をして小鹿野にある馴染みの食堂でお腹もいっぱいの1日でした。
02:17
4.0 km
311 m
2025年11月08日(土) 日帰り
40年前の8/12夕方に起きたこと。 家族で近くでハイキングしていて大雨。 宿で緊急ニュース。 ついに核心に行くことに。 そのとき、救出のために多くの方がこの斜面と格闘してやっと辿り着いた。 わたしはできた道を歩いただけ。 山崎豊子は読んだ。 でも事故の理由は諸説あるみたい。 慰霊の園にも行きました。 当時、黒沢文夫町長は被害者を弔う責務を負ったという。予告もなく。なんと理不尽な。 G地点を発着しましたが、軌跡はうまく反映されていません。スマホ電波届かずでした。 歩くだけなら上り30分。下り30分。 G地点まで、道は細いです。 クルマは譲り合ってすれ違いを。 ところどころ路上に小さくとも落石あり。 高崎駅からクルマで2時間。
01:20
1.8 km
255 m
諏訪山 (群馬, 長野, 埼玉)
2025年11月08日(土) 日帰り
毎年続けている慰霊登山も5回目。11月にも関わらず、20人くらいの慰霊登山者ががいた。管理人さんの話では、前日は140人くらいの人が慰霊登山で訪れていたらしい。 あの事故から40年。 遺族ではないが、「手を合わせたくて」と神戸から来ている人もいた。 風化させてはいけない場所である。 ※令和7年11月14日(金)午後4:00から令和8年4月29日(水)午前9時まで 冬季閉鎖中。
01:35
3.0 km
270 m
02:00
2.0 km
261 m
2025年11月03日(月) 日帰り
10年前の事故後30年の節目の年に慰霊登山をして早や10年が経過。40年を迎えることとなった日航機墜落事故。 この事故をモデルにした映画などを見たり、調べたりするなかで遺族ではないけれど好きな山で起きた事故であり慰霊登山に来たいと思うようになり10年前に初めて来ました。節目の年に慰霊登山に来れて良かった。
01:19
1.5 km
220 m
02:14
1.5 km
207 m
01:41
1.7 km
239 m
諏訪山 (群馬, 長野, 埼玉)
2025年10月17日(金) 日帰り
前日の高崎でのウォーミングアップを終え、研修当日。1985年に起きた日航機墜落事故の現場である「御巣鷹の尾根」へ、慰霊登山に臨みました。 7:30に高崎のホテルを出発し、バスに揺られること約2時間半。10時過ぎに「御巣鷹の尾根登山口」に到着しました。空は静かに晴れ渡っていました。 **【昇魂之碑へ】** 登山道は驚くほどきれいに整備されており、歩きやすかったです。この道を維持管理されているボランティアの方々の尽力に、心から敬服いたします。 登山口から約30分、息を切らしながら尾根に上がると、鎮魂の祈りを捧げる「昇魂之碑」が静かに佇んでいました。ここが、日本航空123便が墜落した場所です。乗員乗客524名のうち、520名もの尊い命が失われた現場に立ち、謹んで哀悼の意を表し、深く黙祷を捧げました。 碑の前から南東に目をやると、谷を挟んだ向かいの尾根に、木々がV字にえぐられた跡が見えます。「U字溝」と呼ばれるその傷跡は、機体の右翼が最後の瞬間に尾根をかすめた痕跡だと伺いました。異常発生からの約30分間、機内で過ごされた方々の恐怖は、どれほど筆舌に尽くしがたいものだったか、想像するだけで胸が締め付けられます。 **【生きた証に触れて】** 昇魂之碑の奥には、持ち主がわからなかったご遺品が埋葬された場所と祭壇がありました。祭壇には、在りし日のご家族のスナップ写真や愛用品が数多く祀られています。事故が起きるその時まで、私たちと何ら変わらない日常があり、大切な家族がいた。その当たり前だったはずの現実を改めて突きつけられ、言葉を失いました。航空産業に携わる者として、空の安全を守る者として、この場所で過ごした時間は忘れられない貴重なものとなりました。 **【上野村「慰霊の園」へ】** 下山後、昼食を済ませて上野村にある「慰霊の園」へ向かいました。 慰霊塔の前で改めて黙祷を捧げ、遺品や記録を展示する施設を見学させていただきました。 6時56分で止まったままの腕時計、衝撃で捻じ曲がったメガネ。そして、小さな子供のものと思われるポーチやサンダル、ミニーマウスの人形…。同じ年頃の子供を持つ親として、こみ上げてくるものがありました。 また、ご遺体の収容がいかに困難を極めたかという記録にも触れました。完全な形で収容された方はごく僅かだったと聞きます。DNA鑑定もなかった時代、歯型や身体的特徴を頼りに懸命な身元確認が続けられたこと、そして当時対応された自衛隊、警察、消防、医療関係者、上野村の方々、ボランティアの方々、本当に多くの方々のご尽力に、改めて頭が下がる思いでした。 1時間ほど見学させていただき、バスは高崎駅へ。16:30頃に駅に到着し、名古屋への帰路につきました。 この日に見たこと、感じたこと、考えたこと全てを心に刻み、日々の業務における安全への誓いを新たにしました。犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。