峠を越えて賀田の海。

やはり最初の道間違いが響いて、次へは行けませんでした。日没後はメッチャ冷え込み🥶ました…それなのに電車遅れてくるし😡。

疲れたので、明日はアスファルト道歩き🚶‍♂️にします。クッション👟で楽しよう、っと。
めちゃくちゃ清流
雲☁が多めの雨☂️あがり❇️
よく晴れたなぁ☀️
二木島湾を眺め🌊
ヨコネ道のワンシーン

半島の際を歩く。木々の間にチラチラ海が見え、ここまでの古道との変化を楽しめます👍。
鯨石🐋

もっとそれらしいアングルがあったのかも😓。🐳に見えますかね…。
綺麗に積まれた石垣道
賀田駅を出発です。
波打ち際に立ち後ろを振り返ると、八鬼山がこっちを見ています。
多くの魂が眠る山に一礼し先に進みます。
穏やかな海だけど、波の音が大きい
デッケー!

モデルコース

三木里-三木峠登り口-三木峠-三木峠登り口-羽後峠登り口- 縦走コース

コース定数

標準タイム 05:49 で算出

ふつう

23

  • 05:49
  • 11.7 km
  • 862 m

コースマップ

タイム

05:49

距離

11.7km

のぼり

862m

くだり

859m

標高グラフ

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チェックポイント

「三木里-三木峠登り口-三木峠-三木峠登り口-羽後峠登り口- 縦走コース」を通る活動日記

  • 52

    05:31

    12.8 km

    772 m

    熊野古道・伊勢路(三木里~二木島)

    熊野古道 伊勢路④ (三重, 奈良)

    2025.12.29(月) 日帰り

    *今回は、熊野古道・伊勢路の三木里~二木島の区間を歩くことにした。日帰りなので、三木里駅に車を置いて、終点の二木島駅からは紀勢本線の汽車(電車ではない)に乗って戻るという計画である。 *予定では9時三木里駅スタートであったが、予定より30分早く着いたので繰り上げて8:30スタートとなった。三木里駅からは八十川橋で国道311号に入り、少し歩くと「ヨコネ道」への入口があった。舗装道を離れて山道に入ると「世界遺産・熊野古道伊勢路」の幟が立っていた。国道より少し高いところに古道が通っており、比丘尼転びや炭焼窯跡などがあり、海が見える場所もあった。 *30分足らずで再び国道に下り、さらに少し歩くと三木峠の登り口があった。ここには「三木峠道」の案内板と「国史跡熊野参詣道三木峠道」と刻まれた石柱が立っていた。苔生した石段を15分ほど登ると三木峠に着いた。ここは、三木里と古江を結ぶ峠である。三木峠から少し外れて登ったところに展望所(139m)があり、三木里湾と三木浦町を眺めることができた。ただ、天気予報が外れて、このときは曇っていて青空がなかったのは残念だった。 *三木峠に戻り下っていくとすぐに舗装道に出た。羽後峠を指す標識は舗装道にあったので、これに従った。しかし、本当はここから舗装道を横切って古江の町に下るのは正解であった。舗装道を歩いていて、このことに気づいたので、途中から古道が舗装道に近くなってきたところで古道に下りることにした。 *古道に下ると、山の神を祀った祠があった。古道の右側には猪垣が立ち並んでいた。猪垣の間を縫うように古道を進むと再び舗装道に出たが、向かいに羽後峠の登り口があった。ここにも、「世界遺産・熊野古道伊勢路」の幟、羽後峠道の説明板、「国史跡熊野参詣道羽後峠道」と刻まれた石柱があった。 *苔生した石畳の道を少し登っていくと羽後峠に着いた。羽後峠は小さな広場になっていて、ベンチもあるので休憩できるところである。羽後峠から下っていくと、道の真ん中に通せんぼみたいな石碑があった。「是より左くまの道」と刻まれている。 *左に折れて猪垣の間を下っていくと、左手に秋葉神社の小さな祠があり、最後は水路のようなところに出て、舗装路に下りた。すると「賀田羽根の五輪塔」の標識に従って古道に入り、再び舗装道を横切ったところに五輪塔があった。球形の水輪が欠けているが、地輪には「寛永18年」(1641年)と刻まれている。 *賀田の街中に下りてから、少し歩くとJR賀田駅があった。ちょうど名古屋から新宮に向かう特急「南紀1号」が通過するところだった。賀田駅からはしばらく国道を歩くとようやく天気が回復して青空が広がってきた。賀田湾の景色も心地よい。再び古道に入ると曽根の道祖神があり、飛鳥神社のところに出た。ここからは路地のような道に入り、曽根弾正の屋敷跡を通過するとトレイに出てきた。そのまま路地を進むと、「熊野古道次郎坂」という看板があった。 *最初はコンクリートの階段になっていて、少し登ると「曽根五輪塔」にやってきた。戦国時代に曽根八か村を納めた曽根弾正夫妻と長男孫太郎(石板)の五輪塔があった。その直ぐ近くには、「庚申塚」と「南無阿弥陀佛号名碑」もあった。この南無阿弥陀仏号名碑は、熊野古道を歩く巡礼者や旅人の安全を祈って、享保3年(1718年)安定寺の元空和尚が建立したものと伝えられている。 *再び苔生した石畳を登って行くと、石切場跡があった。ここから切り出された曽根石は、江戸城の修復に使われたとの記録が残っているそうだ。 *しばらく行くと「行き倒れ巡礼供養碑」があった。文政13年(1830年)にこの地で没した武州足立郡中之田村(埼玉県)の人の供養碑である。さらに行くと「曽根の一里塚」の説明板があった。 *古道には石段が出てきたが、左手に「鯨石」があった。よく見ると、シロナガスクジラに似ている!このあたりから太郎坂になるのだろうか。峠道の次郎・太郎は「自領・他領」が転じたものといわれている。 *長い坂を登り切ると甫母(ほぼ)峠に着いた。この峠は、現在の尾鷲市と熊野市との市境になっている。東屋の横が平たくなっていたが、ここが「ほうじ茶屋跡」である。これも「甫母地茶屋」からの転語のようだ。また地蔵を祀る祠もあった。 *甫母峠からは少し下ると「楯見ヶ丘」という場所があり、ここからは二木島湾の入口にある楯ヶ崎を望むことができる。ここから先はなかなか下っていかず、小さなアップダウンが続いた。 *ようやく下ってきたところで、再び猪垣が出てきた。猪垣の説明板があり、また猪垣記念碑(石板)もあった。これには、寛保元年(1741年)3月から翌年2月にかけて築かれたことが記されている。 *下り口の少し手前にまた巡礼供養碑があった。熊野古道には目的地に着くまでに力尽きて行き倒れる人も少なくなかったことだろう。この供養碑は文政3年(1820年)この急坂で落命した17才の少年を供養したものだった。 *曽根次郎坂・太郎坂登り口に下りたところで二木島湾の風景が飛び込んできた。天気もすっかり回復して青空だ。国道を横断すると二木島駅に向かう道標に従って下っていくと二木島港に出た。新逢川橋を渡り、東屋とトイレがあり、JRのガード下を越えると二木島駅の駐車地があった。ここに「鯨の供養塔」の説明板があったので、駐車場の路地奥に二木島峠の登り口があり、そこに鯨の供養塔があった。 *二木島駅には14時ちょうどに着いたが、14:13の汽車には何とか間に合った。この汽車を逃すと次は16:10と2時間近く待たなければならない。なので、今日はランチタイムもとらずに歩き続けた。

  • 10

    06:43

    12.8 km

    778 m

    熊野古道 伊勢路〔三木里-三木峠-羽後峠-甫母峠-二木島〕

    熊野古道 伊勢路④ (三重, 奈良)

    2025.02.16(日) 日帰り

    今回は熊野古道伊勢路170キロを踏破するセクションハイク第7日目。 未明に降り出した雨はどうにか止んでくれました。尾鷲駅から始発電車に乗り、06:08、昨日の終点、三木里駅に到着。日出時刻までは30分ありましたが、行動開始。 昨日、地元の方から熊の出没情報を得ていたので、熊鈴を2個に増強し、笛とラジオも投入して、国道から真っ暗なヨコネ道という山道に入りました。 途中でご来光を拝めるのではないかと期待していましたが、あいにく分厚い雲に阻まれました。 一旦、国道に出て、三木峠の登山口から再び山口へ。登山口には、昨年6月に三木峠でクマの目撃があったとする掲示を見つけ、すっかりビビってしまい、笛を鳴らし続けました。 三木峠の近くにある絶景の展望所から、海を見下ろすと、三木里駅の近くにある海水浴場とは別の入江を発見。 調べると、ここに三木浦漁港があることを知りました。三木里の街が漁港独特の雰囲気ない理由が分かったような気がしました。雲に覆われ神秘的でした。 一旦、国道に下りると、波の音が聞こえてきました。しばらく腰を下ろして波の音を楽しみました。羽後(はご)峠の入口から山道に戻ると、猪垣(ししがき)が出てきて、峠を下り、賀田まで続きました。 賀田という集落を紹介する案内板に、賀田は藩から漁業権を与えられていなかったため、生活困窮から脱するため、漁業権を認めるように迫ったところ、代わりに高級木炭の権利を与えられたのだとか。 海に面した賀田でさえ、漁業権が与えられていなかったことには驚かされました。 賀田駅を過ぎてしばらく進むと、曽根の集落に入りました。曽根は石の産地で、江戸城修復の際に石を献上したことがあったほどであったとか。猪垣や石畳も現地調達されていたと察しました。 更に行くと、熊野速玉大社の近くにある阿須賀飛鳥神社の系列である飛鳥神社がありました。杉や楠の巨木が林立し、神社の石垣は丸石を使用しており、とても独特な佇まいでした。 飛鳥神社から先に進むと、曽根次郎坂太郎坂の登山口に着きました。飛鳥時代から室町時代までこの坂の上にある甫母峠が志摩国と紀伊国の境だったらしく、志摩国側の坂を次郎(自領)坂、紀伊国側の坂を太郎(他領)坂と呼ぶようになったのだとか。 次郎坂は、あちこちに切石の痕跡があり、江戸時代を中心に大量の石が切り出されたと推察された。山道の勾配も急峻で、昨日の八鬼山に引けを取らない難関でした。 太郎坂は植生が変わり、石畳から木の根が露出していて、未明の雨で苔むした石畳にへばりついた木の根で滑りやすく、下り切るまで気を緩めることはできませんでした。 太郎坂が二木島に近づくと、またしても見事な猪垣が続きましたが、藩主である紀州徳川家から二木島の庄屋に猪垣の造営が下命され、1年で完成させたことを記念した猪垣記念碑がありました。 二木島の街に下る直前、トンネルから電車が飛び出してきました。鉄道が出るまで人の移動を担当した熊野古道が電車と並行する瞬間にはとても興趣を感じました。 二木島駅近くに鯨の供養碑がありました。熊野地方は捕鯨が盛んで、二木島には鯨方が置かれ、盛んに行われていたのだとか。 今日はもう少し先の新鹿まで歩くつもりでしたが、早朝から活動を始め、太郎坂でかなり神経をすり減らしたので、二木島駅で終了しました。 新宮まであと38キロになりました。甫母峠からは熊野市に入ったので、気持ち的にはかなり近づいてきたと実感しています。 新宮までどういう配分で歩くか、考えるのが楽しみですが、これで終わるのも寂しい気持ちがします。

  • 32

    05:59

    12.4 km

    781 m

    熊野古道 伊勢路⑥

    熊野古道 伊勢路⑤ (三重, 和歌山, 奈良)

    2025.01.03(金) 日帰り

    年末年始は何かと忙しく、時間が空いた1月3日に伊勢路⑥を何とか😕 でも、夕方からは用事があって、半日だけの歩き旅となりました👍 前回の伊勢路⑤では、八鬼山を越え、三木里まで 今回は、三木里からの三木峠越え! 三木峠は、まぁこじんまりとした峠、 三木峠に続く羽後峠もあまりアップダウンがなく、至って順調に進む事ができました。 石畳の峠越えとは良く言ったもの! ひたすら石畳が続く山道はなかなか趣きがある😁 三木峠から望む賀田湾の朝焼けも美しい😍 ただ、賀田からの甫母峠は、かなりの急登😳 金剛山や葛城山系で階段には慣れていても、 こりゃ〜レベル違う😓 甫母峠を越えて、何とか新鹿までと思っていたのに、二木島でタイムエンドとなりました! ヤバイで…あと3週間でキャンペーン終わってまうよー😨

  • 20

    06:51

    11.9 km

    736 m

    熊野古道 伊勢路、三木里から二木島

    熊野古道 伊勢路④ (三重, 奈良)

    2024.10.26(土) 日帰り

    熊野古道伊勢路のウォーキングイベントに、大学時代の友人と参加。今冬、馬越峠から八鬼山越えして三木里まで歩いているので、今回は三木里から鬼ヶ城まで二日間で歩くイベントと合わせるとコースが繋がります👍。今日は三木里から二木島まで。 早朝、車で自宅(大津)を出発。三木里の海岸沿いの駐車場で友人と合流。イベントの参加手続きをして、雨が降りそうな天気のもとを出発✌️。参加者は100名程かな〜。このイベントに相応しい和装姿の人も〜👏。 海岸沿いを暫く歩き、先ずはヨコネ道から三木峠への登り。峠から一旦海岸近くに下り、次は羽後峠への登り。獣害除けの「猪垣」と呼ばれる石垣が各所に見られます。よくぞこんな立派な石垣をあちこちに作ったものです〜😳。この頃から小雨が降りだし、傘をさしながらの歩み。苔むした石畳は濡れると滑りやすい〜😥。峠からはまた下って、海岸沿いの曽根のコミュニティセンターで昼食。 昼食後は今日の最後で一番の登り、曽根次郎坂太郎坂に向かいます✌️。甫母峠に着く頃には雨も止み、後は滑りやすい石段を下へ下へ〜💦。長い下り坂を下って今日のゴール二木島に到着🙌。お疲れ様でした👏。小雨に降られたけれど、風情のある石畳・石段の古道を歩けたのは興味深かったです。更に今日は「伊勢路2024石畳の峠越え」のデジタルバッチをゲット✌️。 夜は友人と尾鷲の料理屋で久しぶりに会食🍺。明日への英気を養います💖。