三木里-三木峠登り口-三木峠-三木峠登り口-羽後峠登り口- 縦走コースの写真
広葉樹ゾーンも心地よい
三木里-三木峠登り口-三木峠-三木峠登り口-羽後峠登り口- 縦走コースの写真
三木里-三木峠登り口-三木峠-三木峠登り口-羽後峠登り口- 縦走コースの写真
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三木里-三木峠登り口-三木峠-三木峠登り口-羽後峠登り口- 縦走コースの写真
二木島港🏁
三木里-三木峠登り口-三木峠-三木峠登り口-羽後峠登り口- 縦走コースの写真
尾鷲の見納め。

モデルコース

三木里-三木峠登り口-三木峠-三木峠登り口-羽後峠登り口- 縦走コース

コース定数

標準タイム 05:49 で算出

ふつう

23

  • 05:49
  • 11.7 km
  • 862 m

コースマップ

タイム

05:49

距離

11.7km

のぼり

862m

くだり

859m

標高グラフ
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チェックポイント

「三木里-三木峠登り口-三木峠-三木峠登り口-羽後峠登り口- 縦走コース」を通る活動日記

  • 56
    30

    05:48

    13.6 km

    887 m

    熊野古道 伊勢路⑪ 三木峠・羽後峠・曽根次郎坂太郎坂 三木里駅から二木島駅

    熊野古道 伊勢路④ (三重, 奈良)

    2026年03月29日(日) 日帰り

    熊野古道伊勢路の11日目です。 連日歩いて疲れていますが、本日は3つの峠を越えるコースです。歩き始めたら、線路から離れて、逃げ道ないので、頑張らなくては。 三木峠、羽後峠と順調に歩き、賀田に下ります。小さな漁師町。自販機とトイレがあるので、次の峠に備えて、しばし休憩。 最後の曽根次郎坂太郎坂は、伊勢国、紀伊国の国境。自領坂と他領坂がなまって、次郎坂太郎坂になったとか。 やはり連日の歩きの疲労が溜まっていて、大失速。次郎坂太郎坂、何とか歩ききる事が出来ました。 翌日も歩くつもりでしたが、天気も微妙そうだったし、疲労もピークだったので、今回はここで一旦終了です。 今回はいくつもの峠を越えました。歩いていると、地元の人達に挨拶や声かけ頂き、元気貰えました。街道歩きは、山とは違う楽しさがあります。あともう少し❗頑張ります。

  • 4
    18

    05:25

    11.8 km

    766 m

    熊野古道 伊勢路

    熊野古道 伊勢路④ (三重, 奈良)

    2026年03月08日(日) 日帰り

    三木里海水浴場に車を停めて熊野古道へ 舗装路を通ったり山道を通ったりしながら二木島駅まで 天気がよくあちこち春の花が咲いているのを見ながら楽しい山行でした🎶

  • 1
    39

    05:25

    11.8 km

    779 m

    熊野古道 伊勢路④-2026-03-08

    熊野古道 伊勢路④ (三重, 奈良)

    2026年03月08日(日) 日帰り

    行ってみたいと思ってた熊野古道! 想像してたより山道だった笑 アスファルトも結構歩くけど歩道が無いとこは車が怖い((((;゚Д゚)))) 1000年前から参拝するために歩いてたって思うと感慨深いものがあるような気がする...

  • 18
    52

    05:31

    12.8 km

    772 m

    熊野古道・伊勢路(三木里~二木島)

    熊野古道 伊勢路④ (三重, 奈良)

    2025年12月29日(月) 日帰り

    *今回は、熊野古道・伊勢路の三木里~二木島の区間を歩くことにした。日帰りなので、三木里駅に車を置いて、終点の二木島駅からは紀勢本線の汽車(電車ではない)に乗って戻るという計画である。 *予定では9時三木里駅スタートであったが、予定より30分早く着いたので繰り上げて8:30スタートとなった。三木里駅からは八十川橋で国道311号に入り、少し歩くと「ヨコネ道」への入口があった。舗装道を離れて山道に入ると「世界遺産・熊野古道伊勢路」の幟が立っていた。国道より少し高いところに古道が通っており、比丘尼転びや炭焼窯跡などがあり、海が見える場所もあった。 *30分足らずで再び国道に下り、さらに少し歩くと三木峠の登り口があった。ここには「三木峠道」の案内板と「国史跡熊野参詣道三木峠道」と刻まれた石柱が立っていた。苔生した石段を15分ほど登ると三木峠に着いた。ここは、三木里と古江を結ぶ峠である。三木峠から少し外れて登ったところに展望所(139m)があり、三木里湾と三木浦町を眺めることができた。ただ、天気予報が外れて、このときは曇っていて青空がなかったのは残念だった。 *三木峠に戻り下っていくとすぐに舗装道に出た。羽後峠を指す標識は舗装道にあったので、これに従った。しかし、本当はここから舗装道を横切って古江の町に下るのは正解であった。舗装道を歩いていて、このことに気づいたので、途中から古道が舗装道に近くなってきたところで古道に下りることにした。 *古道に下ると、山の神を祀った祠があった。古道の右側には猪垣が立ち並んでいた。猪垣の間を縫うように古道を進むと再び舗装道に出たが、向かいに羽後峠の登り口があった。ここにも、「世界遺産・熊野古道伊勢路」の幟、羽後峠道の説明板、「国史跡熊野参詣道羽後峠道」と刻まれた石柱があった。 *苔生した石畳の道を少し登っていくと羽後峠に着いた。羽後峠は小さな広場になっていて、ベンチもあるので休憩できるところである。羽後峠から下っていくと、道の真ん中に通せんぼみたいな石碑があった。「是より左くまの道」と刻まれている。 *左に折れて猪垣の間を下っていくと、左手に秋葉神社の小さな祠があり、最後は水路のようなところに出て、舗装路に下りた。すると「賀田羽根の五輪塔」の標識に従って古道に入り、再び舗装道を横切ったところに五輪塔があった。球形の水輪が欠けているが、地輪には「寛永18年」(1641年)と刻まれている。 *賀田の街中に下りてから、少し歩くとJR賀田駅があった。ちょうど名古屋から新宮に向かう特急「南紀1号」が通過するところだった。賀田駅からはしばらく国道を歩くとようやく天気が回復して青空が広がってきた。賀田湾の景色も心地よい。再び古道に入ると曽根の道祖神があり、飛鳥神社のところに出た。ここからは路地のような道に入り、曽根弾正の屋敷跡を通過するとトレイに出てきた。そのまま路地を進むと、「熊野古道次郎坂」という看板があった。 *最初はコンクリートの階段になっていて、少し登ると「曽根五輪塔」にやってきた。戦国時代に曽根八か村を納めた曽根弾正夫妻と長男孫太郎(石板)の五輪塔があった。その直ぐ近くには、「庚申塚」と「南無阿弥陀佛号名碑」もあった。この南無阿弥陀仏号名碑は、熊野古道を歩く巡礼者や旅人の安全を祈って、享保3年(1718年)安定寺の元空和尚が建立したものと伝えられている。 *再び苔生した石畳を登って行くと、石切場跡があった。ここから切り出された曽根石は、江戸城の修復に使われたとの記録が残っているそうだ。 *しばらく行くと「行き倒れ巡礼供養碑」があった。文政13年(1830年)にこの地で没した武州足立郡中之田村(埼玉県)の人の供養碑である。さらに行くと「曽根の一里塚」の説明板があった。 *古道には石段が出てきたが、左手に「鯨石」があった。よく見ると、シロナガスクジラに似ている!このあたりから太郎坂になるのだろうか。峠道の次郎・太郎は「自領・他領」が転じたものといわれている。 *長い坂を登り切ると甫母(ほぼ)峠に着いた。この峠は、現在の尾鷲市と熊野市との市境になっている。東屋の横が平たくなっていたが、ここが「ほうじ茶屋跡」である。これも「甫母地茶屋」からの転語のようだ。また地蔵を祀る祠もあった。 *甫母峠からは少し下ると「楯見ヶ丘」という場所があり、ここからは二木島湾の入口にある楯ヶ崎を望むことができる。ここから先はなかなか下っていかず、小さなアップダウンが続いた。 *ようやく下ってきたところで、再び猪垣が出てきた。猪垣の説明板があり、また猪垣記念碑(石板)もあった。これには、寛保元年(1741年)3月から翌年2月にかけて築かれたことが記されている。 *下り口の少し手前にまた巡礼供養碑があった。熊野古道には目的地に着くまでに力尽きて行き倒れる人も少なくなかったことだろう。この供養碑は文政3年(1820年)この急坂で落命した17才の少年を供養したものだった。 *曽根次郎坂・太郎坂登り口に下りたところで二木島湾の風景が飛び込んできた。天気もすっかり回復して青空だ。国道を横断すると二木島駅に向かう道標に従って下っていくと二木島港に出た。新逢川橋を渡り、東屋とトイレがあり、JRのガード下を越えると二木島駅の駐車地があった。ここに「鯨の供養塔」の説明板があったので、駐車場の路地奥に二木島峠の登り口があり、そこに鯨の供養塔があった。 *二木島駅には14時ちょうどに着いたが、14:13の汽車には何とか間に合った。この汽車を逃すと次は16:10と2時間近く待たなければならない。なので、今日はランチタイムもとらずに歩き続けた。

  • 13
    70

    05:45

    12.9 km

    825 m

    熊野古道伊勢路_三木峠・羽後峠 静寂・伊勢路、鄙びた漁村をつなぐ

    八鬼山・頂山・オハイ (三重)

    2025年02月23日(日) 日帰り

    前日6時過ぎに自宅を出る 睡眠時間を確保できるよう10時半ごろを目安に奥伊勢PAまで 当日は朝5時ごろ発 途中コンビニで買い物をして駐車場着 三木里を朝7時ごろに出発 しばらく車道歩き、空気は冷えている 先ずは三木峠越え、全く人に会わない 小鳥は賑やか 三木峠を降りて加賀駅で下車する人達 ここが半道中、僕たちは駅舎でコーヒーブレイク 身体が温まり再び出発 羽後峠は延々と石積みの獣除けが続く 気が遠くなるほどの古人の営み 到着点の二木島駅で鉄道で戻る予定だったが、タッチの差で間に合わず 次の列車まで約2時間 それならと逆の新宮方面へ行くことに 戻り時間を考えて熊野市駅まで 駅から2時間ほどで花の窟神社を詣でる はじめて熊野を訪れた時に思いがけず立ち寄って以来 ここも気が張り詰めている ミカンをかってすぐに取って返す 駅前の土産屋でめはり寿しをゲット その後、二木島駅で無事列車に乗り三木里へ 今日の夕食は尾鷲の「おふくろ」 それまで海鮮市場とお風呂で時間を使う 評判の「おふくろ」では刺身定食と天ぷら定食を注文、美味美味 すっかりおなかいっぱいで、今日の根場、紀伊長島の道の駅へ ビールでのどを潤して早々に就寝

  • 33
    10

    06:43

    12.8 km

    778 m

    熊野古道 伊勢路〔三木里-三木峠-羽後峠-甫母峠-二木島〕

    熊野古道 伊勢路④ (三重, 奈良)

    2025年02月16日(日) 日帰り

    今回は熊野古道伊勢路170キロを踏破するセクションハイク第7日目。 未明に降り出した雨はどうにか止んでくれました。尾鷲駅から始発電車に乗り、06:08、昨日の終点、三木里駅に到着。日出時刻までは30分ありましたが、行動開始。 昨日、地元の方から熊の出没情報を得ていたので、熊鈴を2個に増強し、笛とラジオも投入して、国道から真っ暗なヨコネ道という山道に入りました。 途中でご来光を拝めるのではないかと期待していましたが、あいにく分厚い雲に阻まれました。 一旦、国道に出て、三木峠の登山口から再び山口へ。登山口には、昨年6月に三木峠でクマの目撃があったとする掲示を見つけ、すっかりビビってしまい、笛を鳴らし続けました。 三木峠の近くにある絶景の展望所から、海を見下ろすと、三木里駅の近くにある海水浴場とは別の入江を発見。 調べると、ここに三木浦漁港があることを知りました。三木里の街が漁港独特の雰囲気ない理由が分かったような気がしました。雲に覆われ神秘的でした。 一旦、国道に下りると、波の音が聞こえてきました。しばらく腰を下ろして波の音を楽しみました。羽後(はご)峠の入口から山道に戻ると、猪垣(ししがき)が出てきて、峠を下り、賀田まで続きました。 賀田という集落を紹介する案内板に、賀田は藩から漁業権を与えられていなかったため、生活困窮から脱するため、漁業権を認めるように迫ったところ、代わりに高級木炭の権利を与えられたのだとか。 海に面した賀田でさえ、漁業権が与えられていなかったことには驚かされました。 賀田駅を過ぎてしばらく進むと、曽根の集落に入りました。曽根は石の産地で、江戸城修復の際に石を献上したことがあったほどであったとか。猪垣や石畳も現地調達されていたと察しました。 更に行くと、熊野速玉大社の近くにある阿須賀飛鳥神社の系列である飛鳥神社がありました。杉や楠の巨木が林立し、神社の石垣は丸石を使用しており、とても独特な佇まいでした。 飛鳥神社から先に進むと、曽根次郎坂太郎坂の登山口に着きました。飛鳥時代から室町時代までこの坂の上にある甫母峠が志摩国と紀伊国の境だったらしく、志摩国側の坂を次郎(自領)坂、紀伊国側の坂を太郎(他領)坂と呼ぶようになったのだとか。 次郎坂は、あちこちに切石の痕跡があり、江戸時代を中心に大量の石が切り出されたと推察された。山道の勾配も急峻で、昨日の八鬼山に引けを取らない難関でした。 太郎坂は植生が変わり、石畳から木の根が露出していて、未明の雨で苔むした石畳にへばりついた木の根で滑りやすく、下り切るまで気を緩めることはできませんでした。 太郎坂が二木島に近づくと、またしても見事な猪垣が続きましたが、藩主である紀州徳川家から二木島の庄屋に猪垣の造営が下命され、1年で完成させたことを記念した猪垣記念碑がありました。 二木島の街に下る直前、トンネルから電車が飛び出してきました。鉄道が出るまで人の移動を担当した熊野古道が電車と並行する瞬間にはとても興趣を感じました。 二木島駅近くに鯨の供養碑がありました。熊野地方は捕鯨が盛んで、二木島には鯨方が置かれ、盛んに行われていたのだとか。 今日はもう少し先の新鹿まで歩くつもりでしたが、早朝から活動を始め、太郎坂でかなり神経をすり減らしたので、二木島駅で終了しました。 新宮まであと38キロになりました。甫母峠からは熊野市に入ったので、気持ち的にはかなり近づいてきたと実感しています。 新宮までどういう配分で歩くか、考えるのが楽しみですが、これで終わるのも寂しい気持ちがします。