月面を歩きます(笑)
裏砂漠展望台からの眺め
島の99%の人が見えてる町に住んでいるらしい
またまた展望地
新島、利島、式根島が見渡せる
表砂漠
欲を言えば澄みきった景色を見たかった😌
不動池を見下ろせる展望地から
水はなくても何となくハートに見える
黒島登山口-不動池-天上山 往復コースの写真
後ろには昨日着いた港が見えて気持ち良い登山です
あっという間に1合目

モデルコース

黒島登山口-不動池-天上山 往復コース

コース定数

標準タイム 03:35 で算出

ふつう

13

  • 03:35
  • 5.2 km
  • 528 m

コースマップ

タイム

03:35

距離

5.2km

のぼり

528m

くだり

529m

標高グラフ

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このコースで通過する山

「黒島登山口-不動池-天上山 往復コース」を通る活動日記

  • 13

    03:18

    6.0 km

    556 m

    【🌊海上の火山】神津島・天上山と表裏砂漠探訪

    天上山・神津島 (東京)

    2025.12.07(日) 日帰り

    東京都の離島、神津島の天上山と表砂漠・裏砂漠に行きました! 神津島は調布から飛行機で45分。または、竹芝からの大型船や下田からのジェット船もあります。欠航リスク高めですが、個人的には海を体感できるジェット船がおすすめ。 神津島の中心部である神津港(前浜港)から約30分が黒島登山口。もうひとつの白島登山口も同じくらい。神津島は多幸湾というもう一つの港があり、こちらは商店は少なめですが、多幸湾から登山道も通って神津港へ結ぶバスも出ています🚌 黒島登山口から海の見える登山道を上がり、少し歩くとまるで火星のような裏砂漠。異世界に降り立ったような気分。 裏砂漠展望地から三宅島・御蔵島を見て、新東京百景から式根島方面を見る。式根島はだいぶ近いです! そこから天上山の山頂へ!四方海の見える山頂でおもしろい!そこから表砂漠を経て、黒島登山口へ降りました。 東京都の離島ですが、海の青さも全然違う、素晴らしい島でした!今度は花の時期に来てみたいな〜🌼

  • 88

    04:19

    5.6 km

    528 m

    天上山etc/伊豆諸島 神津島紀行

    天上山・神津島 (東京)

    2025.11.20(木) 日帰り

    以前から訪れたいと思っていた神津島の天上山に行ってきました。 前泊地下田へ行く前に伊豆の大室山へ。リフトに乗って頂上に行ってお鉢巡り。伊豆諸島を遠望し、神社に参拝してお団子食べてまったり。 翌朝下田からカーフェリーに乗って神津島に渡り、そのまま天上山登山口へ。翌日の頂上は爆風が予測されたので、この日必須で。 スタート直後からは九十九折りで1合上がるごとに丁寧に標識が、気がつけば黒島10合目。ここで一息入れて、ここからお鉢の中を反時計回りで周回。お鉢の中は多くのピークとともに今回枯れてた池や"砂漠"など他にはない景色が広がってました。また海岸、岸壁、周辺の小島や他の伊豆諸島など、場所によってさまざまな眺望もあり、この山ならではのものを十分に堪能しました。 登山翌日強風で海がしけたため帰りのフェリーが欠航となり、1日停滞に。時間に余裕ができたのでゆっくり島内観光をして夜は星空鑑賞と充実した時間が過ごせました。 欠航の次の日波も穏やかで通常運航となり無事帰宅。航路が逆回りで往きの倍ほどの時間がかかりましたが、他の伊豆諸島も間近に見れて結果としては良かったかな?

  • 85

    04:22

    5.5 km

    532 m

    天上山

    天上山・神津島 (東京)

    2025.11.20(木) 日帰り

    下田からフェリーに揺られ2時間半長かったですわ(´∀`)  神津島の前浜港にそびえ立つは天上山⛰️ 今から行くから待っててねぇ\(^^)/ と一声。 登山口までは近いんだけど、上陸するのに手間がかかりスタートは12:30。コースタイムから考えて日没ギリです#(^^)# 明日は風が強くてやばそうなので滞在日を考えると今日しかない‼️頑張るぞ〜💪 とは言っても眺望重視の身としては絶景は見逃せない、スマホでバンバンと撮影タイムが長引く📸    案の定前に進まないですわ^ ^、  海を背にしながらを黒島登山道を登りきれば頂上あたりは白地の砂漠が広がり、不思議な景色に感動です♡    日本じゃないみたい╰(*´︶`*)╯♡ さらに360°パノラマの台地は展望地がいくつがあり、東側は伊豆諸島の島が望めます(^^)v    やっぱ島旅はいいねぇ〜(^o^)♪ そんなんで下山途中で日没🌅やばい❗️やばい❗️でも樹林帯じゃなかったんで良かったぁ。 おまけにキレイな夕日が見れたので💯🉐

  • 10

    04:35

    5.4 km

    526 m

    天上山・黒島

    天上山・神津島 (東京)

    2025.11.07(金) 日帰り

    調布飛行場から神津島に行ってきました😚なかなか登り応えがあり、様々な景色が楽しめました😙👍

  • 10

    03:25

    5.3 km

    514 m

    潮風に包まれて

    天上山・神津島 (東京)

    2025.06.29(日) 日帰り

    2025年6月29日 関東では梅雨明けが発表されないまま梅雨前線が消滅し、静かに夏が始まると共に、毎日のように最高気温が更新されている。そんな中僕は、都会の喧騒から離れ、海風が心地よい東京の離島にいた。 この離島の名は、「神津島」 伊豆諸島のほぼ中央に位置し、「神々が集う島」という神話がある自然豊かな美しい島だ。 燃えるような日差しと、どこまでもまとわりついてくる湿気に嫌気がさし、少し早めの夏休みを満喫しに、友人を誘って、離島に行くことにしたのである。 今朝は、海の匂いがそっと届く島の西海岸の宿「山下旅館別館」で目を覚ます。窓を開けると、潮風がひやりと頬を撫でる。まだ眠たげな体に、島の朝が静かに入り込んでくる。 朝7時。食卓には、小さな皿がいくつも並んでいた。焼き魚、漬物、味噌汁。どれも素朴だけど、ひとつひとつが体に染み込んでくるようで、箸を進めるたびに目が覚めていく。島の朝食は、一見控えめに見えるが不思議と腹が満たされていく。普段の朝では感じない、心と体の両方がほぐれていく感覚だ。 本日の予定は天上山登山。これから山へ向かう僕たちには、これがちょうどいい1日の始まりだった。 朝ごはんを終えて宿を出発し、「神津島オートサービス」というレンタルバイク・レンタサイクルのお店に向かった。島を動き回るための足が必要で、自転車を借りることにしたのである。店の前では、原付バイクを待つ人で列ができていたが、自転車を希望した僕たちはすぐに手続きが終わり、あっさりと鍵を受け取ることができた。 「バイクは誓約書とかあるし手続きが面倒なんだろうな。自転車にして正解かもしれない」そんなふうに思った。けれど、その考えはすぐに打ち砕かれることになる。 自転車を手に入れた僕たちは、この日の宿「吉栄丸」へ向かった。Googleマップで見ていたときは、年季の入った旅館風の建物の写真が掲載されていたが、実際に着いてみると、そこにあったのはごく普通の民家だった。 島では、旦那さんが漁に出て、奥さんが家を民宿として切り盛りする。そんな暮らしが自然に根づいているのだろう。吉栄丸もまた、その延長にある一軒の家で、玄関に立っただけでその雰囲気が伝わってきた。 「ごめんください!」 と、声をかけて玄関を開けると、女将さんらしきおばあさんが顔を出した。 「これから山に登るので、チェックインの時間はまだですが荷物だけ置かせてもらえませんか?」 とお願いすると、にこやかにうなずき、キンキンに冷えた麦茶まで用意してくれた。その一杯を口にした瞬間、島の人の優しさに包まれるような気がした。 「よし!」 登山に必要な荷物だけを持って、いざ洋上の天上山へ!と意気込んだ。けれど最初の一歩から、思いがけない壁にぶつかる。自転車を押しながらの急斜面だ。 島の家々は斜面にへばりつくように建っていて、海沿いを外れると道はすぐに坂になる。もちろん自分たちは登山をするのだから山に行くということはこの斜面を登っていかないといけない。余計な荷物は宿舎に置いて出てきたとはいえ、自転車を押しながら坂道を登るのは骨が折れる。「なんでみんな原付ばかり借りるんだろう」と不思議に思っていたけれど、答えは単純だった。この坂のせいだ。そりゃ高くても原付を選ぶわけだ。 登山口に着くまでが、すでにひとつの登山だった。足が生まれたての子鹿みたいに震えていたことだけは記録しておこう。しかも山を歩き始めてもいないのに、登山口に着くころにはすでに滝汗。せっかくの朝ごはんのエネルギーも、山道に入る前に使い切ってしまいそうだった。何度も心が折れかけたけれど、それでもなんとか耐えて登ってこれたのは「下りはきっと楽できる」と信じているからだ。歩いている最中ずっと、これから登る山のことよりも、帰りのことばかり考えていた。 歯を食いしばりながら坂道を歩くこと30分。ようやく黒島登山口に着いた。さすがに疲れ果てて、登山口の東屋でひと休みする。昨日も大変だったけれど、今日もなかなかハードな一日になりそうだ。そう思った矢先、隣に座っていた友人が言った。 「山に登ったら、赤崎遊歩道でシュノーケリングしよう!」 実は今日が神津島旅行2日目。昨日は体験ダイビングと称して、1時間ほど島で有名なダイビングスポットである赤崎遊歩道でダイビングをしていた。僕は今回が3回目のダイビングなのだが、友人は今回が初めて。 昨日やったダイビングが相当良かったらしく、「今日は少しの時間でもシュノーケリングを!」、というわけらしい。本日の天気は快晴で気温は25.6℃。昨日と同様に海に入れたら絶対に気持ちいいに決まっている。その気持ちは分かるし、僕も異論はない。それでも、よくこのタイミングでそんな元気なことを言えるなと感心する。ふと横を見ると、本人は平然としているつもりなのだろうが、その顔つきはかなり老け込んでいた。 季節は夏とはいえ、山に登ってそのあと海まで行けば、陽が落ちるのはあっという間だ。まだ疲れは残っていたけれど、東屋でほんの少し休んでから、僕たちは山道へと踏み出した。 天上山の登山道は、いきなり急登から始まる。島の山は標高こそ低いが、そのぶん斜面は容赦なく急で、一気に高度を上げていく。道は木道の階段で整備されているものの、脇の木々までは手が入っていない。枝をかき分けながら進むたび、腕や頬に軽くかする感覚が残る。 本来なら滝汗をかいて一歩一歩上がっていく道だが、ここまでの「自転車坂道ウォーミングアップ」のおかげか、足がものすごく軽い。先ほどの斜面に比べれば、この登りは楽に思えた。それでも友人はさらに軽快で、登山経験はほぼゼロなのに僕より先へ先へと進み、振り返って待っている。息を切らしながら登っているのは僕の方だ。どこからそんな体力が出てくるのかと思ったが、おそらくこの後に待っているシュノーケリングが頭から離れないのだろう。 本当はのんびり景色を楽しみながら歩くつもりだったのに、友人の足取りに急かされるようにして登り続け、あっという間に大展望の「オロシャの石塁」に着いた。 ここは急登の終点で、神津港や島の集落を一望できる絶景スポットだ。普段であればテンションが上がって写真を何枚も撮るところだが、そんな体力もなく、ただザックを下ろして景色を眺める。いつもはろくに足を休めることなく忙しなく動いているので、たまには景色をゆっくり見ながら休憩するのも悪くない。 本土の山では、下に広がるのはたいてい街の景色だ。けれどここは離島。見渡すかぎりの海が広がっている。この眺めは、島に来た人にしか味わえない。そう思うと胸が熱くなった。 時刻は10時。「ブー」という汽笛音が山まで届く。東京から昨日僕たちを運んでくれた「さるびあ丸」が再び神津港に到着する時間だ。ほんの24時間前に自分たちもあの船でここに着いたのに、不思議と3日ぶりくらいに見た気がする。 このところの国内旅行は、どこか「一度経験したことの繰り返し」のようで退屈に感じていた。けれど今回の神津島は違う。見るものすべてが新鮮で、昨日は命がけともいえるダイビングも体験した。(実はダイビング中に、サーキュレータからしっかり酸素を吸えず酸欠で死にかけていた。)夕方に立ち寄った小さな個人商店で冷蔵庫に陳列されていた賞味期限2ヶ月切れの「ほろよい」を100円で購入したのも旅の思い出として心に残る。 そんなことを思いながら時間は過ぎて、さすがにそろそろ山頂へ行こうと、重い腰を上げて歩き出した。 っと、ここから山頂に行こうと思ったのだが、その前に頂上稜線を一周してから行こうとなって、山頂方面ではなくその反対の裏砂漠方面へ進んでいく。 ただ裏砂漠までの道のりも困難を極める。先ほどの登山道のような急傾斜ではないが、道が整備されていないせいで、登山道には蜘蛛の巣があったり、頭上も背の低い木で囲まれた道を進んで行く。まるでリアルとなりのトトロのような道だ。 僕が思い描いていたのは、アルプスの稜線のような森林限界を超えた眺めの良い道で、海を眺めながらのゆったりとした稜線歩き。そう思っていたが実際はそんなことはなく、景色がほとんど見えない道を歩いていく。それでも10分ほど歩くと、突然木々が途切れ、目の前が一気に開ける。そこには、草木のない山頂に現れた砂浜のような不思議な光景が広がっていた。 「おぉ。ここが裏砂漠か。」 いままで歩いてきた道とはまるで違う。足元を覆うのは、浜辺のようにきめ細かい砂。踏み出すたびにポコポコと音がして、山の上にいるのに海辺を歩いているような、そんな不思議な感覚になる。山とはいえ、海風によって砂の粒が細かくなるのだろうか。なんにせよこんな光景に出会うのは初めてで、とても刺激的だった。 そこから歩みを進めると、島の反対側に出た。看板には「新東京百景」の文字。おお、ここがそうか。目の前には、式根島、新島、利島がきれいに並んで見えていた。これまでにも海と島の景色はたくさん目にしてきたので、ここだけ特別に心を揺さぶられることはなかった。それでも、ビルが立ち並び空気が重たい東京の街と比べれば、どこまでも広がるこの海の方が、ずっと好きだと思った。 新東京百景で写真を撮っていると、後ろからトレラン姿をした男性が歩いてきて、「今日は天気良くて良いですよねぇ」と話しかけてきた。話を聞くと、彼は一週間かけて東京の離島を巡っている途中で、ここまでに大島や式根島などを回ってきたのだという。 僕たちは神津島しか知らなかったが、「式根島には温泉がたくさんあるよ」など、他の島の魅力をいくつも教えてくれた。「あぁ、47都道府県のほとんどを旅してきたはずなのに、日本にはまだまだ知らない景色が残っているんだな」と思い知らされる。 最後に「天上山の山頂も綺麗なので楽しんでください」と、挨拶を交わし、僕たちは山頂へと向かった。 歩くこと数分。新東京百景からはすぐに神津島最高峰・天上山の山頂にたどり着く。歩行距離は短いのに、ここまでの道のりが思った以上にハードだったせいか、標高571メートルとは思えないほどの疲労感と達成感があった。天上山の山頂には「天上山々頂」と刻まれた木柱が立ち、その上には金属の龍が島を見守る守り神のように鎮座していた。 山頂からは、島の西側に広がる前浜海岸がよく見えた。心地よい潮風に吹かれながら景色を眺めていると、今日歩いてきた登山道が目に入る。目でなぞるように追っていくと、自転車を置いた東屋や、生まれたての子鹿みたいに足を震わせながら登った坂道も見えた。ここまで来てしまえば、あの時の辛さも一瞬の出来事のようだ。朝一から無駄に歯を食いしばって滝汗を流しながら自転車を押したことも、懐かしい思い出に変わっていく。歩いている時間は辛く長い道のりで、全く前に進んでいない感覚すらあったが、そんな経験があるからこそ、見える景色は美しく、自分の中で特別なものになっていく。 これからの人生、その一瞬だけを切り取ってしまうと、辛いこともたくさんあると思う。でも後から振り返った時に、あの時の経験があったから。と思える日は必ずくる。だから頑張ろう。と普段生活では考えもしないのに、どこまでも続く水平線を眺めているうちに、なんだか暑苦しい感情になってしまった。 そんな暑苦しい感情も、離島の海風にあっという間に冷まされていった。そろそろ下山の時間だ。天上山には黒島と白島、ふたつの登山口があり、通常は山頂をぐるりと回って別の登山口から降りることも多いらしい。けれど僕たちは黒島登山口に自転車を置いてきてしまっている。仕方なく登ってきた道を引き返し、行きに払い落としたはずの蜘蛛の巣を、もう一度払いながら下山するのであった。 ———————————— 【番外編】 【山から海へ。体力の限界とシュノーケル編】 黒島登山口に戻った僕は、もう足が棒のようになっていた。暑さで上がった体温を少しでも冷ますように、東屋の日陰へ滑り込み、ハシビロコウのようにじっと動かずベンチに横たわる。 その隣で、友人はソワソワと荷物をいじっていた。絶対に疲れているはずなのに動き続けられるのは、このあと待っているシュノーケリングが理由だろう。そう思っていたら、ふと視界に入った彼のザックが妙にベタついている。 近寄ると、そこにはチョコレートがべったり。下山中からなんか甘い匂いがしているなとは思っていたが、昨日個人商店で買ったチョコレートが夏の暑さに溶けてしまったせいだったらしい。 しかも、それがよりによって今回の旅のために購入した新品の「Gregory」のザックだ。これから数々の旅を共にするであろうザックのデビュー戦が、チョコまみれは流石に縁起が悪い。まさかのチョコまみれ。それに焦って疲れている体に鞭を打ってザックの手入れをしていたのだ。 一回宿に戻ってゆっくり手洗いすればいいのに。そう思ったが、この後に控えているのは、彼が最も楽しみにしていたシュノーケリングだ。 どうやら、軽く手入れはしたので、この後すぐに荷物を宿に置いてシュノーケリングスポットに行くのだという。もう少し休憩したい僕と、すぐにでも出発したい友人の間には、何も言葉を発しないが、それぞれの気持ちを察し、「すぐに行くのか?」。「もう少し休憩するのか?」目には見えない攻防戦をしていた。 時刻は13時40分。ここから海岸まで下り、ダイビングショップでシュノーケリングセットを借り、さらに赤崎遊歩道へ向かう。戻りの時間を含めれば、潜っていられるのはせいぜい1時間ほどしかない。シュノーケリングセットの返却期限が17時ということを考えると、のんびりしている余裕はなかった。 重い腰を上げ、自転車のサドルにまたがる。下り道は、登りとは正反対で一切ペダルを漕ぐ必要がない。ただブレーキに指をかけているだけでは、みるみるうちにスピードが上がっていく。楽なはずなのに、効きの悪いブレーキに頼るしかない状況は、逆に心臓に悪い。調子に乗ってスピードを出せば、あっという間に民家の塀に突っ込むだろう。島の坂道に試されているような感覚だった。 それでも、登りであれだけ苦しめられた道を、一瞬で駆け下りていくこの爽快感。振り返れば、ほんの数時間前に「もう歩けない」と思った道なのに、いまは風に背中を押されるように、あっという間に海岸へと連れて行かれる。 友人は僕の前を軽快に走り抜け、先にダイビングショップ(Tears Blue)へ到着。そのままシュノーケリングセットを手配してくれていた。店に入ると、昨日と同じく陽気な空気が漂っている。昨日、体験ダイビングを担当してくれたインストラクターの白石国雄さんは、今日は別の講習で赤崎遊歩道に出ているらしい。 無事にシュノーケリングセットを借り終え、快晴の空と目の前に広がる青い海に背中を押されるように、再び自転車のペダルを踏み出す。「ここから先はもう平らな道だろう」そんな淡い期待を胸に。 けれど、その思いはあっけなく裏切られる。 赤崎遊歩道への道は、「Tears blue」を出て山下旅館別館方面へと続いている。最初の関門は、その旅館の直前に現れた。見た目にはそこまで急な傾斜ではない。けれど、自転車にまたがっている身からすれば十分にきつい角度だ。 僕は作戦を立てる。坂の直前でギアを上げ、できるだけスピードに乗ったまま突入する。勢いに任せて一気に駆け上がれば、押して歩く必要もないはずだ。小学生でも思いつきそうな単純なアイデア。だけど、いまの僕にはそれが立派な戦略に思えた。 ペダルを踏み込むたびに息が荒くなり、太ももが悲鳴を上げる。それでも作戦は功を奏し、なんとか坂を登り切る。ほんの数十秒のことなのに、登りきったときには妙な達成感があった。 けれど、その余韻に浸る間もなく気づく。これはまだ、最初の坂にすぎない。 その先はしばらく平らな道が続き、ようやく呼吸を整えられると思った。けれど油断は長くは続かない。やすらぎの里付近の上り坂や、交差点に差しかかる手前など、思いがけない場所で何度も小さな関門が現れるのだ。 「昨日、車で通ったときにはこんな坂あったっけ!?」 思わず声が出る。けれど、もうここまで来てしまった以上、引き返すわけにはいかない。再び歯を食いしばり、重たいペダルを踏み込むしかなかった。 冷静に考えれば、昨日のダイビングで十分海は楽しんだはずだし、ここまでしてシュノーケリングをする必要なんてなかったのかもしれない。それでも、目の前に広がる神津島の海の青さと、太陽の光にきらめく水面が、僕らを強引に赤崎遊歩道へと駆り立てていた。 神津島、恐るべし。 結局のところ、またしても足は生まれたての子鹿のように震えながら、ようやく赤崎遊歩道にたどり着いた。先を走っていた友人は、すでに到着して、3分ほど待っていたらしい。息を整えながら僕を迎えるその姿に、なぜか余裕すら感じる。 考えてみれば、彼は中学時代は卓球部、高校では天文学部。対して僕は中高とバリバリの体育会系のサッカー部に所属していた。かつては確実に僕の方が体力があったはずだ。それなのに、いまこうして置いていかれているのは、間違いなく普段の不摂生のせいだろう。 学生の頃に貯めた体力の貯金は、とうに使い果たしてしまったらしい。「これを機に運動を再開しなければ。。。」そんなことを思いながら、海風に吹かれて大きく息を吐いた。 離島に来たのだから本当はゆっくりしたい。けれど僕たちの行動はいつもセカセカしていてなんだか忙しない。「時間がもったいないから」と言わんばかりに、さっそく借りたシュノーケリングセットを取り出し、水中マスクとフィンを装着した。 その時、友人の大きな声が響く。「えっ!?これ…」 振り返ると、彼の手には左右でサイズの違うフィン。片方は妙に大きく、もう片方は明らかに小さい。さっき陽気に雑談してくれていた Tears blue の店員さん、ちゃんと足のサイズは伝えたはずなのに、まさかフィンのサイズ違いを入れるなんて。。。 「まぁ、泳げればなんでもいいか」 細いことは気にしない性格の友人は左右バラバラのフィンのことなど気にせず、そのまま海へと飛び込む。 水に入った瞬間、全身を包むのはひんやりとした心地よさだった。シュノーケリングはダイビングと違って、常に海面に顔を出すことができる。息苦しくなれば、すぐに空を仰いで空気を吸える。たったそれだけのことが、思っていた以上に安心感を与えてくれた。 実は昨日の体験ダイビングでは、サーキュレーターから酸素を吸うことに必死で、景色を楽しむ余裕なんてほとんどなかった。けれど今日は違う。呼吸の不安から解放されて、初めて「自由に泳ぐ」という感覚を味わえている。視界いっぱいに広がる青と光の揺らめきに、ただ身を任せるだけで楽しい。 潜ってまず驚いたのは、思っていた以上に魚の数が多いことだった。場所によって、のびのびと自由に泳ぎ回る群れもいれば、岩陰に身を寄せて仲間同士で戯れている魚たちもいる。まるで小さな街をのぞき見しているようで、ただ眺めているだけで楽しい。 昨日のダイビングでは呼吸に必死で景色を味わう余裕がなかった。けれど今日は違う。安心して潜れるからこそ、目の前に広がる世界を受け止めることができる。「海って、こんなに賑やかなのか」素直にそう思った。 みなさんご存じのとおり、地球の70%は海に覆われている。けれど僕が見ているのは、その中のほんの米粒にも満たない範囲にすぎない。それなのに、これだけの命が泳いでいる。そう考えると、やっぱり海は底知れない。 水族館の大水槽でも多くの魚を見てきたが、ここに広がっているのはその何倍もの迫力だった。人工のガラス越しではなく、太陽の光が差し込む本物の海の中。揺らめく光とともに泳ぐ魚たちの姿は、まるでスクリーンのない映画を見ているようだった。 「郷に入っては郷に従え」という言葉があるけれど、魚を見るならやっぱり水族館よりも、こうして海に潜った方が何倍も美しい。しかも、太陽の光が差し込んで揺らめく水中を眺められるなんて、なんて幸運なんだろう。そう思った矢先だった。 「ぴきん!」右足に一線の痛みが走る。足を攣ってしまったのだ。 あまりにも目の前の景色に夢中になりすぎて、体力の限界に気づけなかった。足場は遥か10メートル下、逃げ場のない水の底。まるで天国から地獄へ、ジェットコースターで一気に落ちていくような感覚だった。 思わず息を吐き出してしまったが、そこで一瞬冷静になれたのは幸運だった。必死に水中でストレッチをし、足の筋肉を戻すことに集中する。体育会系で鍛えた体がここで役に立った。わずか数秒のことだったはずなのに、体感は30秒にも1分にも思えた。ようやく水面に顔を出したとき、肺に流れ込んできた空気のありがたさを全身で味わった。 自然は美しく、そして時に恐ろしい。「次に来るときは、もっと万全の体調で潜ろう」そう、心に強く誓った。 一旦陸に上がると、時計はすでに16時前。返却時間のことを考えればそろそろ戻らなければならない。それでも、この場所でまだやり残していることがひとつあった。 「飛び込み」だ。 赤崎遊歩道といえば、海に張り出した飛び込み台が名物。昨日は酸欠でふらふらになりながらも「せっかく来たのだから」と飛び込んだ。けれど友人の林は尻込みしてしまい、結局飛び込まずじまい。だから今日はリベンジ。「今日こそ!」という強い思いで飛び込み台へ向かった。 遊歩道にはすでに小学生から大人まで、次々と海へ飛び込む姿があった。見ているだけなら簡単に真似できそうに思える。だが、いざ自分が台の上に立つと、足がすくむ。想像していたよりもはるかに高い。潮の満ち引きで水面までの距離は変わるらしく、この時間帯は干潮。昨日よりもさらに高度感があった。 友人も台に上がったものの、やはり怖いのか、僕を前に立たせて先を譲ろうとする。なんや、毒味でもさせて、安全なことを確認してから自分も飛び込むのか。と性格の悪さを垣間見たが(実態はただ単純に怖かったんだと思う)、しょうがない。 ここは自分が先陣を切るか。歯を食いしばり、勇気を振り絞って、三つある飛び込み台のうち一番低い台から勢いよく飛び降りた。 飛び込んだ瞬間、ふわっと体が浮く感覚。あの一瞬の宙ぶらりんは、何度経験しても慣れない。けれど、水面に叩きつけられる直前のハラハラ感は、どうしてもクセになる。最初は怖いのに、一度味わってしまうと、もう一度飛び込みたくなる。 僕の後に続いた友人も、ついに意を決して台から飛んだ。……のだが、その姿はなかなか衝撃的だった。体を猫のように小さく丸め、鼻をしっかりつまんで飛び降りる。全身で「怖いです!」と叫んでいるようで、正直ちょっとダサい。(笑) とはいえ「経験する」というのは不思議なものだ。さっきまであれほどビビっていた友人が、海から上がるや否やGoProを取り出し、「せっかくだし、動画も撮ろう」と言い出したのだ。「え、また飛ぶの!?」あんなに腰が引けていたのに、カメラを向けられた途端に勇気が湧いてしまうあたり、やっぱり友人は少しネジが外れている。 「せっかくだから撮ってよ」 そう言って、僕は飛び込み台に向かった。海面から友人にカメラを向けてもらい、勢いよく飛び込む。ちゃっかり自分のジャンプを記録してもらったあと、今度は役割交代。陸に上がり、友人からカメラを受け取り、今度は僕が下から撮影する番だ。 海に潜ってカメラを構えたものの、なかなか飛び込んでこない。友人は台の上で固まったまま。僕の足は海面にとどまるため必死に動き続けているのに、彼は安全圏から逡巡を繰り返す。「早く飛び込めよ!」心の中で叫ぶと同時に、てとカメラだけを水面に残して、僕の顔は海中に沈み、ギリギリのタイミングで友人が飛び込み、その決定的瞬間だけはしっかり収めることができた。 思えばこの旅、何度「死ぬかも」と冷や汗をかいたかわからない。登山、シュノーケリング、飛び込み。すべて安全第一とは言いがたいけれど、少しリスクを取ったからこそ思い出に刻まれる瞬間があるのかもしれない。もちろん、狙ってそうしているわけではない。むしろ天然で同じような失敗を繰り返しているだけだ。それでも、僕ららしい旅の形は、きっとそういうところにあるのだろう。 気づけば、時計の針は16時15分を指していた。これ以上のんびりしていたら、シュノーケリングセットの返却に間に合わない。慌ただしくペダルに足を乗せる。 本来なら、旅の自転車はのんびり風を感じながら漕ぐものだ。けれど今は違う。目の前にあるのは「返却時間」という無慈悲な制限。遊びすぎたツケを払うように、僕は歯を食いしばりながら必死にペダルを回した。 来るときは40分かかった道のり。しかもそのときよりも足の体力は確実に削れている。あぁ、これはもう負け試合かもな。そう思った。 とりあえず僕は、シュノーケリングセットを友人に持たせて、あまり目立たないように彼の後ろをゆっくりついていくことにした。返却が目的なのだから、道具さえ無事に戻ればいい。自分が遅れようが関係ない。そんな胸の悪い言い訳をしながらペダルを回していた。 それほどまでに体力は削られていたのだ。 一方の友人はといえば、まるで別世界の人間のように300メートルも先を颯爽と走っていく。どこからそんな体力が湧いてくるのか、タイヤの下がエスカレータになっているのか。本当に不思議で仕方ない。 しかも容赦なく現れるアップダウン。来るときに経験したはずの坂道が、帰り道では倍の傾斜に見えてしまう。僕はとうとう漕ぐのを諦め、自転車を押しながらのろのろ登った。けれど前方の友人は、当たり前のようにサドルに腰を下ろしたまま坂を駆け上がっていく。 もう一度言う。彼は文化部上がりで、僕は体育会の運動部上がりだ。この現実はどう考えても納得がいかない。 それでも、自転車の影を必死に追いかけながら、なんとか返却の時間に間に合わせようと足を動かし続けた。 結局、時間ギリギリの17時前に「Tears blue」に到着し、なんとかシュノーケリングセットを返却することができた。 「ふぅ」とひと息つく間もなく、次の壁が立ちはだかる。今度は自転車そのものを返さなければならないのだ。しかも、レンタルショップまでの道には、島で一番といっていいほどの急坂が待ち構えている。神津島を訪れたことがある人なら、この坂の恐ろしさを知っているだろう。 結局、今日5度目の歯を食いしばりながら、自転車を押し上げることになった。もう足は棒どころか、鉛のように重くなっていたが、どうにか返却期限の18時前に間に合わせることができた。 すべてを返し終えたとき、ようやく肩の荷が下りた気がした。僕たちは、ボロボロの足をひきずりながら、本日の宿「吉栄丸」へと帰っていったのだった。 ———————————— 【フィナーレの星空鑑賞編】 宿舎に戻った僕たちは、エアコンの効いた涼しい部屋で、ただただ畳に転がっていた。朝はまだチェックインできなかった部屋。夕方になって鍵を受け取り、ようやく腰を落ち着けると、全身が重力に負けてそのまま沈み込む。お風呂に入る気力すらなく、ただ天井を眺めていると、隣では友人がすでに寝息を立てていた。 18時を過ぎるころ、夕飯の支度が整う。食堂に並んだ今夜の夕飯は、昨日と同じく金目鯛の煮付け、刺身、そしてサワラの味噌汁。小鉢も添えられ、テーブルの上は鮮やかに彩られていた。一見すると昨日と変わらない献立なのに、不思議と箸は止まらない。塩気のある味噌汁が、疲れ切った体に沁みわたり、ひと口ごとにエネルギーが戻ってくる気がした。ご飯は大きなジャーにたっぷりと用意されていて、島の人たちの気風の良さを感じさせる。僕たちも夢中で平らげた。 お腹が満たされ、ようやく布団に沈んで眠る——そんな展開になるのが普通だろう。けれどこの日、僕たちの一日はまだ終わらない。布団に倒れ込む前に、どうしてもやっておきたいことがあったのだ。 「星空である」 神津島は星空保護区に認定されている島だ。本土では山奥に行かないと肉眼で見ることができない天の川も、ここでは民家のベランダから見えてしまう。そんな特別な場所だ。 そして今夜は快晴。雲ひとつない空が広がっていた。実のところ、今回の旅の目的のひとつに「星空撮影」がある。まだ星空鑑賞スポットでじっくり見ていなかった僕は、「行くしかない」と決意した。 だがしかし隣を見れば、友人は布団の中で気持ちよさそうに眠っていた。けれど容赦なく肩を揺すり、カメラと三脚を担がせる。普通なら怒られてもおかしくないが、友人は眠そうに目をこすりながらも準備を始めた。 思えば、山に登り、海に潜り、そして最後に星空。神津島の全てのアクティビティを一日に丸ごと詰め込んだ旅をするのは、僕たちくらいだろう。その時はただ必死で動いていたけれど、振り返ってみれば、この無茶な詰め込みこそが「心地よい疲労感」として残っている。 今回僕らが向かったのは「よたね広場」。ネットで調べると、街中から最も近い星空スポットで、星空ツアーでもよく使われる場所らしい。宿の吉栄丸からは歩いてわずか10分だ。 夏の夜を歩く10分は、昼間の感覚よりもずっと短い。涼しい夜風に吹かれながら話しているうちに、あっという間に広場へ着いてしまった。 到着した広場には、すでにたくさんの人が集まっていた。観光客らしき人々が芝生に腰を下ろし、思い思いに空を見上げている。笑い声がこぼれ、静かな夜の空気に混ざって広がっていく。 僕らの目的は、ただ眺めるだけではない。カメラと三脚を取り出し、タイムラプス撮影の準備を始める。設定を終えてシャッターを切れば、あとはカメラに任せていい。ようやく腰を下ろし、空を仰いだ。 見上げた空には、数え切れないほどの星々が瞬いていた。普段の暮らしでは気づくことすらない星座が、ここでは輪郭をもって浮かび上がってくる。「あれは夏の大三角形だよね!?」「じゃあ、あっちは……?」 普段なら話題にもしない星座の話が、自然と口をついて出る。調べてみると、それぞれの星には物語があり、名前がある。その多くはギリシャ神話から受け継がれてきたものだった。夜空のひとつひとつの光に、遠い昔の人々の想像力と祈りが重なっていることを知ると、不思議と胸が熱くなった。 気づけば時間はあっという間に過ぎていた。時計を見ると、もう23時を回っている。ただ広場に座っていただけなのに、不思議と疲れは感じなかった。むしろ、目の前に広がる星空に癒やされて、体の奥から少しずつ力が戻っていくような気がした。 山で流した汗も、海で震えた足も、今はもう遠い記憶のようだ。ただ静かに夜風に吹かれ、瞬く星々を見上げていると、今日一日の出来事がすべてこの夜空に溶けていくように思えた。 「星には、不思議な力がある。」 朝から夜まで、休むことなく走り続けた一日。登山も、海も、そして最後の星空も。すべてを詰め込んだ無茶なスケジュールだったのに、それでも今は心地よい満足感だけが残っていた。 「こんな日を、人生の中であと何回過ごせるだろう」そんなことを思いながら、僕たちは広場を後にした。 --------------------- 【最後に】 今回の日記はすごく長くなってしましました。 もし、最後まで読んでいただいた人がいたのであれば、ありがとうございます。 10枚だけ写真が載せられるみたいなので、ダイジェストとして、ごく一部ですが、写真と共に3日間の神津島旅の思い出を振り返っていこうとおもいます。

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    04:48

    4.8 km

    492 m

    天上山・黒島

    天上山・神津島 (東京)

    2025.05.09(金) 日帰り

    神津島の天上山へ、22時竹芝発~神津島行き 神津港10時着 天上山黒島登山口から 10合目までは急登が続き 登り切れば大きな上り下りはなく楽しい登山コースです 花と海の眺めも良し、裏砂漠も良し 低山でも島の山はアルプスのような雰囲気