霾風(ばいふう)に 煙りし富士を 見霽(みはる)かす
愛鷹山・大岳・黒岳
(静岡)
2025年03月25日(火)
日帰り
―本日のお山―
【お初のお山】
愛鷹山、袴腰岳
【もう一度登ろう計画第31段】
位牌岳
―駐車場―
愛鷹山水神社駐車場
24時間開放
10~11台 無料(路肩スペースに駐車)
トイレ なし ※水神社境内にあり(水洗・洋式)使用するにあたっての注意点あり張り紙されています
―登山口―
駐車場脇のゲート
AM1:25出発
AM5:05到着
彼は誰時の駐車場には一台の車もなくひっそりとしていた。空には月がまだ輝いている。
準備をしたら先ずは参拝だ。参道は駐車場の脇から延びている。
寺標は明け暗れのなかはっきりと境界線を引いている。
寺標とはお寺の前にある名前が彫られた柱の事だ。
蛇足だが神社の場合、社標または神社名石碑と言うらしい。
また標柱(シメバシラ)という柱が立っている所もある。これは宣揚文(センヨウブン)と言われる祈願、凱旋記念、改装記念や個人的記念など願望の文字が彫られた柱だ。
水神社・・・神社と思いがちだが違う。参拝して初めて知った。ここはお寺だった。
正式名称は「日蓮宗愛鷹教会」といい、お釈迦様、日蓮聖人、法華経の守護神である「水神明王」「八大龍王」を勧請している。
開創は明治36年。この地に本堂伽藍を建立。開山は壽善院日龍上人。桃沢川源流の湧水地に建ち自然の龍のあるお寺として多くの人たちに愛されている。と、寺院案内に書かれていた。
参拝を終えて駐車場に戻りゲートの脇から林道を上って行く。
最初はアスファルトの舗装された道だ。それ程傾斜もなく軽快に進んで行った。
つるべ落としの滝への取付きを通過。つるべ落としの滝は下山時のお楽しみだ。
アスファルトの道からザレた林道に入る。ゲートがあるが開かれているので、閉じてはいないのだろう。
一服峠への取付きまで来た。そこには梯子が掛けれれている。非常に上りたいが、本日は先ず愛鷹山を登る計画なので先に進む。
そして、愛鷹山登山口に到着。
林道をそのまま進むルートもある事を教えてくれる張り紙もあったが、コースタイムの短いルートを選択し右に折れる。
このルート、始まりから急登が待ち構えていた。見るからに急勾配だ。実際に歩いてみると然程でもないのだが、如何せん路面がよろしくない。
雨上がりの所為なのか雪解けの所為なのか、とにかく泥化して滑り易いって言うレベルではない場所ばかりなのだ。だが、この時点では知る由もなかった。
森林帯の中の登山道は土だけでなく木の根っこも滑るし、岩が沢の流れのように一筋の道を形成し渡らなくてはならない場所が幾度となく出現した。
楽しいと言えば楽しい。それに所々に道標が設置されていたり、ピンテやロープが進むべき道を指し示してくれているので、心に余裕が持てた。
とは言え、滑り易い路面は本当にどうにかして欲しいと愚痴を零したくなる。
掘られた部分はどう見ても全体的に滑るのが分かるので出来るだけ通らないように拾い歩きをしながら、手を差し伸べてくれているかのような木の枝や笹などのお力を借りて上っていった。
そんな中、三頭の鹿と出会った。
つい挨拶をしてしまう。
鹿たちは勿論逃げる。
「ごめんね、通らせてもらうよ。本当にごめんね」
言葉など通じる訳もないのに声に出して言ってしまう。
そして三頭の内一頭だけがこちらを立ち止まって凝視してきた。
母親なのだろう。子供たちを守る為に動向を伺っているのだと思う。
本当に母という生き物は最強だと思うのだった。そう、自分の母も本当に強くて慈愛に満ちた人だったっけ。
「何があっても守ってやるから」って、言ってくれた事を思い出した。
その母も既に鬼籍に入ってはや何年が過ぎただろうか。
登山をしていると母が守ってくれていると強く感じる時が多々ある。
この日も何度となく転びそうになったが転ばずに済んでいた。石の上を歩いていてバランスを崩しかけた時も足首が少しクリッっとなっただけで無事だった。もし、コケていたら捻挫だけで済んだかどうだか・・・
いかんいかん、話がそれてしまった。
鹿家族と出会ったのが愛鷹山の肩部。
そこからが本当に苦行のようだった。
どこまで行っても滑る坂!
一か所、富士山がその姿を現してくれて元気をくれたお陰で登り切る事が出来たが、疲労困憊一歩手前。
山頂からの景色もイマイチだった。黄砂の所為で全てが霞んでいたのだ。
愛鷹山を後にして登ってきた滑る坂を下るのだが、思った以上に難なく下れたのにはびっくりした。きっと、コースタイムの倍近くはかかるのではないかと踏んでいたのだが、あっという間に肩まで戻ってこられたのだ。これには我ながら驚くのであった。
だが、次に目指す袴腰岳も急勾配を登っていかなくてはならなかった。
それでも滑り易さからしたら比べ物にならない程楽であった。
どんどん登山道を進めた。が、馬場平を気付かずに通過してしまっていたのだ。
痛恨のミス!!でも、戻る気にはなれずそのまま先を急ぐ。
出来たら前岳まで行けたらと考えていたからだ。コースタイムでは位牌岳と前岳の往復タイムは95分。行って行けない時間ではない。
急ぎ歩きをするも、どうにも足が重く感じ始めた。滑る登山道が思った以上に体力を消耗させていたのだろう。
袴腰岳山頂に到着。
少し小高くなっているところがあったので上がってみるも得るものはなかった。残念・・・
景色も枝に遮られているのでよろしくないので長居は無用。
位牌岳へと向かう。
一服峠を経てアップダウンの道を進み、以前位牌岳に登頂した時の長泉森林公園からのルートとの分岐点を通過。
その先に長泉町の最高標高地点を示す石柱と御料局境界点の石柱があった。
御料局とは何ぞやー
「御料局」とは、明治18年(1885年)に宮内省に設置された皇室の料地を管理する部署。皇室財産を確保・維持・発展させることを目的としていた。
明治41年(1908年)に「帝室林野管理局」に改称、大正13年(1924年)に「帝室林野局」に改称。昭和22年(1947年)廃止。
御料局三角点なるものもあり。
御料局三角点は管轄林の管理の為定期的に森林の面積を測る測量をしており、その為の基準点として設置された三角点。
つまり、御料局境界点があるという事は皇室の森林との境だって事!
どこからが皇室の森林なのか分からないけど、もしかして、足を踏み入れていたりして・・・
分岐から山頂に近付くにつれて雪が残っている量が増えてきた。
そして、二度目の位牌岳登頂。
ここからの富士山は枝に隠されて残念な感じ。
では前岳へ・・・
行くのを止めた。
山頂から下るその道には雪がどっさり!
チェンスパは持っているが、どうにも気が進まない。
こういう時は強行突破はしない主義。それをする時は感覚的に分かるようになってきていたし、勇気と無謀の違いもそこそこ判ってきたこの頃だ。
体力的にも疲れを感じ始めているので今日は諦めて下山を開始する。
下山は最初からの計画通りにつるべ落としの滝ルートで。
このルートは以前の下山ルートと同じだったので、どこか安心していた。
でも、実際に下りていくと、「あれ~?こんな道だったけ?」と何度呟いたことか。
忘れているし、時間が経っていれば生きている山の中は変わっていくものである。
初めて歩く感覚で踏跡とピンテやオレンジテープ(勝手にオジテと命名)を頼りに進む。
何時間も彷徨っている感覚になる。
また、歩き易い場所を選んで行くから正規ルートからしばしば少し離れてしまったりした。
森林帯でありながらゴーロが点在する独特な登山道は面白いが疲れもした。
つるべ落としの滝。
前に来た時は滝までの道が通行止めであった事と木々の葉が茂っていて先に進めなかったので諦めていたが、本日は足元注意ではあるが滝の間近まで行く事が出来た。
けれど、水は一滴も流れていなかった。なんてことだ~
近くには解説板があり、それには美しい滝の写真があった。これを見て諦めるしかない。
滝の解説を読むと、滝の水が真っ直ぐに落ちる様子と井戸につるべがストンと落ちる様子が似ているからこの名が付いたそう。
また、この滝は愛鷹山火山が約10万年前まで噴火を繰り返していて沢山の溶岩流などを噴出しており、溶岩流の端に崖が出来てそこに滝がかかったとのこと。そして、滝の裏に見える板を積み重ねた様な「板状節理」は溶岩が冷え固まる時に出来た物で、板状節理は滝が溶岩の端にかかることを示す証だそう。
で、板状節理の発生原因はマグマが地表近くまで上昇し冷えて固まる際に、強い圧力がかかり、緻密な組成の硬い岩の層になったもので、流れようとする溶岩と地面との摩擦で生じる歪みによって割れ目が出来るのだが、溶岩の流れの方向に働く力によって面がすべるように作用する為に平行に割れ目が生じる。そう。
板状節理に見られるように、溶岩には沢山の亀裂や割れ目が出来る事が多く、水が浸み込み易くなる。この滝が雨の後にしか見る事の出来ない「幻の滝」なのはその為。と、書かれていた。
あれれ・・・昨日、雨降っていなかったけ?
雨の量によっては滝が出現しないんだぁ。
滝をあとにして駐車場へ。
取付きまでは森林の中の道で殆どが木段だ。
ピョンピョンと軽快に下りたいところだが、いつもの如く膝様のご機嫌を伺いながらなので、勢いよくは下れないが、気付くと林道に出て、その後は林道を下る。
林道では隣を流れる沢に板状節理を発見し自然の芸術を堪能した。
けど、板状節理を見ているとむず痒くなってくるのは集合体恐怖症ににたものなのだろうか?
いよいよ本日の山行は終わりを迎えた。
我が愛車がそこに待っていてくれている。
出発時にはなかったが他二台の車もオーナーを待っていた。
ほんと、今日はおつかれ山