モデルコース
釜ヶ谷山 往復コース
- 03:16
- 4.7km
- 592m

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コースマップ
活動概要
- タイム
- 03:16
- 距離
- 4.7km
- のぼり
- 592m
- くだり
- 592m
標高グラフ
チャート
チェックポイント
このコースで通過する山
「釜ヶ谷山 往復コース」を通る活動日記
すべて見る- もらった絵文字33写真20枚03:114.9 km595 m
釜ヶ谷山-2026-8-9-
釜ヶ谷山(岐阜)2026.08.09 (日)日帰り介護の合間にちょこっとトレーニングしようと思い、伊自良湖へ。 前夜の雨でヒルの活動が活発になっているだろうとは思ったが、ここ以外に短時間で登れる山がないので、仕方なしジョニーぶっかけてスタート。 やっぱ荷物背負ってるとどんな山行でもキツい。男性ソロハイカーさんにブチ抜かれても、まぁしゃぁない。うーん。近頃は抜かれてもちっとも悔しいと思わなくなってしまった。良いんだろうあか?こんなんで。登山に勝ち負けなんてないのは分かっているんだけど。なんかなぁ。ちょっとは気にしろよ。とは思う。 こんなにキツいと、全然筋力がついている実感が持てない。毎回キツい。そしてまぁ遅かった。予定外に遅かった。2月に初めて登った時の1.5倍はかかっている。でもまぁ、今日は連敗続きだった登山活動に、登頂の醍醐味を思い出すための山行だったので、まぁ贅沢は行ってられない。それよりこんなに長く家を空けるつもりはなかったから、1人で留守番をしている母親が心配。粗相をしてないことを祈るばかりだ。 さぁ、帰ってカネスエで買って来た鰻を温めて、鰻丼を作ってやろう。
- もらった絵文字49写真10枚02:134.8 km595 m
釜ヶ谷山-2026-02-14
釜ヶ谷山(岐阜)2026.02.14 (土)日帰り土曜日はいつも仕事だが有休をとった。足が弱って玄関を上がれなくなってしまった母親のために、手摺とステップを設置することになり実家へ。設置完了後、母親がショートステイのバスに乗り込み出発するのを見送る。掃除洗濯などを済ませて昼食を摂り時計をみると13時前か。なんとなく伊自良湖へ。思ったよりも釣り人たちで賑わっていて、駐車場は満車。なんとなくとは言ったものの、じつはそのつもりはあってそのまま臨時登山者駐車場へオンボロ車を進める。 山頂でプリンパフェを食べながらコーヒーでも啜ろうかと、お湯を入れた水筒とインスタントコーヒー、ファミマで買った100円引きのプリンパフェをサコッシュに詰めていざ出発。 登山口手前ですれ違ったハイカーさんに所要時間を尋ねてみると、奥の院コースを使って山頂までまぁ1時間から1時間半ぐらいとの事。であれば下山後にサウナ(プラザ掛洞)行っても、なんとか夜の用事までには帰宅できそう。 よーしできるだけ足を止めないように自分なりのハイペースで行くぞと。 勢い勇んでみたものの、予想以上に急登続きで出だしから心拍爆上がり。かなりナメてた。もう少し装備等、準備を整えるべきだった。 途中、右ふくらはぎを攣りかけて、衰えを感じながらも無事登頂。帰宅時間が気になって山頂標識すら見る事なく下山開始。 交互に左右の足を攣り、何度もストレッチをしながら、でもまぁまぁのペースで下山完了。 その後、山頂で食べられなかったプリンパフェとインスタントコーヒーを伊自良湖を眺めながら食べる。カップの中でクチャチャになっているプリンを食べながら、2年前に母親と歩いた、対岸に見える湖畔沿いの遊歩道をぼーっと眺めた。活動量が減って自宅でほぼ寝てばかりいると2年間で玄関が自力で上がれなくなるほど人間は衰えるのだなと感慨に耽ってしまった。いかんいかん長居しすぎるとサウナの時間が確保できなくなってしまう。さぁプラザ掛洞へ急ごう。
- もらった絵文字134写真24枚02:134.9 km598 m
- もらった絵文字14写真45枚05:045.9 km636 m
- もらった絵文字109写真24枚04:545.4 km633 m
寒波到来の釜ヶ谷山・三十三観音の立つ登拝の道を歩く
釜ヶ谷山(岐阜)2026.01.11 (日)日帰り気象予報では雨が降るようで芳しくない。今回は久々に2名になったので冬の雨は嫌だな、と思いつつ出かけた。名古屋を5時には出る。すき家で朝定をかき込んで名二環に入り、名古屋高速一宮線で北上、R22に降りてR156へ、岩戸トンネルを抜けてすぐ左折、鵜飼い大橋で長良川を渡ると百々ヶ峰に突き当たる。R256に入って如来ヶ岳山麓を北上、県道79号を西へ行くと伊自良川と交差するので県道91号に右折。集合はてんこもり農産物直売所へ午前7時だがチエーンがあっては入れない。まだ薄暗いが相棒はコンビニで待っていていた。すぐ伊自良湖へ向かった。立ち寄りたいたい所があったが下山後だ。 下山後に江戸時代の地誌『新撰美濃志』を読んでみた。伊自良郷と呼ばれていたが伊自良村はなく、長瀧村の項目があった。伊自良は十郷あってそれぞれ字があった。・・・『釜嶽』は濃陽志略に「里民呼曰釜溪ト連互數里ニ絶頂有池四時不涸、此山雑樹葱岩石岣最爲奇也」と見えたり。『※長瀧山、岸見山』伊自良の高山なり。伊自良川は此の山中より出づ。常は水なく、砂川にて洪雨の時水出づ。略。『甘南美寺』は臨済宗にて白華山と號す。開基は高阿彌、名知阿彌。本尊は千手十一面観音、脇立不動毘沙門なり。當國三十三所十三番に配す。引用は以上。※長瀧山は釜ヶ谷山の別称。 長瀧村の名残りは伊自良湖のすぐ下流の里の地名に見る。伊自良湖の湖面が見えると多数のボートが浮かんでいた。恋人同士が朝早くからデート?多分公魚釣りか、疑問のまま登山口の臨時Pに着いた。地形図で116m地点。あいにく小雨模様だ。オーバーヤッケで防寒と小雨対応の身支度を整えて出発。最初は舗装路を分け入ると杉の高木が生える森の中である。番号入りの観音の石仏が立っている。バンガローのような施設は今は冬のもの寂しい雰囲気である。しばらくは車道を歩くと二又に別れる。右は釜ヶ谷に沿う林道で赤谷の出合い迄続く。堰堤記号が三か所連続してあった。我々は釜ヶ谷本流に沿いながら直進。左へ上がって四阿などの施設で舗装路は終わった。ここからは未舗装の林道歩きだが次第に山路になった。途端に谷が立って来て傾斜が強まる。岩がごろごろした歩きにくい山路をこなしてゆくと優しい道になり、山頂からの南東尾根の端に立つ四阿に着いた。残念ながら展望はない。途中から小雨が降雪になった。一種の感動とともに不安も伴う。ここで雪に備えて雨具でザックをカバー。尾根の道からみぞれ谷の枝谷の源流を迂回すると奥の院に着いた。社殿は穴だらけだ。中をのぞくと座禅した板間があった。穴は多分風通しを良くして腐食を避けるためか、人が使わない建物は内にこもった湿気で腐る。雨の時は膨張して外からの湿気を防ぎ、乾燥した時は縮んで隙間風を入れてやる校倉造が理想ですが高額の建設費がかかる。 さて出発だ。左に丁度33番目の石仏が建っていた。美濃三十三観音霊場の十三番目の霊場だ。ここを後に登るとすぐに神社が建っていた。ここはおそらく明治維新で「仏法を廃し、釈迦の教えを棄却する」という仏教の信仰や施設を否定する運動の影響か。説明を読むと明治3年とある。祖神は皇祖神のアマテラスだった。 地形図で等高線が密にになり、急登を強いられた。行者岩に到達、上に登ると、最近登った百々ヶ峰と金華山が見えた。ちょっと荒れ気味の登山道を登ると龍神コースへの分岐に着いた。降ったり止んだりしていたが標高640mまで来ると冷気が違う。一面真っ白になった。小さなコブを巻くと待望の山頂だった。千把小屋という避難小屋まである。扉がないので雪が吹き込んで床は白い。小屋の四隅の角は丁度腰掛に良いのがあって少し休めた。 休憩中にもどんどん降って来る。眺めもなく止みそうにないので往路の下山を決めた。連続的に降雪路を下る。桧の林に下っても断続的に雪がある。滑落しないようにゆっくり慎重に下った。東屋まで下るとやっと落ち葉の道になり安定的に歩ける。車道に着いてほっと一安心。そこから余裕で石仏の番号を見ながら下ってPに戻った。 帰りは甘南美寺に寄って参拝。池の鯉の大きさに見とれた。もう一ヶ所、「伊自良湖 FISHING & ADVENTURE PARK」に寄った。公魚(わかさぎ)の天ぷらはあるか、聞いたらフライはあるとの回答。13時だったがラーメンと公魚のフライ(二人で一つ)を注文。朝6時半から釣りボートを営業するから恋人のデートではなかった。疑問が解けた。待っている間にも車にどんどん積もって来た。雪とグルメの冬日和を楽しめた。
- もらった絵文字530写真10枚02:034.9 km591 m
- もらった絵文字55写真60枚04:144.7 km586 m
- もらった絵文字12写真6枚03:274.8 km592 m
- もらった絵文字8写真6枚05:079.6 km1109 m
- もらった絵文字16写真34枚02:525.1 km608 m
釜ヶ谷山(奥の院コースピストン)
釜ヶ谷山(岐阜)2025.03.09 (日)日帰りもうかれこれ、このお山に上るようになって20年。シーズンの始まりはやっぱり釜ヶ谷から。 ただ今年は大雪の影響か倒木や崩落で道が荒れてて、かつ残雪もかなりあって、グルリ周ることは出来ませんでした。過去20年で初めてのことです。 やむを得ず、奥の院コースをピストンしましたが、この時期は暑くなくてヒルもいないので、快適に上ることができて結果良かったです。