大谷嶺──ガレ場を這い上がれ、崩壊地の上に立つ
山伏・八紘嶺・笹山
(静岡, 山梨)
2025.11.15(土)
日帰り
夜明け前、車を走らせた。
紅葉に染まる道を北上する。
崩落地そのものを登るルート。
期待と、いくばくかの緊張を抱いていた。
駐車場に到着し、仲間と山頂を見上げる。
標高2,000m近い塊が、稜線としてそびえていた。
靴紐を結び直し、舗装が途切れた道へ踏み出す。
大谷崩。
1707年の宝永地震が残した、巨大な傷跡。
しばらくは紅葉の樹林帯。
だが、道はすぐに山体崩壊の核心へ変わった。
眼前に広がる、圧倒的なガレ場とザレ場。
遠くには防護ネットが張り巡らされている。
傾斜は容赦ない。
踏んだ足場がずるりと滑り、体が止まる。
背後から聞こえる砂利の乾いた音。
落石を避け、転ばぬよう、一歩ずつ体重を乗せた。
時折振り返る。
大崩壊の全容と遠い稜線──その対比に、言葉が出なかった。
ザレ場を這い上がり、新窪乗越へ。
苔と笹の緑に包まれた静かな稜線が広がる。
だが、油断のないアップダウンが続き、肺がきしんだ。
尾根の先に、藪越しに山頂が見える。
大崩落を見下ろす場所だ。
絶望的な最後の登り。
互いの視線に、同じ諦念が混じっていた。
樹林帯を抜ける。
そこが山頂だった──標高1,999.7m。
青空は、直前で白い霧に飲まれていた。
静かな広場。
ここまで来たという事実だけが重かった。
ガスが流れ、南アルプスは切れ間にかすかに見えるだけ。
東の空は濃い白のまま。
富士山の影もなかった。
山頂標識に手を触れる。
“破壊の道”を踏破した感触だけが胸に残る。
仲間と黙って、吹き上げるガスを眺めた。
ザックを背負い直し、ザレ場の下りへ。
バランスを崩さぬよう、ただ集中する。
紅葉の樹林帯に戻ると、胸の緊張がようやくほどけた。
赤と黄色の中で、歩ききった実感が静かに落ちてくる。
足の裏には、あの崩壊地の感触だけが残っていた。