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2.1 km
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3.3 km
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大文字山・如意ヶ嶽・稲荷山 (京都, 滋賀)
2026年04月02日(木) 日帰り
今朝方まで雨。今日は近場にサクッと行ってみようという事で宇佐山に。 ゆるり、のんびりのお山歩✨ 行きは一人、帰りはネギと一緒に帰ってきました💪
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1.8 km
205 m
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215 m
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2.0 km
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大文字山・如意ヶ嶽・稲荷山 (京都, 滋賀)
2026年03月22日(日) 日帰り
中井先生とのツアー2日目午前中は、宇佐山城登城です。織豊期の石垣を見にいきます。観音寺城が城としての構造が謎だったのに対し、こちらはコンパクトでテクニカルな縄張りを持ちます。京への新道を取り込んでいたかもと中井先生はお考えでした。 登城路の3分の1は急勾配の舗装路、3分の1は普通の山道、3分の1は城内です。中井先生のおっしゃる通り最初の3分の1は何気に辛く、でも次の3分の1も何気に辛かったです。中井先生は私より3つ年上ですが、登りのスピードが速いのです。必死で付いて行きました。そしてわかりました。YAMAPの軌跡を見たら赤色になっているではないの!「僕は山登りは嫌い。直接城に行けるならジャンプしたい。」と先生はおっしゃっていましたが、ワープしたいお気持ちがあの早さになるのでしょう、きっと。 🏯宇佐山城・・・元亀元年(1570)森長可が宇佐山山頂に築城。京都への主要道である山中越が北麓にあり、湖西南部における織田氏の重要拠点。宇佐山城の戦い後は明智光秀が入り、坂本城を築城すると宇佐山城は廃城となったか詰城として機能した。別名 志賀城 ⚔️宇佐山城の戦い・・・織田信長が浅井・朝倉連合軍と対峙した「志賀の陣」の一部。元亀元年9月、信長が摂津にいる隙を突いた浅井・朝倉軍に対し、宇佐山城を守っていた森可成が激しく抵抗。可成は討死したが、城は落ちなかった。信長は直ちに摂津から戻り、大津に軍を進めて連合軍を比叡山方面へ撤退させた。 宇佐山城を拠点に織田軍が比叡山を包囲。この戦いが決定打となり、のちに信長による「比叡山焼き討ち」へとつながった。 この功績により、のちに明智光秀がこの地を任された。
01:30
6.3 km
344 m
大文字山・如意ヶ嶽・稲荷山 (京都, 滋賀)
2026年03月16日(月) 日帰り
今回は夕のこの刻にちょこっと宇佐山。全く聞いたこともない知らない山でした。麓には近江神宮が。近江神宮は『ちはやふる』ですね。毎年、競技かるたの全国大会がここで行われるみたい。近江神宮は名前は滋賀に住んでて知ってましたが、場所は全く知りませんでした。登山口に到着すると近江神宮のことを忘れて頂へ向かったのでした。頂上手前に展望所からの眺めが良いとの看板。期待し登頂前にその地へ。案内通りでした。僕には怖がりなので無理ですが夜に訪れたら暗黒に見えるびわ湖と大津・守山・草津の街の電灯の灯りが明暗のギャップで美しいだろうと思いました。登頂すると麓の郵貯へ山記念100円貯金に。急がないと窓口の閉まる16時に間に合わない。にも関わらず寄り道やつまらんこだわりをしてしまうのでした。あはは。 郵貯へ。その後に近江神宮へ行くことを忘れてることに気付く。近江神宮行ってきましたよ。🎞ちはやふるで見た景観と同じやったー?わからん。足早近江神宮見学でした。次は秋の夕暮れに訪れたいです。そう思いました。
01:18
2.4 km
241 m
比叡山・横高山・梶山 (滋賀, 京都)
2026年03月15日(日) 日帰り
詳細は、山ガールの作り方ブログ https://yamajoshi.blog.jp/archives/12465248.html
02:27
5.5 km
292 m
00:49
1.8 km
206 m