「日本は飛騨から始まった」飛騨王朝を巡る位山・飛騨一宮水無神社

2023.05.03(水) 日帰り

チェックポイント

DAY 1
合計時間
4 時間 33
休憩時間
30
距離
9.9 km
のぼり / くだり
654 / 654 m
6
2 17
1 33
6

活動詳細

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先月,霊感が有ると言われる親戚の方から、人にはそれぞれ合う神社が有るそうで(合うとは具体的に何かは聞きませんでした、自身に霊感は無いし、特にスピリチュアルに興味が有るわけでもないので)私は飛騨一宮水無神社だと言われました。ちなみに、山の神は春日大社だそうです。GWに飛騨一宮水無神社行ってみようと言われたので調べてみました。位山がご神体であり奥社だと判り200名山でもあり、川上岳への天空歩道も縦走してみたかったので登山兼ねて行ってきました。山の神も一緒なので川上岳への天空歩道縦走は諦め位山のピストンにしました。頂上付近には天の岩戸や、いわれの有る巨石が有る霊峰でした。 飛騨一宮水無神社や位山について調べていると古代ロマンあふれる歴史の言い伝えがありました。「飛騨の口碑」によると「日本は飛騨から始まった」と言うのです。 ・乗鞍岳、飛騨地方に高天の原があった。 ・飛騨超古代王朝は寒冷化により飛騨一宮水無神社周辺へ遷都した。 ・その際、位山(淡山)を催事場とした。 ・人口が増えてきたので一族は全国地方へ移っていった。 ・伊勢に向かった一族の末裔が猿田彦となる。 ・瀬戸内海に向かった末裔が大山祇命となる。 ・皇統一族は亡くなると位山の大岩の横に埋葬された。 ・皇統命が新たに即位するときは、歴代の先祖が眠る位山のイチイの木の板で位板で辞令が作られた。 ・皇統命は天皇のルーツ・飛騨一宮水無神社周辺へ遷都した淡上方様から20代ほど下った子孫が伊邪那岐命・出雲より伊邪那美命を后とした。 ・伊邪那岐命と伊邪那美命から生まれた長女がヒルメムチ(天照大御神)、長男が須佐之男命 ・ヒルメムチ(天照大御神)が皇統命を継承したので須佐之男命は出雲に行った。 ・ヒルメムチ(天照大御神)は婿を迎え五男三女をもうける。 ・出雲で須佐之男命は八岐大蛇を退治し草薙剣を手に入れる。 ・須佐之男命は草薙剣をヒルメムチ(天照大御神)に献上。 ・須佐之男命の息子、大国主命にヒルメムチ(天照大御神)の娘が嫁いだ。 ・飛騨と出雲は同盟を結ぶ。・しばらくすると大国主命は浮気し、後継者問題で飛騨を裏切る。 ・ヒルメムチ(天照大御神)の娘は飛騨に戻り、飛騨と出雲は対立する。 ・いろいろあって皇統命に出雲を奉還する事となる。 ・飛騨が寒冷化し大雪が降るようになり遷都を検討する。 ・結果、大和(奈良)に都を遷す事とした。 ・天孫降臨、飛騨から九州高千穂に入り九州を平定(筑紫平定) ・平定した瓊瓊杵尊(天照大御神の孫)の孫が狭野命で後の神武天皇 ・狭野命は日向の海岸をたち、大和へ行って都を開く。 ・狭野命が大和(奈良橿原)で都を開いた事が飛騨に伝えられる。 ・飛騨より位山のイチイの木の位板が狭野命に授けられる。 ・狭野命が即位し神武天皇となる。 ・以降天皇の即位には位山の位板が授けられることとなる。 「飛騨の口碑」によれば古代日本人は飛騨人で美濃に降り、九州を平定 した後、大和(奈良橿原)に入り天皇の祖となった。 古事記、日本書紀をご存じの方は部分的に繋がる所もあり面白いかもしれません 「飛騨の口碑」は文献として何も残っておらず口伝で伝わった伝説です。 但し下記の様な事実が残る。 ・神武天皇の橿原宮跡後とされる橿原神宮付近に「飛騨町」と言う地名が残っている。 ・天皇即位儀礼で使われる笏は、位山のイチイの木で作られ飛騨一宮水無神社より献上されている。 ・戦時中、草薙剣が一時避難のため飛騨一宮水無神社に保管された。

動画

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