コーヒーパパ
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- 大阪で活動
- 1973年生まれ
- 男性
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金剛山・小説風「もみじ谷旅日記」第五章 「山路から家路へ」後編です!😆つ、ついに完結です!😭オ、オチは無いけどやりきったぞ〜!😭 これも応援いただいた皆様のおかげでございます🙇🏻♂️ (そんな人いましたっけ?…) 出版社の方々へ🙋🏻 書籍化へのオファーは断固お断りしますが条件次第では気持ちが揺らぐかもしれません😏 🙋🏻本編の活動日記も同様に更新してます。 第五章 「山路から家路へ」後編 山頂広場を後にした私は念の為トイレで用を足し、靴紐の確認とザックのハーネスを改めて微調整し身支度を整えた。下山は体力的には楽だが蓄積した疲労や気の緩みで怪我や事故に遭う可能性が高い。下山時に転倒した場合は致命的な怪我になる可能性が高く、おまけに動けなくなると日没が迫ってくる時間である場合も多く、良いことは何ひとつない。慣れた金剛山でもこの点においては毎々気を引き締めるよう心がけている。 売店前広場のもみじの木の下で帰りのルートを少し考えた。最初の候補は売店裏からの「青崩道」であったが、先月に何度か下ったのでパスとした。今日は水越峠側に下山しなくてはならないので比較的安全なこの「青崩道」と「ダイトレ」(ダイアモンドトレイル)は下山でよく通る。私の登山は登りで八割方の楽しい時間は終わっていて下りはもう帰ることしか頭になく、普段のスマホの写真も登りの時はこまめに撮影しているが、下りは初見のルートや山でない限りほとんど撮っていない。ある意味今日のテーマでもあった「スマホを持たず登山に集中する」は下山時においては既に実証済みであったともいえる。「青崩道」をパスすると決めたのでもう一つの候補である「ダイトレ」に向かうことにした。広場を後にし神社に続く表参道の坂をゆっくり登り、まずはダイトレに出合う参道入り口にある「一ノ鳥居」に向かった。神社の正面階段の前を通り過ぎると参道脇に神社の裏手に続く小径がある。通称「鳥の餌場」と呼ばれる場所に通じていて小さな餌台にピーナッツなどを撒きそこに集まってくる野鳥の撮影や観察を楽しむポイントである。しかしここも規制線のロープが張られていて通行止めになっていた。餌場の先の崖道が崩れているからだ。私はロープの前で立ち止まり餌場の辺りの様子を覗くように身を乗り出して見てみた。ロープを跨ぎちょっとだけ鳥の鑑賞でもしようかと思ったその時、ふと後方から人が来る気配を感じたので振り返ると先ほどの工事関係の御一行がやってきた。私はサッと後退し進路を譲る感じでそのまま後ろに歩いた。御一行は私を気にする様子もなくロープを跨いで歩いて行き、どうやら崖崩れの様子を見に行くようであった。私はホッと胸を撫で下ろした。いい歳した大人がこんなことで注意されなくて助かったと思ったからだ。一呼吸し小径の分岐から少し進み雑木の間から見える向かいの大和葛城山の山頂を眺めた。薄い雲は出ているが〝葛城高原ロッジ”とその周辺の青々としたツツジや草木の絨毯で敷きつめられたような光景はとても美しい。今日はスマホを使わないのだが仮に写真を撮ったとしても雑木を避け合間からズームした変な構図の写真になるので今眺めている景色のニュアンスは伝わらないだろう。 さて、参道の坂下に見える「一の鳥居」までもうすぐだったがここに来て急に気が変わり「ダイトレ」はパスしてもみじ谷鳥居ルートで下ることにした。理由として鳥居傍の左手の取り付きからの近道でもみじ谷へ下ることができるからだ。ここから下れば第5堰堤の上流〝ストーンサークル“に合流することになる。特段危険な箇所はないがまず他の人は歩いておらずロープ場もあったりするのでその点は注意が必要だ。そして何より日が長く明るい今の時間帯でも北東に位置するこのルートに入り込めば太陽の日差しは遮られ鬱蒼とした森を歩くことになるので思ったより足元は暗くなる。それをふまえ意を決してルートに踏み込んだ。最初は下草をかき分けた泥濘の踏み跡を進んで行く、しばらく歩くと「サネ尾ルート」との分岐に出会す。因みにこの「サネ尾ルート」は金剛山三大急登の一つだ。この分岐を谷筋に進むと両サイドを尾根に挟まれた谷道になりいよいよここから足元も暗くなり道も険しくなってくるのだ。「ドロロロロォ」…突然行手の左斜面の上部辺りから地鳴りのような音が響いた。「ヤマドリ」の威嚇音だ!初めてそれを聞いた時は何かの空耳かと思ったが今ではかなり遠くで発せられた音でもはっきり認識できるようになった。しかし音はすれど姿が見えないことの方が多い。木や草の影に隠れていることが多いからだ。少し立ち止まり音の発せられた方向を見渡した。再び「ドロロロロォ」と音が発せられたので目を凝らし見ると〝居た!“…私からの距離約15メートルほど離れた草むらの斜面に体長は50センチほどの奴がこちらを睨み見下ろし歩いている。明らかに私に対しての威嚇であろう。いつもなら間違いなく写真に収めている所だか、今日は勘弁してやろう…私は威嚇に応えるように大きく柏手を「パン‼︎パン‼︎」と叩き、彼に敬意を持って「またな!」と大きな声で別れを告げその場を後にした。その後は気持ちが通じたのか?もう彼からの威嚇はなかった。そんなことをしているといつのまにか道幅も少しずつ広くなりいつのまにか水の流れが出てきてどんどん沢になっていく…登りとは真逆の光景だ。下りでは特に足を置く場所を慎重に先読みしながら歩くのだが調子が出てくるとゲームのように足の置き場所が光って見える気がする。集中力で脳のエネルギーを大量に消費している実感すらある。そういう時は額の汗が凄いことになるからだ。所々ロープ場などで体勢を入れ替えながら順調に進むと、沢が合流してあっという間に目印のストーンサークルに辿り着いた。しかしそこでも休憩することなくそのまま進んだ。登りでは慎重だった5番目の堰堤梯子も勢いそのまま乗り越えどんどん進む。もうこうなると止まらない…この集中力を維持したまま進みたかったし、このペースが楽しくなっていたからだ。とにかく下山することしか考えていなかった。4、3、2、1と印象に残らない堰堤を次々と越えていくが足元の道筋に集中していたので何番目を通過しているかはもう気にもならなかった。渡渉の時も雑に水しぶきをあげながら進む。靴を洗う手間が省けてちょうど良いとすら思った。気持ちの上ではもう帰り支度が始まっているのだ。あっという間にもみじ谷の取り付きまで辿り着いた。呼吸は乱れていなかったがTシャツは汗でずぶ濡れ、ズボンの足元もずぶ濡れで川に落ちた犬ころのような状態で林道に上がった。 ガンドガコバ林道に出てようやく谷下りゲームから解放されるとウイニングランのようにゆっくり歩きはじめた。ここまで誰とも会っておらず、おそらく時間的にこのまま誰とも会わずゴールすることになる。自分と向き合う時間になるだろう。「明日も仕事か…」ゴールが近づくにつれ少しずつ非現実から現実に引き戻される。旅行の時など計画から出発までの時間が最高潮で、出発してしまうとこのような気持ちになるそれと似ている。 しばらく歩き「金剛の水」のポイントに到着すると汗だくのタオルと顔を洗う。行きは至福の時間であったこの場所も水の冷たさで頭が冷え、さらに現実感が増す…と、同時に家に帰って本物のビールを飲むことを新たなモチベーションに歩き始める。ビールと同じく普段の日常生活を頑張っていなければ、きっと金剛山登山も楽しく感じられないだろう…「宝くじに当たっても結局不幸になるだけ」と負け惜しみのような理屈で自分を説得しているのだ。まあ、買ってないし当たったことが無いのでその説得力は無いのだが。 ウイニングランは続く。そして最後のビューポイント大阪側の景色の場所まで下ってきた。 行きでは何度も観た景色だからとスルーした場所だが帰りは必ずといっていいほどここで立ち止まる。そこから見える大阪の景色は今自分が現実に生きている場所なのだ。水越峠側のルートでこの場所が一番好きな場所なのかもしれない。 そこに帰りたいと思うことは、つまりは生きていたいということなのだ。帰りたいと思わなくなった時、私自身は死んでいることになるだろう。そういう意味では今立っている場所は死後の世界で天国に居るようなことなのかもしれない。〝金剛山の山頂を目指す=天国を目指す“と考えると、なにかと辻褄が合うのだ。金剛山は四季折々まさに天国のような景色を見せてくれる。第四章 後編で綴った一文を思い出して欲しい… ------------------------------------------ ある人は家族連れで、ある人は愛犬を連れて、またある人は一人で黙々と、世代も関係性も多種多様な人々が集う。しかし皆同じ目的地「金剛山頂」を目指して登ってきた人達なのだ。またロープウェイが休止した今、山頂へは必ず〝自力”で登らなくてはならず、初心者、熟練者関係なく皆それぞれの道をそれぞれのペースで頑張って登ってきたのだ。人生の歩みにも似たこの光景は他の山ではなかなかないと思う。 ------------------------------------------ ここから見える景色の場所に戻ると誰しも苦しいこと悲しいことなど辛い現実の世界が待っている。それでも帰りたいと思わせる生きがいがある。それは誰しもそこに待ってくれている人が居て必要とされているからだと思う。そういう思いが詰まっている場所なのだと思うと尚更この景色が美しく見えるのだ。 振り返ると私自身も過去に「帰りたくないな…」と思うことも幾度かあった。しかし金剛山に登り、飯を食って下山する頃には「とりあえず帰るか…」となんとかなって今に至る。私が金剛山に何度も足を運んでしまう理由がきっとそこにあるのかもしれない。皆さんはどうだろうか?… …でも今の私は「最高のビールを飲む‼︎」ことが帰ることへのモチベーションであることは揺るがないのだ‼︎ しばらく景色を眺めていると虫取り網を持った子供2人を連れた若い親子4人が林道を駆け上がってきた。子供は男の子が4歳くらい女の子が2歳くらいに見えた。網を振り回しているのが楽しいだけだろうと思ったがクリアケースの虫カゴにはモンシロチョウなどが3匹ほど入っていた。こんな時間なので山頂までは行かないだろうがおそらく暗くなるまで網を振り回しているのだろう。捕まった蝶々には気の毒だが子供が元気に外で遊ぶことは今の時代とても貴重だと思う。またまた現実に引き戻された私は再び歩きはじめた。 「ガンドガコバ林道」を抜けそのまま旧道を下っていった。相変わらず車両が通る気配はなく静かな道を進んでいった。バス転回所を通り過ぎいよいよ駐車場が見えてきた。ほぼ満車だった駐車場も私の車ともう一台しか止まっていなかった。両手を挙げ一人ゴールポーズを決めると、解禁したスマホを取り出し登山アプリを終了させた。ひとまず無事にゴールしたのだ。時刻は17時頃であった。 ザックを下ろし汗だくのシャツを着替え、登山靴の紐を解いて靴を履き替えると締め付けていた足元が解放され一気に気も緩んだ。 隣の車がいないので助手席側のドアを勢いよく開けザックなどの荷物を放り込んだ。そして運転席に座るとさらに気が緩んだ。今の気分はSF宇宙映画によくある場面で主人公一人が生き残り最後の脱出船に乗り込み安堵する気分である。(映画の場合はここで最後のピンチに遭遇してしまうのだが…)家に帰って「ただいま」を言うまでが遠足だと小学生の頃に教わったが、私にしてみれば今の安堵感レベルは遠足を終わりにしても良いのだ。 エンジンをかけ車内にこもった熱を逃すため窓を少し開けて(全開だと虫さんがこんにちは!をしてくるので…)エアコンをつけ車をゆっくり走らせた。FMラジオから流れてくる音楽が夕方にあわせた〝しっとり“とした雰囲気でいい感じである。そして運転しながら今日の山歩きの行程を思い出し余韻に浸りながらも…「次は何処を登ろうか?…」と考えていた。金剛山病は不治の病のようだ。 エピローグ 「ただいまを言うまでが登山」 その後、たいした渋滞もなく無事家路に着いたのだが実はここからが忙しい… まずはザックからゴミや食器類を取り出し、ゴミ分別して捨て、食器類はその場で洗い上げる。登山靴はベランダに干し、洗濯物は洗濯カゴへ放り込み、着替えの下着をタンスから持ってきて風呂場に直行、そのままシャワーを浴びて身体を隅々までキレイに洗い、脱衣所を濡らさないよう身体を拭きあげ、髪を乾かした後、奥様のご機嫌を伺いながら、冷蔵庫からサッ!とビールを取り出し、テーブルに座りようやく「最高の一杯!」に辿り着くのだ。
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金剛山・小説風「もみじ谷旅日記」第五章 「山路から家路へ」前編ですよ〜?😆下山に向けて書いておりましたが未だ1ミリも下山できていません🙋🏻本編の活動日記も同様に更新してます。 第五章 「山路から家路へ」前編 嵐のような騒ぎだった売店前広場も皆が去り貸し切り状態となった。人のいない広場は静まりかえり何か寂しさというか孤独感すら感じる。ゴミなどを片付けながら締めの珈琲の準備をはじめた。予め自宅で挽きポリケースに入れた「グァテマラ」の粉をペーパーフィルターに落としドリッパーごとマグカップに直接乗せた。火にかけたケトルが〝シュー”という音から〝ブクブク”と変わりお湯が湧くと勢いよく蒸気が上がる。すぐに火を止めお湯を落ち着かせた後、少量のお湯を珈琲の粉面に静かに落とし全体に馴染ませ少し待つ。そして円を描きながらドリッパーの八分目ほどまで淹れる。マグカップの中味の量を気にせずともこの一連の動作で問題なく美味しい珈琲が出来上がるはずだ。私は珈琲のプロではないが多少の心得はある。趣味としてはじめてから20年くらいになるだろうか?もう何回淹れたのか見当もつかないが珈琲を淹れることは今では趣味というより日常の作業となっている。 お湯が落ち切ったドリッパーをマグカップから外し(お湯を落としきる方が美味しい、落としきらない方が美味しい議論はさておき、片付けを考えると出涸らしゴミの水分は無い方が安心なので…)最初のひと口を味わうと荷物をまとめカップを持ったまま静寂な売店前広場を後にした。 再び山頂広場へ移動しブルーシートで覆われた痛々しい広場の先に見える大阪の景色を眺めながら立ったままコーヒーを飲んでいた。皮肉なことに土砂崩れで視界を遮っていた雑木が無くなり広く景色が見渡せるのだ。時刻は午後3時を過ぎているが日の長い今の時期だとまだまだ黄昏感もないのだが、ここもほとんど人が居なくて「そろそろ帰らなければ…」と思わされる雰囲気がある。珈琲を飲み干すため広場の中程にあるテーブルでベンチに座り山頂看板を観ながら締めにすることにした。すると静寂を破るように看板横の細い階段通路から5〜6人の人々が会話をしながらゾロゾロと登ってきた。しかもその方々の服装は皆同じ黄色いヘルメットに作業着、ファン付きの作業着の方もいて足元は作業用長靴と明らかに工事関係者に見えた。そのまま規制線の中に入ってブルーシートの端から手慣れた感じでメジャーで距離を測っては記録係と思わしき人に数字を報告していた。多分ここの復旧工事かなにかの下見だろう。 昨年から最近までは2018年の台風被害が酷かったこの崖下カトラ谷の土砂崩れ復旧工事が行われて、ようやく工事が完了した矢先の今回の土砂崩れは、その工事が完了した箇所にも被害が及んでいた。自然が相手なので仕方がないが何ともやりきれない思いであろうか?…と思ったのだが冷静に大人の事情を考えると、工事業者にしてみれば新たなおいしい仕事が舞い込んできただけのことかもしれない。とにかく山頂広場が出来るだけ良い形で復旧することを願うばかりである。 工事関係者がひと通り計測を終えたのを見届けるとようやく私も「そろそろ帰るか?」と思い腰を上げることにした。かなり軽くなったザックを背負い帰りのルートをどこにするか?と考えながらとりあえず歩き出した。
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金剛山・小説風「もみじ谷旅日記」第四章後編ですよ〜?😆四章も書き上げちゃいました〜!後は下山に向けてひたすら頑張りますぞ🙋🏻本編の活動日記も同様に更新してます。 第四章 「山頂のくつろぎ時間」後編 売店を出ると汗が完全に落ち着いたのか少し肌寒く感じた。まだ日陽射しのある時間なので陽が差し込む売店前広場にある「バラック屋根付石テーブルチェア」で昼食にすることとした。およそ6人掛けくらいのテーブルが2セット。ここは広場の温度計が目の前にあり向かいの青空テーブルでくつろぐ人々、売店前もみじの木や行き交う人々など広場全体を眺めながらくつろぐことができるのだ。 金剛山の山頂周辺は下界の景色を観ながらゆっくりできる場所がほとんどない。山登りの醍醐味であろう「山頂からの景色と共に食事を楽しむ」ことが難しい山なのだ。しかしその代わり様々な人々と時間を共有することができる場所なのである。ある人は家族連れで、ある人は愛犬を連れて、またある人は一人で黙々と、世代も関係性も多種多様な人々が集う。しかし皆同じ目的地「金剛山頂」を目指して登ってきた人達なのだ。またロープウェイが休止した今、山頂へは必ず〝自力”で登らなくてはならず、初心者、熟練者関係なく皆それぞれの道をそれぞれのペースで頑張って登ってきたのだ。人生の歩みにも似たこの光景は他の山ではなかなかないと思う。これだけ幅広い人々に愛されている山もそうそう無いだろう。 …と壮大な思いに浸ってしまったが今日は平日午後、その行き交う人々の人影はまばらである。お目当ての石テーブルチェアには先客が2人がテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。60代前半と思わしき熟年のご夫妻に見える方達だ。テーブルにはもう残り僅かになった瓶ビールとグラスが2つ置いてあった。先ほどの売店で購入したものと思われる。私はひとつ先の石テーブルのベンチにザックを置きザックのサイドポケットから使い込んでボロボロのクッションシートをベンチに置き座った。ホッと一息吐き周囲を見渡した。向かいの青空テーブルには関係性は不明だが三十代後半から男2女2名程と子供が2人程…だったか?…今更だがこの日記は私の記憶だけを頼りに書いているので曖昧なところも多々あるのだ。この場面において重要且つ印象的だった記憶はワンちゃんを2匹連れてるということだ。1匹はビーグル犬でいわゆる代表的なビーグル犬の色合いで茶色の顔と黒と茶の体模様のワンちゃんである。飼い主の女性の足元におとなしくお座りをしていた。もう1匹はジャーマンシェパードで警察犬としても有名な犬種だ。黒の色合いが多めの顔で茶色がいい感じに混ざったワンちゃんだ。木の棒切れを飼い主が投げると楽しそうに走って拾ってくる遊びを繰り返していた。リードを外しているが人はまばらなのでご愛嬌といったところだ。よく躾けされているようで周囲の人に危害を加える様子は全くない。そんな光景を見ながら私は私でザックからミニバーナー、ケトル、水などを取り出しカップラーメンにお湯を注ぐ準備をしていた。今日のカップラーメンはパエリア味だ。このパエリア味は好んで購入したわけではない。先日行きつけの居酒屋からの帰り道にコンビニで買った物だ。私は酔うとコンビニで何かを買ってしまう酒癖がある。物価高のこのご時世シラフの時ならコンビニでカップ麺は絶対に買わないのだが、酔うと必ずといっていい程何か余計な物を買ってしまう。また定番品ではなく珍しい商品を値段も見ずに買ってしまうのだ。ここで断言しておこう!カップ麺の類いは〝定番”が一番美味しいのだ!とにかく今から食べるパエリア味には何の思い入れもない。せめて奇を衒った変な味でないことを願うばかりだ。お湯が沸いたのでカップに注ぎふたを閉め待つこととしたが、今度は隣の熟年夫婦?の旦那さんに動きがあった。目の前のシェパードの棒切れ投げを飼い主さんから譲り受け棒を投げ出したのだ。旦那さんは濃い紺色のシャツの出立ちで茶色に染めた髪は短髪でツンと立っている。体の線は細めで小柄であったが目が切長で昔ヤンチャしていたであろう雰囲気もあった。ホロ酔の赤ら顔だったので、もしかすると2本目のビールだったかもしれない。一方奥様?の方はといえばこちらも細身の小柄な方で短めの髪で茶色パーマ、黒色シャツの出立ちで目を丸くしながら低姿勢な雰囲気で旦那様を咎めるように「もう、やめとき〜」と言い放ってから少し私の方に目配せをしながら「ねぇ…」との同意の相槌を求められた。私はとりあえず苦笑いで無言の会釈をした。カップ麺が出来上がったので食べ始めると、さっきまでワンちゃんと遊んでいた旦那さんがベンチに戻ってきた。こちらをチラリと見ながら奥様に「もうワシが飼い主やで」と上機嫌だった。しかしそれに水を差すかのように奥様が余計な一言を言う「アンタ、なんか臭いでぇ」…私はカップ麺を一瞬吹き出しそうになった。申し訳ないがその臭いには関わりたくないと思った。パエリア味のカップ麺は思いのほか美味しかったからだ。旦那さんは動じることなく「はぁ?ああ…さっきクサ虫(カメムシ)を叩き潰したからやなぁ」と笑みを浮かべ奥様の顔に首筋を差し出して無理やり臭いを嗅がせてせいた。まるで小学生のじゃれ合いである。「やめてやーぁ!」慌てた奥様は声を荒げ助けを求める顔で明らかにこちらを見てきた。私は再び無言で苦笑いを返したが、その目線を追うかのよに今度は旦那さんが私に興味を持ち出したのだ。「コイツ、ほんまアホやで!」唐突に話しかけてきた。とうとう私はロックオンされたのだ。私はとりあえず「まあまあ、仲良くしてくださいよ」と返事を返したがそれを遮ぎるように「…コイツなぁ、せっかくコンビニで買った弁当全部忘れてきよってん!」私が聞いていようが聞いて無かろうがお構いなしに話しは続く…「せやから高っかいカップ麺食べる羽目になってしもーたんや!ホンマにアホやで!」奥様はとても小さなザックを背負っており弁当を忘れていれば明らかに気付くであろう荷物の量だ。ちょっと旦那さんに同情した。すると奥様は言い訳がましく「何か途中で荷物軽いなぁとは思っててん…」言い訳にもなっていないような言い訳だった。結局忘れたことに気が付いたのはこのベンチでザックを開けた時なのである。旦那さんは「ホンマ、この兄さんおれへんかったらどつき回したるとこやで!」と笑みを浮かべ言い放った。任侠道さながらの言い回しだ。もちろんこのやり取りは関西特有の漫才のような掛け合いで本当に〝どつき回す”ことはないと思うが私もそれに乗っかり「奥様、もうモラハラ、パワハラで訴えたら勝てますよ!」と一応奥様を援護してみた。奥様は嬉しそうに被せる勢いで「そやろ〜ホンマお兄さん優しいわ〜」一応補足しておくが私はお兄さんでは無く既におっさんでありこれも関西特有の呼び方である。旦那さんはそのやり取りにさっさと見切りをつけたかと思うと今度はこちらのバーナーなどのアイテムに興味を持ち始めた。「そのバーナええ感じやなぁ?」「こんなん一個持ってたら高っかい売店のラーメン食べなくて済むやん」…確かにそうなのだが散々売店の商品にお世話になっておきながらそれはそれでどうかと思うのだが…売店の価格が高いのは商品を山頂まで運ぶことやお湯その他諸々に手間暇がかかっているので当然といえば当然である。私が持っているバーナーは山に特化したものではなく極寒では使えなくなるのだが、家庭用のカセットボンベが使えるので重宝している。その後ケトルやら、ウォーターサーバーやらほとんど私の持っているアイテムの説明をした後バーナーだけは絶対欲しい!とのことだったので型番プレートを写真に撮ってもらうことにした。旦那さんは奥様にスマホで写真を撮るよう言い、奥様は相変わらず低姿勢で「すみませんねぇ〜」とスマホを取り出し撮影しようとしたのだが、これまたスマホの調子が悪いのかカメラが全く起動せず、見かねた旦那さんが「もえ、ええ!ワシが撮るわ!」とうとう不機嫌なドスがきいた声で写真を撮りに来た。「兄さんすんませんなぁ〜」不敵な笑みでこちら見ながら撮影する様子から今度は本当に少しイラッとしていることが伺い知れた。色々あったがアイテム情報の収穫があったことでま〜るく治ったかと思ったのだが… 熟年夫婦は帰り支度をし、奥様が売店で拝借していたビールの空き瓶とグラスをトレーで運ぼうと立ち上がったその時、偶然向かいのワンちゃんを連れた方々とすれ違うタイミングと重なったのだ。そしてさっきまでおとなしかったビーグル犬が奥様に戯れた感じで飛びかかろとしたのが更にアンラッキーだった。びっくりした奥様は「ひゃぁ!」と反応したその瞬間「ガシャーン!!」…トレーから地面にこぼれ落ちた空き瓶とグラスは無惨にも割れてしまった… 映画やテレビドラマであれば三者三様の表情の抜きの画が入るシーンだと思う。 奥様→声にならない声で「あぁ〜」といいながら言い訳と懺悔をはじめる表情。 ワンちゃん御一行→笑顔で「大丈夫ですかぁ?」と言いながらもフェードアウトでその場を去っていく。 私→遠い目をしながら心の声で「あ〜何故かこんな事になるような気がしてましたわぁ」の表情。 そして旦那さん…全く動じることなく「とりあえず謝ってこいな…」流石である。 奥様は割れた破片をトレーに集め慌てた様子で売店に走った。売店の対応は「お怪我はありませんでしたか?」だったそうだ。これまた流石である。熟年夫婦のお2人は不穏な空気を引きずったまま帰るのかと思いきや、帰り際に旦那さんが手元に持っていた殺虫剤を奥様の顔横ギリギリに噴射したのだ!私は呆気にとられたが、奥様も落ち込んだ表情から一変「何すんねん!」と本気で怒る。旦那さんは「虫がおったんやぁ」と笑いながら言い放った。奥様は少し涙目で「もうホンマ嫌やぁ」と声を荒げた。とにかくこの熟年夫婦?の関係性に私の理解が追いついていないのだがニヤリと笑顔の旦那さんに仕方なくついていく奥様の後ろ姿を見送った。男女の関係性は他人には理解し難いものだなと改めて実感した。きっとこれはこれで良い関係なのだ。
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金剛山・小説風「もみじ谷旅日記」第四章中編ですよ〜?😆四章はもはや後編でまとまらず中編を設けました😭🙋🏻本編の活動日記も同様に更新してます。 第四章 「山頂のくつろぎ時間」中編 再び売店前広場に戻り昼食の場所を探そうと思ったわけだが、ふと売店を見た時「ビールが飲みたい」と思ってしまった。もちろん車なので〝本物“とはいかないがノンアルコールでもいいので気分だけでも味わいたいと思った。よくよく考えたら「金剛の水」以降は水を飲んでいなかったので(それはそれで身体に良くないのだが)今ビールを飲むとどれだけ美味いだろうかと想像すると迷うことなく売店に向かった。ここの売店は品数も充実しており「欲しい」と思った物は大抵売ってくれているのだ。なんとも有難い存在である。入り口の引き戸の窓口で立ち止まり、冷蔵ケースに水没したノンアルビール(これがまた美味そうに見える演出)を指差し「これください!」と元気に告げ、会計を済ませ足早に売店内に進んだ。売店内に客はおらず貸切だった。 中央付近の長テーブルに進みザックを下ろしてからその端っこに座り、ビールの缶口を開け一気に半分くらいを飲み干した。缶をテーブルに置くと口を閉じたまま鼻から深く息を吸い込み目を閉じ喉越しにあるビールを飲み込むと暫し余韻を味わい、そのまま一気に息を吐き出した。「ああ、想像以上の美味さだ…生きてて良かった〜」こういう時のビールの美味しさはビール好きの方ならわかってもらえると思う。ダラダラと過ごした休日に飲むビールとはまったく違い何かを頑張った人だけが貰えるご褒美時間なのだ。 渇きが癒されると今度は空腹がやってきた。人間の欲は限りなく罪深いものだ。この後外の適当な場所を探してちゃんと昼食にするのつもりだったが、持ってきたコンビニホットドッグをザックから取り出しそのままかじりついた。本来ならレンジで温めた方が美味いはずだが今はそんなことはどうでも良かった。 空腹が少し落ち着き改めて店内を見渡した。店内のほとんどはテーブル席である。昭和なノスタルジックな雰囲気漂う佇まいだ。一方で入り口から左手壁側の一角には登山専門店のコーナーがある。2年ほど前に改装されてここにしかない限定Tシャツなども売っている。この登山専門店のロゴの入ったアイテムを身につけているだけで登山熟練者に見えるから不思議だ。ふらりと一人の女性が店内に入ってきた。失礼ながら私の見立てでは年齢40歳くらい、出立ちはトレイルランニングスタイルの軽装、日焼けした腕を見る限り昨日今日トレランを始めた人でないことは確かだった。女性は真っ先に登山専門店のコーナーに向かい商品を見渡している。買う物が決まっていたのか、ほとんど迷うことなく限定Tシャツを手に取るとレジに向かった。専門店と売店を兼務しているご年配の女性店員さんが対応している。しばらくそのやり取りを見ることにした。「ポイントが使えますけどどうされますか?」と尋ねるとトレラン女性は「つ、使います!」ととりあえず返答した感じですぐさま答えた。しかしその雰囲気を察したのか「ポイント貯めておくこともできますけど…」と、追加で質問すると「え、え〜今何ポイントですか?…」と切り返した。 私はテーブルの傍らでほとんど空っぽのビール缶を手に持ちニヤリとし「こりゃ長引きそうだな…」と心の声で呟きながら続きを見ている。結局保有ポイントは数百ポイントで、今の買い物のポイントは後日付与で、「じゃあ今日の買い物のポイントは何ポイントですか?」との返しで、質問と答えのラリーが続いた。私は再び心の声で「使わない方にベット!」と勝手に賭けをしてみた。こういう時大抵は散々質問した挙句「やっぱり使いません」というのがド定番だと思ったからだ。しかし予想に反して「全部使います」とのことであった。予想は外れたのだ…しかしその後もスムーズな流れにはならず、お会計は現金払いで使ったポイントに端数があったのか?その端数の小銭を出そうと財布を確認するも足りず、結局じゃらじゃらとお釣りの小銭を渡されそそくさと財布に入れていた。トレラン女性は最後に「色々ややこしくてすみませんでした」と言うと店員さんは「いえいえ何をおっしゃいますやら…」と全てを受け入れる笑顔で対応していた。賭けには負けたがほのぼのとしたリアルショートコントを観た気分で楽しかった。しばらく他の客も来なさそうだったので売店を後にした。
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金剛山・小説風「もみじ谷旅日記」第四章前編ですよ〜?😆四章も書き始めると思いの他長くなったので前後編でいきます🙋🏻本編の活動日記も同様に更新してます。 第四章 「山頂のくつろぎ時間」前編 尾根筋に上がると周囲には笹薮が広がっている。膝の高さ程の笹薮で進むべき道は踏み跡によって薮の合間に道筋を示しているが誰かが歩かなければこの道もいずれ笹薮で覆われ消失してしまうことだろう。道筋に従って進めば売店の裏手にたどり着ける。途中葛木神社の裏手や大日岳、青崩道方面への分岐を経て進むのだが売店へは直進するだけなので迷うことは少ない。逆に下山する場合は分岐を注意深く確認しなければ間違えやすいのだ。笹薮の合間には杉の木が林のように生えていてこの辺りの杉はかなりの樹齢であろう大木が多い。表参道には樹齢数百年の仁王杉や夫婦杉などの名所もある。道が少しずつ広くなり坂を登り切ると転法輪寺の詰所と売店が見えてくる。丸太階段を下ると売店前広場に出るのだがそこには大きな温度計が設置されており、それを見る直前に体感温度で何度か?を当てるクイズを毎々やっている。今日は18℃と予想し詰所の路地をぬけると…残念ながら温度計は16℃であった。登りの過程で体温が上がり汗ばんでいたので少し高めに感じたようだ。転法輪寺の境内を背に売店前広場への数段の石段を静かに下った。売店前には大きなもみじの木があり集いの場に相応しい木だと思う。今は青紅葉でそれはそれで美しいのだが秋の紅葉は見事である。広場を見渡しても人はまばらで平日でお昼もピークを過ぎているからであろう。そのまま歩みを止めることなく捺印詰所の前を通過し約十メートル程の斜路を登った先にある「国見城城址」通称「山頂広場」へ向かう。この温度当てクイズから広場巡礼は私の中でほぼ毎回のルーティンとなっている。斜路は程々な傾斜でいい意味で山頂広場を隠す。進むにつれて「金剛山頂」の看板が上部から少しずつ見えてくるのだ。斜路と広場の境目あたりにはここのシンボルツリー金剛桜が鎮座しているが5月の桜の季節以外ではあまり目立たず、登山者は皆「金剛山山頂」の看板に釘付けなのでその存在感は薄い。登り切った私もまずは看板とその横の時計台を確認した。しかしいつもと違うのは先日の大雨で広場が酷い有り様となっていることだ。看板から数メートル先の地面が端から数メートル幅約20メートルほど、つまり山頂広場の端っこ全部が崩れ落ちたのだ。看板の設置されている領域の地面にもヒビが入っている。先日大雨の直後に登った時にそれを見た。今はブルーシートがかけられヒビは隠されており立ち入り禁止の規制線がはられている。先日の大雨の凄さを知らしめる象徴的な光景である。これ以上被害が広がらないことを願うばかりだ。私はここでいつも同じアングルで記念写真を撮ることがルーティンとなっている。しかし…今日はスマホを触らないと決めたのだ!…が、これだけは撮らせてほしいと自分で自分を説得して写真に収めることにした。「登山アプリの日記にはアップしないからお許しください」と訳の分からない言い訳を心の中で呟いた。 看板前に人混みは無くまばらでであったがそれでも2グループ程の方々が看板前で写真撮影をしていた。「シャッターをお願いします」といつお願いされても対応できるよう心の準備をしたがそういう時に限ってリクエストはなかった。規制線の為いつもより少し斜めからの看板写真を撮った後、昼食の場所を探した。今日は空いているので場所は選び放題だ。
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金剛山・小説風「もみじ谷旅日記」第三章後編!執筆の勢い取り戻したかも?😵本編の活動日記も同様に更新してます。 第三章 「もみじ谷をゆく」後編 分岐点の中央にある狼尾根は以前何度か歩いたことがある。登山を始めた頃はこの取り付きの斜面を見ても決して登れるルートだとは思わなかった。傾斜の角度が何度かはわからないが壁を登るかの如く進まねばならず、生えている木を手摺り代わりにしないと登れないのだ。金剛山マニアの間では「金剛山三大急登」と呼ばれるルートがある。それについて語るとキリが無いので割愛するが狼尾根はそれには入っていない。私は金剛山の色々なルートを登ってきたが三大急登の他にも負けじと劣らずの急登は他にも沢山あった。危険度やワイルド感で考えるとこのルートも中々の急登であることは間違い無い。 この分岐点ではもう一つ…この尾根の右手は狼谷ルートである。もみじ谷ルートが初めての方や慣れていない方だとこちらの狼谷ルートに進んでしまうことがあるのだ。そしてこのルートも沢を遡上するので間違えたことに気がつかないまま、もみじ谷ルートを進んだと勘違いする方もいるのではないだろうか? 話が逸れたがこのケルンを目印に左手に進むのがもみじ谷ルートの正解である。 ここから先は少し足場の悪い石の沢を登る。水量が増しているので必然的にジャブジャブと水面をかき分け進まなければならない。そしてこのルートで最も印象の薄い4つ目の堰堤の左手を登り、しばらく進むと5番目の堰堤に出会す。このルートで最も印象的な堰堤である。その理由として堰堤の直前に高さ5メートル位の立派な滝があり5番堰堤との二段構えで奥行きと迫力を感じるからだと思う。そしてなにより今日は増水の影響でいつにも増して水しぶきを上げながら落水しているのだ。しばらくその景色に見惚れてながら「あ〜写真に収めたいなぁ…」と相変わらず心の中で呟いていた。額の汗も同じく滝のようだったが清涼感ある水しぶきのおかげで少しはマシに感じた。 5番堰堤はその右手の崖道を進むことになるのだが補助のロープもあり最後の堰堤を乗り越える箇所に小さなアルミ脚立を設置してくれている。前述で公共の物に個人が勝手に云々と述べたがここの脚立はとても有り難いと思う。全く勝手でブレブレな倫理観ではある…だがこの脚立の手前に胸の高さに程に迫り出した岩があるので注意が必要である。脚立があることで気が緩み、迫り出した岩を避けるタイミングでバランスを崩さないよう注意しなければならない。落ちたら大怪我は免れないのだ。「勝ち誇った時が負けの始まりなのだ!…」ある少年漫画の主人公がそんなことを言っていたのを時々思い出す。私の座右の銘の一つになっている。 無事脚立を乗り越え沢沿いを少し進むとまた分岐点に出会す。今度の目印はストーンサークルである。いつ頃からあるのかは定かではないが直径3メートルくらいキャンプファイヤーの土台のような石積みの円がいつのまにかシンボルとなっている。この分岐点はいずれも山頂に続くルートになるが二択の左手は神社の鳥居の袂に通じるルートである。しかしこちらは一般的なルートではなく途中の尾根に上がらず沢をそのまま遡上するととんでもなく危険なアリ地獄壁に出会すことになるそうだ。私も未だ未踏のルートでもある。 とりあえず一般的ルートである右手のV字谷と呼ばれるルートを進む。V字谷名称の所以はこの分岐点からルート眺めた時の形がまさに〝V字形“だからである。実に単純明快である名称だ。ここから幅は狭いが本格的に沢の中央付近を進むことになる。繰り返しになるが水量が増しているのでズボンの裾あたりまで濡れることは覚悟しなければならないのだ。この辺りまで登ると無心になって登っている自分がいる。スタートから暫くは昨日までの仕事のことやらなんやかんやと俗世のことを考えながら登っている。しかし登っているうちに不思議と無心で夢中になっている自分がいるのだ。少々危険な考えだがルートが険しい方がアドレナリン効果なのか?より無心になれる。この無心に酔い日頃のストレスから解放され癒されていることが金剛山に何度も登ってしまう理由のひとつにもなっていると私は思う。金剛山マニアの間で「金剛山病」とも呼ばれているのだ。その勢いのままこのルートを歩いていたのだがやや前方に人の気配を感じたので歩みを止めて前を見ると2人の人影が見えた。男女のペアで年齢的には同世代と思わしき2人だった。驚かせないよう少し足音を大きくしてこちらの気配を伝えながら進んだ。お2人は一見するとご夫婦のように見えた。靴などの装備はしっかりとされており慣れた雰囲気ではあったが、大雨で増えた倒木などに阻まれ奥様?と思わしき方は慎重に登っていた。お二方を追越す時にまたまた得意の笑顔で軽く会釈をし、そそくさと先に進んだ。平日で人がいないと思って油断していたがいる時にはいるものなのだ。無心から少し現実に引き戻されながらも最後の堰堤第6番目に辿り着いた。 最後の堰堤、第6堰堤も5番堰堤と同様に手前の滝と二段構えであるがその滝の高さは少し小ぶりである。しかしながらここは厳冬期の氷瀑が名所となっている場所である。氷瀑メインなら先の5番堰堤よりも名所であることは間違いない。手前の滝を斜めに塞ぐようにある倒木が凍結のきっかけとなり水しぶきが滝の氷の成長を助長することで滝本体の氷瀑が大きくなるのだ。今の季節はその面影もないのだが滝行をするにはちょうど良い勢いと高さの滝であると私は思う。俗物の私はそんな行をする気はさらさらないと断言しておこう。またこの堰堤を登る斜面はこれまでにも増して細く切り立っている。ここは堰堤を跨ぐのではなく崖の斜面を進むので、滝と堰堤を足下に見下ろす格好になり高さが苦手な人にはかなりアドレナリンが出るポイントである。私も額の汗がかなり増すことになった。最後の堰堤を越えるとすぐに沢を陣取り目を引く「もみじ谷ドラゴン」の登場となる。もちろん本物のドラゴン(本物?自体も空想の生き物なのだが)ではなく苔生した倒木が龍の形に見えるので皆がそう呼ぶのだ。こちらも冬は雪化粧の白龍、今はラーメン鉢でお馴染みの緑龍と言ったところか。 ドラゴンに別れを告げ沢から石の足場に変わると最後の分岐点に出会す。一応ここには手作りの小さな案内板で神社参道と売店との2択になるが歩きやすいのは右手の売店方面である。左手はその先でさらに分岐もあり、概ね参道に出るのだが比較的ロープ場やアリ地獄斜面などに出会すので登山に慣れていなければ売店方面を勧めたい。今日は私も売店方面に進み葛折りになった尾根を目指す斜面の細い道を進んだ。終盤になると草木が迫り出し足元も泥濘んだ道になってくる。尾根道に上がる少し手前に石柱がありここから数十メートルが最後の急登になる。目前に尾根が見えているのでもう登り切った!気持ちになってしまうのだが、過去2回この泥濘で足を取られ手をつき泥んこになった苦い経験がある。決して油断したつもりはないのだが2回もコケたのだ。3度目の正直…いやそうでなく…2度あることは3度ある…いやそれだとコケることは免れなくなる!…仏の顔も三度…ちきしょう!適当な格言が見つからないがとにかく「絶対に転ばない!」と声に出し言霊を信じて登った。その願いは通じ尾根筋にたどり着いた。
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金剛山・小説風「もみじ谷旅日記」第三章の前編公開!執筆の疲労感・中弛み感満載です😵本編の活動日記も同様に更新してます。 第三章 「もみじ谷をゆく」前編 「金剛の水」のベンチでしばらく休憩したおかげで汗も少し落ち着き再び出発することにした。スタートからまだ30分ほどではあるがTシャツの前面は1/3ほどが汗で濡れており背中にいたってはザックとの密着で全面が濡れていた。速乾性の高機能Tシャツでも乾く暇もないだろう。私は元々汗かきなので人一倍暑さには弱い。弱いというより特に額から出る汗が多くそれを拭う手間が嫌なのだ。その反面寒さには強いと自負している。冬季の金剛山では氷点下5、6度くらいになることもしばしばあるが、身体が動いている時ならフリースの上着一枚で充分である。とにかく今の気温は体感ではたぶん20℃くらいかと思われるが私にとっては真夏日の気温なのだ。スタートからフェイスタオル携えているが既にこちらも拭った汗で湿っていた。 林道を進みダイトレ登山口、カヤンボ登山口を通過し林道の突き当たりにあるもみじ谷の登山口に来た。林道からは一旦沢に降りて最初の渡渉となるのだがその水量に驚いた。いつもなら沢にあるいくつかの石が足場となって水面から出ているのだが、そのほとんどが増水によって水没していた。それでも水没している先に進まなければならないのでかろうじて水面から出ている足場になりそうな石を確認し2〜3歩で渡りきる筋道を立てた。一つ目の石に足をそっと置き大丈夫な事を確認するとポン、ポーンと対岸に上がった。最初の渡渉の沢幅は比較的狭い方なのだがこの先にも渡渉がいくつかあるので少し心配になった。 もみじ谷ルートは主に堰堤を越えて行くルートである。谷ルートなので両サイドには崖や斜面に挟まれた道を進むこととなる。 最初は左手に斜面を見ながら歩く。この辺りの道は砂地で濡れているが歩き易い。晴れの日でも乾いた状態になることは少ないがむしろ乾かない方が滑りにくいので好都合だ。しばらく進むと最初の堰堤を左手に進む。堰堤の左側上部には誰かが印した「1」の番号が書いてある。公共物に個人が勝ってに印を書くことに賛否はあるが私はやっぱり良くないと思う。そんなことを考えながら続いて「2」、「3」と進んで行く。正直この3つ目の堰堤を過ぎるまでの行程は似たような景色なのでほとんど印象に残らない。分岐も無くマイナスイオンの沢沿いを緊張感無く歩くので記憶が曖昧になる。皮肉にも否定的だった堰堤の番号表記で何個目の堰堤を通過したのかを知ることとなるのだ。3つ目の堰堤を過ぎると渡渉を数回繰り返しながら水々しい青々とした森をしばらく進む。すると突然開けた場所に出会す。進行方向に狼尾根ルートの取り付きを見上げ、広場の中央にケルンが積んである狼谷ルートとの分岐点だ。
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金剛山・小説風「もみじ谷旅日記」第二章公開! 皆様お待ちかねの第二章ですよ〜(誰が待っとんねん!😠)本編の活動日記も同様に更新してます。落ち着いたらこのモーメントは削除します。 第ニ章 「ガンドガコバ林道」 靴を履き替えザックを背負うと、まずスマホを取り出し先ほど見上げた空の写真を撮った。そして登山アプリを起動するとすぐさまザックに取りつけたスマホ専用ポーチにしまい込んだ。今日はもうスマホを〝使わない”と決めたのだ。 スマホの登山アプリを使い始めたのは4年前の冬頃。ツツジオ谷ルートのレポートだったと思う。自分の歩いた軌跡が記録される上に写真を撮った場所も正確に記録されるので自身の備忘録として大変便利だと思った。日記の公開を積み重ねていくうちに少しずつフォロワーが増えていった。私は割と几帳面な性格なのでフォロー頂いた方々には、ほぼリフォローし一人一人の日記も丁寧に読んでいた。外面を気にするタイプの私はこんなことにもマメに対応していたのだ。しかしフォロワー数が50人を超えたあたりから読み込みにかなりの時間が割かれるようになり、積極的にはフォロワーを増やさないようにしていた。それでも今では100人を超えた。もちろん以前ほどじっくり丁寧とはいかないが、ひと通り目を通すようにしている。とりわけよくコメントをいただいてる方を優先的に日記の内容について深くやりとりをしている。フォロワー数が1,000人超えている方々はいったいどうやって遣り繰りをしているのだろうか?…そんなこともあってか、今日の移動中に偶然ラジオから流れてきた、ある芸能人の書いた書籍にまつわるお話〝スマホを持たない旅”についての紹介はとても興味深かった。なるほど…いつの間にか私も誰からも求められていないであろう登山アプリの日記作りを意識して写真を撮っていた気がする。純粋に登山を楽しめていないかもしれないと思ったからだ。 そう心に決めて出発したのだが、駐車場を出てすぐの所の通行止めが解除されており、うっかり条件反射的に「これは伝えなければ…」とスマホに手を伸ばしポーチのチャックに手を掛けたところでハッ!とした。一呼吸置き「スマホは使わないぞ!」と自分に言い聞かせてから再び歩き始めた。 通行止めが解除されたその先のアスファルトの表面にはまだ茶色く泥の痕跡が残っていた。バスの運行のために急いで復旧作業が行われたことが伺い知れる。また所々に泥の痕跡を洗い流すかのように水が流れていた。雨水溝が堆積した土砂などで機能していないからだ。登山靴のおかげでこの程度の泥や水は全く問題なく歩けた。 歩き始めてすぐ右手に「太尾道」の登山口がある。その登山口からポーンと軽い足取りでアスファルトに着地した一人の老紳士が下山してきた。「こんちわ…」と小さな声だったが軽快な挨拶をいただいた。とっさに笑顔で「こんちわ〜」と返した。ここでも得意の外面だ。この先私が出会う人はほぼ下山してくる人だろう。私が出発した時間は正午で普通なら下山を始めるか、もしくは下山し終わっている時間なのだ。こんな遅い時間に出発しても下山まで日没前に収めることができるのは金剛山ならではである。ゆっくり歩いても往復5時間程度に収まるだろう。そんなことを考えながらバスの転回所を通過し先に進んだ。一応旧道だが国道なのでクルマやバイクの道路としての役割を担っているのだが全くもってその気配は無い。鳥のさえずりしか聞こえない静かな道を5〜6百メートル程進むと「ガンドガコバ林道」の入り口の前に来た。入り口はしっかりとした金網のゲートがあり普段ゲートは閉まっている。そのゲートの横に人が一人分通れる隙間がありそこを通過するのだ。当たり前の話だが金剛山は登山者の為の山では無い。主に林業をされている方々の山なのだ。私にとっての登山道は山主にとっては作業道なのである。普段私は土日に山登りするので山主の方々に遭遇することは少ないが、時折遠くから聞こえるチェーンソーのエンジン音が林業のそれと分かるのだ。改めて〝歩かせて頂いている”という謙虚な気持ちでゲートの前で一礼し林道に入った。 梅雨の時期になり林道脇の草木の量は確実に増していた。草木が枯れ茶色くまばらな冬季と比べると、今は覆い被さるように伸びた草木のせいで林道が狭く感じるくらいだ。旧道とは異なり所々コンクリートの舗装だったり整地した砂地だったりの道が続く。この林道の前半には景色の良い場所が二ヶ所程存在する。まず最初に出会すのが進行方向から右手後方に見える大阪側の景色である。しかし初めてこの林道を歩く人はまずそれに気づかない。林道は旧道に比べると勾配も少しだがきつくなり自然と前か地面しか見なくなる。そんな時にわざわざ後ろを振り返って景色を見る人は少ない。だから大抵の人は下山の時に気がつくことになる。私の場合、もう何度も見た景色なのであえて振り返らず先に進んだ。しばらく歩くと次の景色のポイントである「県境ベンチ」の場所に来た。ここは進行方向から左手に御所市が一望できる。ここの景色は林道での最初の休憩ポイントでもあるのでほとんどの人が見ているだろう。しかしここも横目でチラリと確認する程度で通過した。最初の休憩はもう少し進んだ所に湧き水のある「金剛の水」のベンチにしたかったからだ。県境ベンチから進むと川の流れが道沿いになる。小さな川だが轟音を響かせながら水が流れていた。前日の雨はそれ程でもなかったはずだが、先週の大雨の後も断続的に降り続いた雨のせいなのか。ようやく「金剛の水」のポイントでザックを下ろし、金剛の水で手を洗って水の冷たさを確かめた。「つ、冷たい〜!」登ってきたおかげで汗ばむ手にその冷たい水は心地よかったが、すぐに耐えられない程の冷たさであることがわかった。もちろん湧き水なので雨などの天候によって水量も変わるのだが、地中深く雪解け水も含んでいるのではないか?と感じられるほどに冷たかった。もちろん天然の生水なので自己責任ではあるがザックに携えたマイコップに水を注ぎ一気に飲み干した。口から溢れた水滴が顎に伝うが気にすることなく3杯飲み干すと息を吐き切り無言でベンチに座りしばらくボーっとした。私にとって至福の時間であった。
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3月16日再追伸 本日葛城山のパラグライダー発着場付近でさらに1本発見しました😭当時の雪と疲労で見落としていたようです。というわけで今のところトータル53本です。🙇🏻♂️🙇🏻♂️🙇🏻♂️まだ増えるかもしれません… ---------------------- 追伸 ダイトレ石柱の本数の件 ちはや園地近くで撮り損ねをもう1本発見しました。トータル52本となりました。もう全部で何本というのは自信が無くなりました。😓 どなたか知っている方いらっしゃいましたら訂正などお願いします。🙇🏻♂️ ------------------------------------------ ↓前回分 先日のダイトレ逆縦歩で取りこぼした部分のルートを塗りつぶしてきました。😅しかもこの区間でダイトレ石柱を1本発見しました。😂 …という訳でダイトレ全区間の石柱は51本でした。(繰り返しになりますが見落としによる取りこぼしもあるかもしれませんので間違っていましたらご容赦ください🙇🏻♂️)
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