としちゃん
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- 佐賀, 長崎, 福岡で活動
- 1944年生まれ
- 佐賀にお住い
- 男性
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私は2度命の危機に見舞われた。母は幼い二人の私らを育てる中、夫を亡くし悲しみのあまり乳も出なくなり、終戦直後の物資不足で私は極度の栄養失調で一歳を過ぎても立つことも出来ず助からないかもと囁かれていたらしい。母の懸命の介護で命を取り留めたらしい。 2度目は中学生の時、水泳が上手になったと錯覚していたのか!海水浴場で沖の方に泳いで溺れて、助けて頂きました。もしここで死んでいたら母の恩を仇で返すとんでもない親不孝息子になっていました。 よりもよって一人息子の私は中学生頃から登山に興味を持ち、高校生の時はテントを担いで家を空ける事もありました。母は私に山に行くなとは一度も言ったことはありません。他人から聞いた話ですが、母は「息子が山から帰ってくるまでは心配で眠れない」と言っていたそうです。登山を止める気のない私は、山で怪我も命を落とす事は絶対にあってはならないと、日山協の安全登山教室や指導者講習会、クライミング講習会など積極的に参加しました。 母は97歳ころから介護が必要となり、コロナウイルスの事もあり自宅で訪問介護士さんの助けをうけ、家内と介護しました。家族で百歳の誕生祝いをして20日目、食事が出来なくなり苦しむこともなく私の腕の中で亡くなりました。悲しみよりも母を見とる事が出来て、自分は幸せ者だと思いました。 いつも一緒に登っていた妻も山に登れなくなり、留守番をさせ本当に気の毒ですが私は登山を止めるどころか益々登山に夢中になっています。 妻や家族の「無事に帰って来てね」の言葉が私を守ってくれている思いがします。 今は目覚ましい登山装備の進歩やスマホ、YAMAPさんのインターネットの普及、いろんな方々のお陰で快適な登山が出来るようになりました。本当にありがとうございます。
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今回は気象現象と天気について投稿します。 1. 虹の写真ですが、よく見かける虹ですが、脊振山山頂からです。山頂から見たのは初めてです。しかし喜んでばかりいられません。午後2時頃に降りだした雨は土砂ぶりなりました。朝の虹は雨、夕方の虹は晴の可能性有り! 2. 滝雲の写真ですが、いつも雨になり山頂からの展望も残念な結果に成りました。 障子岩から祖母山、傾山に縦走した時は最悪でした。湧きあがった雲はみるみる間に溢れ出し、午後2時頃には霧の中、雨も降りだし暗くなり見えるのは足元だけ、こんな時はビバークするのが本当だろうが、昨年逆コースで歩いていたので、登山道の記憶がありました。この坂を登れば山小屋が有るはず、ホワイトアウトでわからない。行きすぎていることに気ずき、引き返し運良く山小屋への道標を見つけ、此処に山小屋のはず、だが見えない。足元に見覚えがあり、山小屋の前に立っていると確信ができた。一歩二歩と前に行きました。良かった山小屋です。 3. ブロッケン現象の写真ですが、高山に行かれる方は比較的出会える現象ですが、湧き上がる霧があり、背なかに太陽光を浴びる状態で見ることが出来ます。明日の天気は晴れの確率が高いようです。朝のブロッケン現象は天気は悪化! 今は気象衛星が飛び、スマホで時間ごとの天気もわかるし、GPSで現在地も分かり、便利になりました。しかし100‰では有りません。昔の人は西の空を見て天気を予測していました。西から東に天気が移って行くのを考えると道理ですね。
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山の思い出と言えば、やはり屋久島ですかね。高校生の時に20歳の記念に宮ノ浦岳に登ろうと思っていました。コツコツと旅費を蓄え、準備も整い二十歳に成りました。 夜行列車と5時間程の船旅で宮之浦港に着きました。道は砂利道です。安房川には木の吊り橋が掛かっていました。山に車道は一本も有りません。森林軌道を登って行きます。前からゴーと音が近くなると、トロッコに屋久杉を載せ、男が上にまたがり、何台も下ってきます。大迫力です。 どこで間違えたのか、かなり登ってきたのに道が無くなり、原生林の中で迷子です。現在地を知るために上を目指して登りました。苦労して尾根道を見つけてひと安心です。日暮れも近いのでテントを張りました。 無事に小杉谷集落に降りました。此処には石塚集落もあり、営林署勤めの家族が暮らし、小学校も有りました。 今度は間違わず登って行きました。宮ノ浦岳は目の前だが、焼野をキャンプ地にしました。シャクナゲが蕾をつけています。早朝に山頂に到着です。山々が幾重も見え素晴らしい展望です。今日は小杉谷の山小屋に泊まります。客は私一人です。主人に親切していただきました。次の日は白谷雲水峡から楠川に下りました。 宮之浦で土産買った店の方に安宿を紹介して頂き、600円で泊まることが出来、海の幸がご馳走でした。人情に触れた山旅でした。 2回目は平成元年に山岳会員3名で黒味岳、翁岳、宮之浦岳、永田岳の4座登ってきました。 3回目は平成7年に山岳会員21名とマイクロバスで旅館に2連泊して宮ノ浦岳と縄文杉をそれぞれピストンで日帰り登山をしました。(今は山中でテント泊は禁止です) 4回目は80歳を越して行こうと思っています。車道が山奥まで入り、便利なスマホ、登山用品の発展で快適な登山が出来るようになり、有りがたい事です。いつも気持ち良く山に送り出してくれる家族に感謝です。 写真は2回目登山のポジフイルムの写真です。長期保管でカビが付いていました。
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