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昭和51年2月、職場の7人で登った事もない久住山に登る。 小雨で牧ノ戸峠には🚙も登山者の姿も無い。 登山口で登る登らないの小田原評定をしていると、筋湯温泉方向から来たカラフルなカッパ(当時はこう言っていた。)を着た若い二人の女性が目の前を通り登って行く。 『あんな女の子も登るのだから』と後に続く。山頂でのすれ違い時に女性二人に『小屋で一緒に食事しませんか?』。(これが後々に続く縁の始まり) 久住別れの小屋に向かって下山中濃霧に巻かれ食料、防寒着も無いシャツ姿の身で1時間程彷徨う。強風と雪も降ってきて女性二人はすすり泣き、遭難死を考え始めた時に濃霧の中から二人の女神が助けに来てくれて一命を永らえた。 『この時の2人の女神に36年後にたどり着く物語は、このブログにあります。(2022/6/5版)』 以来、18年間山から身を引く。平成6年2月単身生活が宮崎市でスタートし課員全員で一泊二日の韓国岳登山。 これを第1回として令和5年11月19日で700回登山を迎えた。 しかし、この700回目の鞍岳登山の下山中、亡くなられた登山者を発見し警察に通報した。後にその方は戸島山竹林整備の仲間の剣道道場の仲間だったことが判明した。