二ノ谷管理舎から峰床山周回
尾越・二ノ谷管理舎の駐車場まではR477の百井からも随分と長い距離なのには驚いた。しかも、安曇川の支流である芦火谷川と大見川の境界の峠を越えるので、上り下りが激しいのだ。既に、百井集落までの前畑峠の登りで離合困難な急傾斜の道をやっと超えてきた後だけに、又か?とうんざりするほどであった。大見や尾越の集落では家並みは沢山あるが、かなりの家が無住と思わしき風情である。偶に畑などに野菜が育っている家もないことはないが、それほどの過疎なのだと思われる。確かに生活する上での不自由さは計り知れないものがあると思うが、それがまた、いいと言われる方々もおられるのだろう。 管理舎すぐ手前には駐車場と移動トイレが設置されていて、青い水の水洗方式である。ゲート脇から管理舎地域に入り、左の綺麗な林道から右の登山道に進んだ。緩い樹林帯の道で、今日は暑くなりそうなのだが、陽ざしが届かないので快適だ。徐々に傾斜が増したと思ったら林道に出た。この林道は八丁平のすぐ南側まで通じてるようだが、我々は林道を突っ切るように対面の斜面を登り詰めると「フノ坂峠」に到着した。此処からも八丁平へ下れるが、峰床山方面(北)へ尾根歩きを楽しんだ。左の方向の尾根はチセロ山からの稜線であろうか?何年か前に峰定寺の三本杉を見がてら登ったことが思い出された。 標高がかなり高くなったと思った頃小さなピークを捲いてコルに出て、記憶のある場所だな?と思っていると、右下に登山道が急傾斜を下っているので、ここはクラガリ谷分岐である。ここは峰床のすぐ南の展望台の所なのでピークに登ると東方と南方の山が良く見えた。すぐ脇に大きなナナカマドの木があって、一部の葉がもうすでに赤くなっているのには驚いた。青い実もたくさんが空に向かって結実している。 峰床山はそこから直ぐだが、山頂にはだあれもいない平日だ。比良山系の霊仙と権現山が良く見え、ナッチョまでは確認できた。時間が随分早いがここでランチにして、陽ざしが弱いので涼しいくらいの様子に、街に居たらクーラーの中だろうにとこの涼しさに感謝しながらであった。 オグロ坂峠へ向かうが、少し手前のコルから八丁平の北端へ下降すべくゆるい斜面を下ると、一面イワヒメワラビの群落だ。足を何処へ置くべきかを考えながら進むと、前任者のらしき踏み跡が見えだして、徐々に明確になっていつの間にか八丁平北端に到着した。周囲にはネット囲いの中に木々は密集していて、囲いの外は草原だ。鹿による囲いの内外の差異が明確だ。本当に鹿には困ったものだ。 八丁平の西端を、南に向けて進むと直ぐにクラガリ谷出合に到着すると、此処には昔、同志社の小屋があったと看板があった。今までに何度かここを通ったが、このことは知らなかった。しかし、同志社の山小屋はじつに彼方此方にあるものだと感心だ。 更に西端を進むと八丁平南端で、後は林道を歩いた後に管理舎迄の山道を下ればいいだけだと安心したものだ。林道をブラブラ歩いていると高い木々に白い花が彼方此方に咲いている。何だろうと近づくと、イワガラミだった。イワガラミの白い花のようなものは蕚片で装飾花と呼ばれている。同じような花(装飾花)でツルアイサイがあるが、ツルアジサイは3~4枚に対して、イワガラミは1枚である。イワガラミは木ばかりではなく、岩にも絡みつくらしいのには驚きだ。 林道が右に大きく曲がる所で左に新たな林道を作り始めているようだが、その左に進む新林道のすぐ右に登山道らしきものがあるので進むと、左の山側を捲くように踏み跡は続いている。すぐ下の谷は大きく崩れていて、とんでもなく大きな崩落である。遥か下まで崩れているのが見えた。怖いなと思いながら、狭まった平坦地を南方向に進む内は、この崩壊と登山道は何の関係もないと思っていたので気楽に進んでいると、道は屈曲して崩落地の方向に進むではないか?えーと思いながら、先へ行くと道はなくなって谷間迄何もなしだ。これは大変だと思いGPSで現在地と登山道を確認すると正に登山道は崩壊地の中だ。崩壊地の左の尾根の斜面を見ると、登山道が少しだけ見えて、屈曲すると崩壊地の方へ行くようなので、これはだめだと思った。この尾根を下れるかも?と植林と自然林の混ざった尾根を下った。傾斜がややきついが木々が多いのが幸いして難なく谷のすぐそばまで下ることが出来た。安全に谷底まで下れるかを見ると杉の木が谷間まで続いているのが見えて倒木もあるが、その下には出来立てのような堰堤が2個所見えたので、あそこまで下ればいいのだろうと確認出来て安心した。 下山してきた尾根は大きな谷の中尾根で芦火谷川まで200m手前で2本の支流に囲まれたものであった。傾斜がそれほどきつくないので下ることが出来たが、崩壊地のすぐ上の林道が右に曲がるところまで戻れば、二ノ谷管理舎までは林道歩きでも帰れたのだが。何時もNGなら、戻ればいいのだからと考えてはいるが、戻ったことは数回しかないのが実態だ。 堰堤からは工事用の道らしきを進むとすぐに芦火谷林道で、そのそばが駐車場であったのにはびっくりの、ドンピシャ下山であった。とんでもない崩壊地の下山であったが、終わりよければ、という感じだが、いつもいつもうまくいくとは限らないことを肝に銘じるべきハイクであった。 ”永”、”竹”、”長”






