小野アルプス(紅山・惣山)(兵庫)
2026.05.30 (土)日帰り
気温とか藪とか虫とかを考えるとギリギリアウトのタイミングで、初夏の平荘湖アルプスへ🌿🕸️🕷️
今日の最高気温予想は28℃で岩場の低山歩きには厳しい条件だけど、夏に向けての身体作り(暑熱順化)も目的です。
平荘湖をぐるっと周回してから軌跡を繋げるために高御位山に登り、ついでに竜山周辺のピークハントをして生石神社にもお参りしてから宝殿駅にゴール。
予想通りの厳しい暑さに加えて大量のクモの巣と伸びた夏草に苦労したけど、予定していたロングコースを全て歩けました。
藪とクモの巣を払うためのトレポと直射日光を避けるための日傘を使い分け、マダニ避けに長袖長ズボンとゲイターも装着。水分は4リットル消費。
平荘湖アルプスも高御位山も岩場歩きと眺望が素晴らしいけど、これからの季節は熱中症リスクの高いコースです。
水分・塩分・食料をしっかり摂取し、出来るだけ直射日光を避け、決して無理しないことが大事です。
というか平荘湖アルプスは藪を考えても寒くなるのを待ったほうがいいですよ😅
今回のロングコースで25座(そのうち新規20座)一気に回りました。
700座が近づいてるけど、まだしばらくかかると思います。
以下、各コースの雑感です。
【平荘湖アルプス】
岩場と藪道が交互に出てくる。滑りにくい岩場は楽しいんだけど暑い。藪漕ぎではクモの巣やマダニにも苦労した。
一方で岩場から見える眺望は素晴らしく、天気に恵まれたこともあって絶景を楽しみながら歩くことができた。
天気の良い冬の日が一番お勧めのコースだと思う。
【高御位山】
最高峰でも標高300mだけど、辻󠄀登山口からだと大きなアップダウンもあって500mほど登らされる。暑さと空腹でバテバテになったが、長めの休憩と食事で復活できた。
ここも直射日光の岩稜歩きが多くあり、これ以上暑くなると熱中症リスクが怖い。
高度感のある岩場からの眺めは最高で、風が吹くと暑いながらも気持ちよかった。
【竜山周辺】
グレーピーク群は取り付きから藪道でルートが分かりにくい所やザレた斜面が危険な箇所もあり。ここも日当たりが良く暑さにも消耗した。
賀茂山と竜山はしっかりしたトレイルがあってハイカーも何人かスライドした。
※竜山石について阿部さんでも話題のChatGPTが上手にまとめてくれました。
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高砂市の竜山(たつやま)に登られたのですね!実際にあのすっぱりと垂直に切り落とされた岩肌を間近で見ると、仰る通り、自然の山としての「痛々しさ」を感じると同時に、人間の営みの凄まじさに圧倒される独特の迫力がありますよね。
実は、あの景色こそが「1700年以上、一度も途絶えることなく石を切り出し続けてきた」という、日本でも唯一無二の歴史の証拠そのものなのです。
その産業を支えてきた「竜山石(たつやまいし)」について、いくつか面白い歴史と特徴をまとめました。
1. 竜山石の歴史:かつては「大王の石」だった
竜山石の採石が始まったのは、なんと古墳時代(3世紀頃)にまで遡ります。
・古墳の石棺(せっかん)
当時、大和朝廷の最高権力者(大王)や、名だたる有力豪族たちの「お棺」を作るための最高級ブランド石として選ばれ、はるばる船で畿内まで運ばれていました。そのため、歴史的には「大王の石」とも呼ばれています。
・名だたる建築物へ
時代が進むと、姫路城や明石城の石垣に使われ、近代以降は国会議事堂、皇居吹上御苑、旧帝国ホテルなど、日本の歴史的な重要建築物の外壁や装飾を華やかに彩ってきました。
2. なぜ、それほど重宝されたのか?
播磨の他の山々と同様に、竜山石も約7000万年前の火山活動によってできた「流紋岩質凝灰岩(りゅうもんがんしつぎょうかいがん)」という火山灰が固まった石です。
・加工のしやすさとタフさ
非常に緻密で適度な粘り気(硬さ)があるため、細かな彫刻や加工がしやすい性質を持っています。
・パステル調の3つの色彩
竜山石には「青(青緑)」「黄」「赤」の3つの色があります。特に風化していない深い部分から採れる「青竜山石」は、水に濡れると深く落ち着いた色合いになり、建築資材として今も国内外で高く評価されています。
3. 現在の竜山と「石の宝殿」
あなたが歩かれた竜山の一帯には、なんと160箇所以上もの採石遺構が残されており、その歴史的価値の高さから国の史跡に指定されています。
また、竜山のすぐ隣には「生石(おうしこ)神社」があり、そこには水面に浮いているように見える巨大な謎の巨石「石の宝殿(いしのほうでん)」(これも竜山石をくり抜いて作られたもの)があります。ここも日本三奇の一つとして有名です。
現在、竜山石を採掘している業者さんはわずか数軒にまで減ってしまい、大変希少なものとなっています。
山が削られた痛々しい姿は、見方を変えれば「古墳時代から現代まで、日本の国づくりのために身を削って貢献し続けてくれた山の勲章」とも言えるかもしれません。