涙の大友山
大友山
(愛媛)
2026年01月12日(月)
日帰り
娘の第一志望駄目だった。久しぶりに一緒に寝た娘が寝る前に「ママ、私はどうして受からなかったのかな…」とポツリと言った。「実力不足やね」とは流石に言えず、合格した人はあなたよりもっともっと頑張ったんだよ。後、その人達は当日力を出し切れたのかもね。と慰めるがまだまだ小さいのに肩を震わせる娘にもう何を言ったらいいのか分からなかった。勉強する背中に「じゃ、ママ山行ってくるわ」と毎週末出掛けてたのが駄目やったんやろか、「分からない」と言われて「ママも情報も怪しいのにごめん、その問題教えられんわ、先生かお兄ちゃんに聞いて」と断ってばかりだったのが悪かったのか、毎朝毎朝5つぐらい走って神社回ってたのが駄目やったのか、何のご利益もあらへんやんけ。泣く娘に「受験はあくまで通過点だと思うよ。」と自分の経験談を交えて話したけど通じたかな…。小学校、中学校と「よくできるお子さん」で頑張り屋で負けず嫌いだった私。高校も県下一の所に入り部活も勉強もまた頑張ってた私は突然病気になって高校にも通えなくなり、何回も死にかけて結局その高校は卒業できなかった。家族のおかげで何とか病気からも回復できたけどもう頑張ることを諦めた。自暴自棄になって愛媛の大学にやってきてから少しずつ人生が変わってきた。家庭を持つことができ、子どもに恵まれたママは今一番幸せなんだよ、と話した。何が良かったなんて分からない。でも、今言えるのは受験はただの通過点。夢は変わらないなんて幸せだよ、あなたが生きているだけでいい、と話した。
殆ど眠れないまま朝を迎え、寝ている娘は主人に託して山へ。本当は友人と皿が嶺の予定だったが流石にその気になれず1人になれそうで近場の大友山へ行ってみた。懲りずに麓の生目神社に参拝してからスタート。結構な急登を音楽を聴きながら登る。途中玉置浩二のファファーレの所で声を上げて泣きながら登った。めちゃくちゃ頑張っていた娘の背中を思い出し泣いた。45のおばはんが号泣しながら登山している姿を誰にも見られずに済んだ。
大友山山頂は期待通り何の展望もなく、下りに至っては泣いてる場合じゃないくらい急でロープやピンテに感謝しながら降りた。八坂寺墓地から大好きな淡路が峠を眺めることができ、少し頭を切り替えてまたトコトコ家族が待つ家路に着く。
まだ暫く落ち込む日が続くかもしれないけれど山はそこにあるから多分大丈夫。大丈夫!!