00:58
3.0 km
192 m
吉野後醍醐天皇陵のち多武峰・談山・御破裂山
音羽山・竜門岳(龍門岳)・熊ヶ岳 (奈良)
2026年03月23日(月) 日帰り
前日の高野山だけでも自分の理解のキャパオーバーだったが、翌日は吉野に行った。ここは南北朝時代の南朝が置かれたところ 後醍醐天皇の廟がある。20日に福井県永平寺町にうすずみ桜の植樹に行ったときに、そこが南朝方に深いかかわりがあることを知った。そこも吉野という。吉野という地名は全国にもたくさんあるが、この奈良の吉野が「本山」のようなもの 「ソメイヨシノ」も江戸の染井村の植木職人がエドヒガンとオオシマザクラを組み合わせて作ったが、吉野という桜の名所を取り入れて大ブレークした。それぐらい吉野は桜の名所であり、由緒深い所。根尾城で敗北し、命からがら落ち延びた新田義貞の弟、脇屋義助が根尾から一度、この南朝の都、吉野の後醍醐天皇の皇子である後村上天皇に会いに行った。 その後、多武峰(とうのみね)に行った。ここは乙巳の変(大化の改新645年)の直前に中臣鎌足と中大兄皇子(後の天智天皇)が蘇我入鹿の暗殺の計画を練った(談合)ところなので談山(かたらいやま)という。蘇我入鹿の首塚はここから西の方に行った飛鳥寺にあるし、入鹿の祖父、馬子の墓といわれる石舞台古墳も近い。また、多武峰は、大和猿楽の棟元のようなところで、ここから全国に猿楽が広まっていったという。4月13日に能郷白山も里宮の白山神社で奉納される能・狂言のルーツでもある。ぜひとも立ち寄りたかった。
