03:33
3.9 km
361 m
3.11@九份
基隆山 (その他)
2026年03月11日(水) 日帰り
🐉goto台湾 第1週 九份1日目 基隆山 2026年の日本時間「3月11日午後2時45分」は、台北発九份(きゅうふん/Jiufen)行きバス965番の最前列席で迎えることになった。 15年前の同時刻には、仙台市民として青葉区のオフィスビル2階にいた。スチール机の下で文字通り悲鳴をあげた記憶は、たとえ将来ボケても失われそうにない。 その2時45分からの記憶は混沌としている。数日は食糧難で、お腹が減った。当時の仕事は震災対応で超ブラック激務と化し、毎晩数秒で爆睡できた。そんなことは覚えている。 バス車内から、民泊アプリAirbnbで当夜のホステル主にメッセージを送った。「午後2時過ぎに着きますが、チェックインできますか? または、荷物を置かせてもらえますか?」 補助ホストの珊珊(しゃんしゃん/女性名)が「早めにチェックインできます」と即レスしてきて、キーボックスの場所を示す写真とパスワードを送ってくれた。 台北から1時間ほど、バスが九份に近づいてくると、曲がりくねった坂道が続く。山腹の斜面には古い建物が並び、メインエリアは各国の観光客で大混雑、浅草寺&清水寺状態だ。 ホステルが入る雑居ビルは朽ち果てていた。キーボックスは施錠されておらず、もらったパスワード意味なし。内部はモダンにリノベされ、バルコニーはパーフェクト美ら海ビュー。でも、外の喧騒が嘘のように無人で、がらんとしていた。不思議な宿! 🐉九份(きゅうふん/Jiufen)─── 台北の北東30kmにある、山あいの小さな町(新北市瑞芳区)。 1890年に金鉱が見つかり、ゴールドラッシュで大いに栄えたが、鉱脈が尽きると寂れた。ところが、1989年の台湾映画「非情城市」のロケ地になったのを機に、メジャー観光地に変貌。赤提灯が連なるノスタルジックな街並みと食べ歩きが大人気である。 —————————————————— 「台湾のお薦め」をAIに聞くと真っ先に挙げられるのが、この九份。普段の渡航先では希少種の日本人もウジャウジャいる。こーゆー王道ベタ観光地を、コアな地球放浪家は通常、回避する。 しかし、今回は初めての台湾旅。初フランスでシャンゼリゼ大通りに行きたくなるのと同じく「まずは九份」と決めていた。 天気がよければ基隆山(標高588m)のプチ登山を絡められ、YAMAPERにも都合がいい。 で、3月11日の台湾北部は晴れた。石垣島の冬(12~3月)は季節風のため曇天続きで、ご近所の台湾の天気にも期待していなかったから、ポジティブ・サプライズ。翌日の天気予報が微妙だったので、午後2時半過ぎから無理やり基隆山に向かった。 登山道では人けが激減する。でも、味気のない石段ばかりだ。山頂からの美ら海ビューも、野底マーペーのそれには及ばなかった。 それでも「3.11」が絡んだことで、ちと感傷的にはなった。「来年の3月11日には、どこで何を見ているのかしらん」。そんなことを思いつつ、山頂を後にした。 🐉 🐉 🐉 🐉 🐉 沖縄県都・那覇市は石垣市から410km離れていて、その距離は東京ー大阪と大差がない。LCCが飛んでいないから、本島には気軽に行けない。 これに対し、石垣市ー台北市は270kmで、はるかに近い。2025年7月には、LCCタイガーエアの定期便が(割高だけど)新規就航した。 地球放浪家の目線では、台湾は韓国と同じくパッとしなかった。近すぎて、非日常感が薄い印象。以前、メインの国際空港がある桃園で乗り継ぎ泊をしたついでに台北をプチ観光したが、未開拓に等しい。 それではマズいと考え直した。お隣様を一度じっくり放浪すべし。上記タイガーエアの就航(往復3万5千円)が直接のきっかけになった。 台湾がいつまでも自由でいられる保証はない。香港みたいに強権ならず者国家に飲み込まれる恐れが少しずつ高まっている。このキナ臭い局面で、レッツgoto台湾❗ 🐉台湾(中華民国)─── 八重山諸島のお隣様。面積は九州より少し小さく、人口2330万人。言わずと知れた半導体大国で、一人当たり名目GDPは2024年に日本を上回った。 17世紀に清国の支配下に置かれ、日清戦争を経て日本に割譲された。日本が第ニ次世界大戦に敗れると中華民国に復帰したが、中国大陸で国共内戦が勃発。共産党(毛沢東)が勝ったため、国民党(蒋介石)は1949年、台湾に逃れ、台北を臨時首都とした。 日本は1972年「中華人民共和国が中国唯一の合法政府」と認めて国交を結び、台湾(中華民国)とは断交した。現在、台湾と外交関係を持つのはバチカン、パラグアイなど12カ国だけ。 台湾では1987年に戒厳令が解除された後、民主化が急速に進んだ。1996年、初めての総統直接選挙が行われた。 ——————————————————
