獣の世界
「魚影が濃い」という言葉がある。 海や川などの水辺にたくさん魚がいることを指す表現なのだが、山を登っているときに、似た感覚に襲われることがある。 「獣の気配を色濃く感じる」といえばよいのか、自分が動物たちの住みかの真っただ中に入り込んでいるのを強く実感する感覚。 例えば「フン」。一日歩いて誰ともすれ違わないような山域の、ルートだか何だか分からない所にシカのソレが点々と大量にまき散らされていたり、おそらくはサルとおぼしき、ヒトに似たフンが転がっていたり、ときに、どきっとするほど巨大な獣のものを発見して恐怖におののいたり。 次は「鳴き声」だろう。おなじみなのはやはりシカか。甲高く響く警戒音が間近に聞こえると、彼らのエリアに入り込んでいる申し訳なさを思う。ムクドリの「ギャーギャー」という鳴き声に驚かされることもしばしばだ。自分が歩いている道の左右から聞こえる猿たちの叫びからは、“異物”が入ってきたことへの彼らの動揺を感じるのだ。 そして「気配」。がさがさと笹をなでる音や、パキパキと小枝を踏むような響きが聞こえると、一気に緊張する。気配からその獣の大きさやスピード、歩き方をイメージする。鈴を手につかんで思いっきり振ってみたり大きな声で歌ってみたりして、自分の存在を知らせる。 一番抽象的なのは、「におい」だろうか。シカのそれは分かりやすい。「近くにいるな」と確信できる、強く濃い匂い。それ以外の獣臭をかぎ分けることは自分にはできないが、例えば薄暗く風のよどんだ尾根道を登る朝に、ヒトではない何かの体臭とすれ違うと、「ああ。獣の密度が濃い…」と思うのだ。 今回はそれにプラスして、今までにない理由で、獣の世界に入り込んでいる自分を実感したわけである。 本当はテントを担いで、光岳か霞ヶ岳くらいに行けたらいいなと思っていたのですが、天候がいまいちハッキリしません。揖斐川上流のどこかに、テン泊グッズを入れて、重り代わりのペットボトルを何本か放り込んで出かけることにしました。 大垣の市街地から本巣を抜け、入定ミイラで有名な横蔵寺の辺りでのりこし峠までの道に入ります。すぐに道路の状況は悪くなり、落石が舗装面のあちこちに転がり始めます。車で行ける所まで行こうとゆっくり登っていきました。日当たりの良い走りやすい部分と、日陰の落石だらけの部分が交互に現れます。時々車を降りて落石を道の脇にどけながら、少しずつ進んでいくのですが、だんだんに厳しい道の様子となります。諦めて落石を避けつつ、道の脇に駐車して、歩き始めることにしました。 ロードでもあり、快適は快適なのですが、当然の登り。日差しも強く、いつの間にやら4kmを超えていました。途中にシカの足が一本落ちています。半分白骨化しつつも、少し体毛も付いています。上の崖からクマの食べ残しが落ちてきたのでしょうか。 のりこし峠は、なぜか大きな広場になっています。明らかに整備した跡もあり、何か憩いの場所のようなものを作ろうとしたのでしょうか。道の傍らには峠の石碑がたたずんでいます。 ステキなのは、この碑の題字を根尾と樽見という両側の小学生が書いているというところなのでした。よく見るこういう碑の題字は、だいたい地元の政治家ではないでしょうか。ご自分の業績を誇るがごとくであります。 平成5年とあります。この子たちも今はもう50歳近いのでしょうか。 樽見小学校は統合・改称を経て、ほんの数年前に廃校。横蔵小学校は平成半ばに廃校。ともに明治に端を発する学び舎は今は人々の記憶の中にしかないのでしょうが、この、両校を結ぶ峠にはその絆の跡は確かに残っているのですね。 木陰でコンビニ弁当を食したら、ここからはやっと山道です。踏み跡はほとんどありませんが、迷うことはなく、林道と併走しつつ尾根道を快適に進みます。 30分ほどで三角点の標石と朽ちて倒れた国土地理院の標木のある広場に到着です。山名を見つけることはできませんでしたが、地図によると 「高尾山」というそうです。 ここからはなんとも気持ちのよい林道です。その前に青々とした草のなびく小さな湿地が出現します。蛙の声も聞こえます。ところどころに水が残っているところを見ると、おそらく本来は池なのでしょうか。 1か所林道をショートカットして石灰岩の露出した尾根を通りますが、基本的に傾斜の少ない穏やかな道。やがて少し登り始め、息が切れてきた頃に再び三角点が現れます。こちらにはちゃんと山名札が地面に置かれていました。ここにもちゃんと三角点。そして、ちゃんとシカの歯の骨が枝葉に紛れて落ちているのでした。 「魚金山」と地図にはあります。ご丁寧に「魚」の上には「よう」とルビがふってあります。ということは、「ようきんやま」? 地面に落ちて(置いて?)ある山名札には「いおがねやま」とひらがなで表記してあります。ということは地図を信じれば「ようがねやま」なのでしょうか? 今風に普通に読めば「うおがねやま」となりそうです。かの空海の幼名が「真魚」と書いて「まお」だったり「まいお」だったりすることから連想するなら、「いお」と「うお」はほとんど同音ととらえられそうです。「いお」と「よう」は、これまた発音上は近い感じがします。「いおがねやま」「うおがねやま」「ようがねやま」と3種類の呼び習わし方があるのでしょうか。 さて、Uターンです。西を向いて歩き始めた瞬間に目の前の山並みの向こうに、見覚えのある秀麗なピークがのぞいています。伊吹山ですね。 行き来た道をたどりますが、往路のカルスト地帯は避けて、おとなしく林道を歩きます。 おっと。シカの今度は頭蓋骨であります。近くには他の骨も散乱しています。林道は先ほどの湿地帯を巻くように続いています。やはりここは池なのでしょう。 すぐに高尾山。ここからは、目の前の山並みの向こうに揖斐川の作った扇状地が望めるようになります。本巣から大垣辺りの豊富なわき水地帯です。 あっという間にのりこし峠に戻ってきました。陽も傾き始めた4時ではあるのですが、まだまだ熱いロードの始まりです。 じわじわと歩荷トレの大ザックの重さが腰に食い込み始め、硬い地面が足にも辛くなってきました。 左側には相変わらず濃尾平野の端っこがのぞいています。 ここでまたもや2頭分のシカの骨を発見! …が、なぜ行きには気づかなかったのでしょうか?崖側の縁に落石と一緒に落ちていて目に入らなかったのかな? 帰りは下りゆえあっという間と思いきや、意外と時間はかかりました。山側からは、脅かすように時折鳥の叫び声が追いかけてくるのでした。 愛車について一息。地元のお風呂に浸かったら、岐阜市内で恒例のベトコンラーメンを食べることしましょう。 登山口へのアプローチで、のりこし峠への舗装路を歩いているとき、山側の傾斜から2頭のアナグマが飛び出した。私の姿を見て、1頭はUターンをして再び山中に消えたが、もう1頭は私に追われるように、峠への道を登っていった。 相棒と別れ別れになったことを悔やむように、何度か振り返りながら反対側の道の脇に立ち止まって、どちらに行こうか迷っているようであった。写真を撮ろうと私がスマホを取り出す間に、ためらうように茂みに降りていった。 お次は、サル。 道を横切るように、今度は下から何頭か上がってきた。私の姿を認めると、急いで反対側に登っていった。遅れてきた1頭が私を見て立ち止まっているのを、先行ザルたちが呼び招いている。 高尾山近辺では、シカの警戒音が鋭く鳴り響く。池から魚金山近くまでは風が強く、涼しくて快適であったが、その風に乗って絶えず獣臭が漂ってきた。 そして、何頭ものシカの頭蓋骨をはじめとする骨たち。4・5頭は目にしただろうか。こんなにたくさんの頭蓋骨に出会ったのは初めてであった。 鈴鹿の山々を歩いていてよく思う。 あれだけシカがいるのだから、そこら中にその死骸や骨があるはずであり、頻繁でないにせよ、自分が目にする機会もあるはずだと思うのだが、それを見つけることはほとんどない。 もしかしてどこか、決してヒトの立ち入るはずのない場所に大量に埋もれているのであろうか。 今回、4頭もの、まさに「頭」に出会っていることで、もしかしたら自分は彼らのプライベートエリアに突入してしまったのかという、畏れと申し訳なさの入り交じった思いであった。







