聖岳・大沢岳・光岳(長野,静岡,山梨)
2026.09.19 (土)7日間
表紙はこのボケたような写真しかないと思った。
自分史上最長期間の南アルプス縦走
南アらしい雄大な縦走路の写真もあったが
敢えてこの山と朝日の写真にした。
この山は何か。なぜこの山か。
それには記録と共に少し語らせてもらいたい。
〈1日目〉
繋がっているシルバーウィーク
これは、長期縦走するしかない!と
すっと歩きたかった仙塩尾根や赤石聖岳間など
を繋げて歩く計画をした。
結果としてTJARのコースと同じ(スタートはスケジュールの都合上、北沢峠からだが)と計画後に知り、選手の皆さんがどうやってここを駆け抜けたのかと想像しながら歩いた。
初日は伊那市BTからバスで仙流荘へ行き
そこから北沢峠のバスに乗り換える予定が、
予定していた伊那市からのバスは平日限定ということを、前泊用の駐車場に車を入れてから気が付く
泣く泣く前日のうちに仙流荘までタクシーを予約して、なんとか当初の予定に乗せる。
行程は仙丈小屋までなので、深く考えず登ろうとしていたところを、仙丈小屋向かう方にお声がけ頂き、一緒に楽しく登る。
この日は真っ白で、山頂に行っても何も見えないため、そのまま仙丈小屋(テント場がないため、素泊まり)に行き、就寝。
〈2日目〉
この日の目的地は熊ノ平小屋
どこから行っても2日はかかるこの仙塩尾根の中間にある遠き小屋。ぜひここに泊まりたかった。
入山前の天気予報では、この日は台風の影響で朝から風雨の予報だったが、朝起きてみると真っ白ではあったものの、雨ではない!これは少しでも降られる前に進んでおこうと薄暗いうちに出発することにした。
昨日一緒に登った方が、わざわざ見送りをしてくれ、さらにパンとカロリーメイトをくれた。立ち止まる時間を最小にするため、昼はずっと行動食の予定だったので、そのまま食べられる物は本当にありがたかった。
その方は仙丈ヶ岳に登って、その後千葉の被災地支援に行かれるそうな。お互いに健闘を祈って山頂にヘッドライトの明かりを向けた。
山頂につく頃には空が白み始め、大仙丈ヶ岳からはこの先向かっていく縦走路が見え、遙か先には荒川岳が見えていた。絶対に行ってやる!という気持ちが湧く。
曇ではあったが、雨は振ってこず、意外と山々も見えていた。フルレイン装備で出発していたので肩透かしを食らった感じだったが、せっかくなので、降られる前にと熊ノ平に急ぐ。
小屋前の三峰岳(標高2999m、剱岳か!)が両俣小屋から標高700mほどの登りになるためかなりこたえた。
熊ノ平小屋には14時台に到着。雨はまだ振っていない。
小屋の方に天気予報を聞くと、15時くらいから降り出す予報になったとのこと。滑り込みセーフ!
そのかわり明日が一日暴風雨とのこと。
朝のテント撤収時が強風だと、ポールが折れる危険性があるため、小屋番さんと相談して素泊まりにさせてもらう。
この日の客はテントを含めてもなんと私一人😲
この台風でツアーのお客さんも全部キャンセルになったそうな。
この小屋は夕食の提供はないが、頼めばカレーか牛丼を出してもらえるので、夜はカレー🍛を頂いた。カレーはレトルトだが、お米は圧力鍋で炊いたご飯とのことで、うまい。ご飯のおかわりまでいただいてしまった。
静かな小屋内で雑誌を読んでいたら、私一人のためにそっとストーブを付けてくれた。
暖かい小屋だった。
〈3日目〉
薄暗い中起きてみると、風雨ではあるが暴という程ではない。
この程度ならとりあえず稜線まで行って検討しようと、出発の準備をした。
一通り準備が終わったところで、外を歩く小屋番さんに会う。出ることに少し驚いていた。どうやら停滞するものと思っていたようだ。
「無理そうだったら引き返してきてくださいね」
優しい言葉にお礼を言って、次の三伏峠小屋を目指す。
仙塩尾根は大半が樹林帯のため、風には難儀せず進むことができた。
北荒川岳辺りで樹林帯が一旦切れたが、防風姿勢をとるほどの風ではない。今日の台風さえ乗り切れば、当初の予報では台風一過で雨はなくなる。ここは頑張りどころだと、進むことにした。
塩見岳の濡れた岩は注意を要したが、雷鳥の遭遇などに心を和ませながら、三伏峠小屋へ到着。
ここで今回最初のテント泊となった。
服は濡れ、靴は完全に水没していて、かなり寒さを感じていたが、雨はほぼ止んでおり、明日に期待した。
〈4日目〉
見事快晴!
出発するとすぐに高い稜線上に見える小河内岳避難小屋。ここは絶景だとどこかの小屋番さんから聞いていたので、楽しみに進む。
到着すると、北と中央のアルプスが一望!そしてさらに大きな大きな富士山まで!
聞きしに勝る絶景と、素晴らしい天気に気持ちをよくして、営業終了して誰も来ない小屋周辺で昨日の風雨で濡れた装備を広げ、絶景を眺めながらしばらく乾かし、くつろいだ。(まだ歩き始めて2時間くらいだが(笑))
一通り乾かして、荒川小屋を目指す。
荒川前岳に取り付く頃には少し雲が上がってきたが、雲がかかる稜線もまた美しかった。
荒川小屋でテントを張り、これから毎日晴天の稜線歩きを楽しめるぞと期待に胸を膨らませて、天日干しした暖かなシュラフに包まる。
〈5日目〉
朝起きると、テントを叩くポツポツという音。
まあ、そのうち収まるだろうと、レインを着て兎岳避難小屋(小屋は倒壊して使用不能)を目指す。
だが、その後も風雨は強くなるばかり。
昨日少しだけマシになった靴もまた水没。
赤石岳を登った頃には、かなりの冷えを感じていた。こんな天気である、スライドしたのもたった2人。皆口々に「こんなはずでは…」
まったく同感だった。
あの台風の日さえ耐え抜けばよかったのではなかったのか。天気の不条理を呪った。
百間洞山の家が見えてきた頃、心は寒さに半分折れかかっていた。
かなり下るので、スルーしようかとも思ったが、めったに来れない山小屋だし、寄っていくことにした。
山小屋は改修工事中でテント場と売店のみ営業していた。
小屋番さんに天気予報について聞くと、どうやら予報が大きく変わり、今日一日雨とのこと。
明日はどうかと聞くと「明日もちょっと…」
その沈んだ表情から、明日も期待できないと悟った。
とにかく温かいものを食べようとカップ麺を注文した。ずぶ濡れなのに、小屋内のストーブ前で食べさせてくれた。
小屋に入る前は低体温になる恐れがあるなら、ここでテント泊もありかと考えていたが、これで幾分救われ、先に進むことを決意する。
だが、その決意も、大沢岳、小兎岳、兎岳の凶悪なアップダウンと遮るもののない冷たい風雨に削り取られていく。
「なんで台風が過ぎたのに晴れないんだよ…」
ずっと心のなかでつぶやいていた。
足はふやけてすごいことになっている感触がした。
ようやく兎岳避難小屋に到着。倒壊した小屋である、周囲には誰もいない。動かなくなったらすぐ震えがきそうだったので、すぐさまテントを張った。
張り終わると、予備の服に着替えたが、それでも身体が冷え切っていたのでバーナーで1時間ほど暖を取り、いつもより濃い目のウイスキーお湯割りを飲んで、就寝した。
シュラフはだいぶ湿って、何度か寒さで目が覚めた。
〈6日目〉
タイマーで目を覚ます。
外を見ると、雨こそ降っていないものの、強くガスがかかって真っ白。やはりか。
この場所はエスケープも何もない。行くしかない。淡々と準備を進める。
避難小屋は登山道より少し降ったところにある。
濡れたザックを背負って、登山道まで登る。
今日もなんとか耐えるんだ。そう思って登山道まで出た。
朝日が見えた。
ガスに覆われながらも、朝日を背にした聖岳の姿がそこにはあった。
諦めていた太陽の温かさに自然と涙が溢れ、かすれた笑い声が湧き上がってきた。
自分でも驚いた。ご来光など何度も見たことがあるのに、涙があふれることなんてなかった。
その時、自分がそれだけ辛かったんだと分かった。
そのあとは聖岳への絶望的に見える登りも
まったく目に入らなかった。
ただただ早くあの頂上に立ちたいという
その気持ちだけだった。
その後はみるみる天気は回復し、聖岳山頂からは、自分が今まで歩いてきた縦走路、山々、そして出発した仙丈ヶ岳が遠くに小さく見えていた。
ここまで歩いてきた最高のご褒美だった。
〈7日目〉
前日にウソッコ沢避難小屋まで降りていたので、ゴールの白樺荘まで時間に余裕を持って進むことができた。
畑薙大吊橋へ降る道は細く、橋も斜めになっているものがいくつもあり、気をつけていても滑るほどであった。
TJARの選手たちはどうやってこんな悪路を走り抜けているんだろうと思いを馳せながら、ゴールを目指し、午前9時ころ白樺荘へ到着。無事今回の計画を完遂することができました。
長期縦走を志したのは、かつて茶臼小屋に台風で停滞したときに、偶然意気投合した人たちの語る長期縦走が、とんでもなくカッコよく、自分もそうなりたいと思ったのが始まりだと思う。
今回、始めて涙が溢れるほどの縦走を体験した。
自分が憧れた縦走者というものに
少しでも手を伸ばしてみて良かった。