高天神六砦🏯三井山砦(三井山)
小笠山
(静岡)
2026年04月12日(日)
日帰り
八幡平の城跡の続きで、高天神城の戦いを巡るシリーズの一つです。
地図を見ても今ひとつ判然としなかったのと、農村公園周辺が工事中で規制があったことから、とりあえず走っていったところ、展望台に当たってしまいました。その先を少し下れば駐車場があったのですが、道路状況に不安があり、誰もいないこともありで、展望台下に駐車して探索してきました。桜もまだ咲いているし日曜日なのに・・・
アクセスをわかりにくくしているのは車道が頂上付近まで行っていることと、歩道も橋で平行移動することなどからでした。もう一度行きたいかというと微妙ですが・・・
砦なので山頂部分の平削地と、周囲の土塁の痕跡くらいですが、展望台からの360度ビューはよかったです。霞んでいなければ富士山が見えたのかな。
🏯三井山砦・・・小笠山砦、能ヶ坂砦、火ヶ峰砦、獅子ヶ鼻砦、中村砦とともに「高天神六砦」と称された。高天神城の南約3kmに位置し、小笠山丘陵から南に張り出した台地の末端部、標高約40mの三井山に築かれた 。南側から東側にかけては高い土塁が盛られ、東側の尾根続きには、深さは浅いものの幅が10mほどもある大規模な「箱堀」状の遺構が確認できる。築城後は、徳川家康に任じられた酒井重忠がこの砦を管轄し、高天神城への兵糧や弾薬の補給を遮断した。その結果、高天神城の将兵は飢えに苦しみ、城に立てこもる岡部元信らは苦境に陥った。なお、1580年(天正8年10月)からは、松平家忠も廻番として布陣している。第二次高天神城の戦いにより高天神城が落城すると、役割を終えたこの砦も廃止されることになった。
三井山砦の最大の強みは、その卓越した視界にある。東には広大な小笠平野を一望でき、南には遠州灘が広がる 。ここから高天神城の南側の動向を監視するだけでなく、遠州灘を航行する船団をも捕捉することが可能であった。この砦の存在により、高天神城内の武田勢は、自らの動きが常に徳川方に捕捉されているという、強烈な圧迫感を受け続けたのである。
【関連する活動日記】
楞厳寺山から🏯高天神城へ(2024年10月27日) https://yamap.com/activities/35486494