04:57
3.9 km
287 m
水晶山(豊田市稲武地区)水晶の小洞を探して3
東海自然歩道(伊勢神峠〜明智駅) (愛知, 岐阜)
2026年04月20日(月) 日帰り
この山に最初に訪れた1997(平成9)年当時、偶然ながら目にした水晶の小洞の場所については、これまでに次の事が明らかとなった。 ◾️この小洞は往路と帰路で見たが、それぞ れは別の場所で見ている。 ◾️小洞の場所については、記憶が曖昧のた め同定が困難だが、往路の小洞は「尾根 上までほんのわずか」と言った道の脇に あり、帰路の小洞はこの山体の西斜面を トラバースする道の脇(山側)にあった。 ◾️当時使ったガイドブックに当時の書き込 みが残っており、国土地理院の地図にも それがあったが、小洞までは書き込まれ ていなかった。 今回はガイドブックに書き込まれたメモ(資料①)や当時撮影した写真から、小洞の場所を幾つか推定し、再々現地を訪れた。 探索した場所は次の4箇所だが、結果としては、今回も発見には至らなかった。 【 今回の探索場所 】 1. 740m 強ピークのある尾根の西側斜面の縁 の部分。 2. 水晶山の最高点から2番目の鉄塔へ延びる 尾根の東側斜面(登山道の周辺)。 3. 水晶山の最高点から西側へ延びる尾根。 4. 水晶山の最高点から2番目の鉄塔へ延びる 尾根の西側斜面。 【 考察と今後の予定 】 結論を出すにはちと早いが、発見に至らない理由として、次の二つが考えられた。 一つ目は、当時見た水晶がすでに掘り去られた可能性も否定できない。 二つ目は、当時その場所の写真を撮らなかった事や自分の記憶の曖昧さが最大の原因だが、この山へ登った3年後に大規模な豪雨があり、その影響も無視できない。 資料②によると、この時の豪雨は、名古屋市の総雨量が568mmで、水晶山の北方10kmに位置する上矢作町でも 437mm の総雨量が観測されている。よって、この山でもそれ前後の雨量があったと推察する。 豪雨の凄まじさの一例として、この東海エリアの山では、鈴鹿山系のゲリラ豪雨が挙げられる。これは2008(平成20)年9月上旬に起こったが、資料③によると菰野町の朝明観測所で1時間当たりの降雨量が 最大125mm、総雨量が約600mm観測されている。 この影響によって御在所岳の裏登山道脇を流れる沢が山津波状態となり、日向小屋や藤内小屋が甚大な被害を被ったことは勿論、沢の様相も大きく変わってしまった(資料④)。 また登山者に人気の鎌ヶ岳も、この時の爪跡と考えられる痕跡を残している。それは山頂付近の土や砂礫が流され、特に山頂直下の北面付近などは登山道が消失し、大きな岩だらけの斜面と化したのである。 このように豪雨は、山の様相を大きく変えてしまう。数年単位ではその変化がほとんど分からないが、10年単位で見るとそれが明らかに変わったと分かるのである。これは、今回の山についても例外ではない。 以上、長くなったが、一つ目の「当時見た水晶が掘り去られた」については、一気に失望感を味わうことになるため、二つ目の山の経年変化を信じ、今年の秋頃には再びのワクワク・ドキドキ感を味わうつもりでいる。 【 駐車場とトイレ 】 車は前回と同じく国道 153 線脇の小田木展望スポットにある駐車場へ停めた。この場所は、乗用車であれば7・8台ほど駐車が可能である。 また、この場所にはトイレがないため、事前に伊勢神トンネルの足助側入口手前の南側にある公衆トイレ、 又は稲武方面へ3km ほど車を走らせた稲武郷土資料館「ちゅ~ま」で済ます必要がある。 【 有害生物 】 この山では熊の注意標識を見掛けないが、念のため、熊鈴をダブルにして常時腰の辺りにぶら下げた。 ダニについては、登山中はズボンや靴下・靴を度々チェックしたが、写真36のように最後の場所でこれにたかられた。忌避剤を登山開始前に入念に塗布したため、気付かなくとも自然に落ちたと思うが、しばらくは気分消沈だった。 【 参考資料 】 ①「愛知の100山」 あつた勤労者山岳会 編 風媒社 1989年 ②「東海豪雨20年再考」 名古屋大学減災連携研究センター 田代 喬 ③「平成20年9月の記録的豪雨 による災害について」 全国治水砂防協会 ④「藤内小屋復興ものがたり」 佐々木正巳 佐々木敏子 谷尚典 著 風媒社 2018年4月
