さようなら、自信。こんにちは、絶望。(ニセ日本ヶ塚山・日本ヶ塚山)
愛知県最東部、長野県と静岡県の県境にある辺境に、名前だけに釣られて登山口にたどり着く頃には既に若干後悔が募っていた。名古屋から片道3時間ほど、さらに途中から林道を抜ける羽目になったが故に、携帯が繋がらない場所で苔を踏んでド派手に滑ってバイクをぶっ壊す予感が常に頭の中にちらつくからだ。 到着時点で既に疲労困憊だが、来てしまったからには仕方がない。「バンガロー村 古里とみやま 様」の駐車エリアを借り、近くのポストに200円を入れる。ちなみにコンビニは数十キロ手前にしかないはずだ。現金と小銭は必ず用意しよう。 尚、スズメバチが初っ端から大歓迎してくれた。さらに麓から頂上まで常にスズメバチに追いかけまわされることをこの時は知らなかったわけだが。 駐車場の奥、登山口入り口から雰囲気が違っている。今まで登ってきた山は階段や石段が用意されているが、初っ端から滑落したような石を踏みながらテープを頼りに登り続けることになる。唯一、堆積物が足に優しいことが嬉しくもあったが、逆に言えば、堆積物のせいでひたすら似たような景色が広がっている。先人の踏みしめた道が無ければ一瞬で道に迷うことだろう。 冒頭から人がすれ違えない程の細さ、しかも外れると滑落する道を抜けると、とにかくひたすら急坂を登ることになる。一見すると「いやこれ無理でしょ?」「ヤギ専用道路か?」という角度をひたすら登っていく。だが柔らかい地面は意外にも登りやすく、気合さえあれば登れてしまうのだ。振り返るとビビるような角度であり、登る前から下りが憂鬱になっていた。 時折、平坦な道が現れると癒しであるが、すぐに新たな急坂が現れる。遥か天の上にピンクのテープが垂れているのを見ると、これを登山道だと言い張るのはあまりにも無理があると悪態をつきたくなる。生成AIなら「土砂崩れ跡」というだろう。 確かに山登りは楽しくなってきたころではあったが、あまりにも"山"過ぎだった。野菜が好き、と言った瞬間に皮つき土付きで喰わされる気分だ。間違いなく寿命を縮める心拍数だけが苦痛ならばまだよかったが、問題はスズメバチがずっとついてくることだ。まとわりついて全く離れないが故に止まって一息つくことも出来ずにいた。どうにかニセ日本ヶ塚山まで上ったころには結構な疲労ではあったが、ニセ日本ヶ塚山の山頂標識が見つからなかったが故にこのまま帰れないことを悟ってさらに奥へと進むことになった。 だが、ニセ日本ヶ塚山に至る程度で疲れているならば先に進むことは愚策であると身を以て感じることになった。 ニセ日本ヶ塚山から日本ヶ塚山は尾根を辿っていくわけだが、ロープが無ければ下ることも登ることもできないような乱高下を繰り返す。100m近く下り、100m登るわけだが、20mずつ上り下りを繰り返すのだ。初めのうちは「ワー!」だの「クソー!」だの色々思っていたが、途中から何も感じずにただ尾根を登って下ることになる。厳密には数えていないが、10回程度は登り下りするだろうか? 途中、金属製の梯子とロープが設置されている箇所があるが、これは先人の記事を読んでいたため「これが噂の!」とワクワクしていたが、さらに疲れ始めた所でもう一つ金属製の梯子が設置されていた。ついでに言うとさらに奥にも木製の梯子がある。合計三か所だった。ため息が自然に漏れ、最後の梯子は舌打ちを漏らした。 代わりに、展望台は頂上含めて三か所ある。が今は夏。草木がモリモリで景色はイマイチだ。景色なんぞに惑わされるな、というストイックな山の神のシゴキなのか? さらに、痩せ尾根が数か所あるため、足を滑らせると冗談抜きで昇天する場所がいくつもある。初めはビビっていたが、途中から何も感じずにさっさと登頂するために早足で抜けていた。慣れて怖い。 熊のフンをいくつか超えて、誰も居なかったが故に独り言で文句を言いながらどうにか登頂した。だがのんびりも出来ない。スズメバチが未だに追ってくるのだ。スズメバチは数十・数百メートル離れれば付いてこないはずだが。随分と気に入られてしまったようだ。 また、手作りの鳥居が頂上にあるとも書いてあった記憶だが、それらしきものは見つからなかった記憶だ。育った木々と同化してしまったのかもしれない。 ここまではそこそこ順調であったが、問題はここからだった。 そう、この限界体力での下りを行わなければならないのだ。 しかもニセ日本ヶ塚山へのルートは先述の通り、下りと言いつつ乱高下する尾根を越えなければならない。するとどうなるか?柔らかい地面は踏ん張りも効かずに滑りまくり、心拍数180でロープを掴んで遥か天へと伸びる道を行き、痩せ尾根の上をフラフラの頭で越えなければならない。 結果、四度ほど転んだのは良いとして、痩せ尾根で右足を滑らせて股関節を鳴らしながら大開脚する羽目になった。左の登山靴が踏ん張れなければ冗談抜きで私の肉体は山と一体化していただろう。この日、誰ともすれ違っていないことからしても、何かあっても助けは見込めないはずだ。 さらに行きと帰りで景色が違うため、似たような堆積物の景色に惑わされ、わけのわからないルートに入りかけて尾根から外れ、気が付いた時には滑落寸前であった。火事場の馬鹿力で木の幹を蹴って尾根まで戻れたのも運が良かっただけだろう。 そうして二度も死にかけて、学生時代の非人道的なシゴキを喰らった日を思い出すほどの過労を思い出しながらニセ日本ヶ塚山へ戻ったところで、そこから2km、700mの急落をしなければならない。もうそこからはリュックの中身がシェイクされまくり、買いたてのシャツは泥だらけになった。おかげでリュックの中のモバイルバッテリーが神隠しに遭い、5%のiphoneの充電を抱いてシナシナな気分で下っていく。そうしてどうにか帰還する頃には、「身の丈」という単語の意味を身を以て理解することになった。 結論として、日本ヶ塚山は手厚く整備された山々とは異なるが故、相応の経験が必要である。 先人たちは軽々と超えている印象があるが、それは彼らが経験豊富な猛者であるからで、私のような数える程度しかちゃんと山を登っていない者が「何とかなるっしょw」と突撃する山ではないと考える。 私のシナシナ気分が誰かの役に立つことを祈り、私の恥を共有する。






