下関要塞の手向山 & 四境戦争小倉口の戦いの弾正山 北九州市-2026-10-18
足立山妙見宮から移動して、手向山と弾正山をピークハント(観光)。 [手向山] 下関要塞として砲台を築いたが、使われることなく遺構として残っていた。 宮本武蔵の養子・伊織が建立した小倉碑文が有り、後に佐々木小次郎の石碑も建てられた。 展望台から関門海峡が望めるが、高木に遮られて巌流島は見えなかった。 この日は数名の見学者あり。 [弾正山] 第二次長州征伐(四境戦争)、小倉口の戦いの激戦地で熊本藩が勝利。 現在は山全体が団地で、中腹の公園に石碑が有り、そこがYAMAPのLMとなっていた。 公園から手向山が良く見える。





