柳ヶ瀬山(中尾山)玄蕃尾城跡!
賤ヶ岳・山本山
(滋賀)
2026年04月29日(水)
日帰り
ランチ後の散歩に山城としては最高水準の到達点の一つともいわれている玄蕃尾城跡(げんばおじょう)に立ち寄って来ました♪
相方は車中で待機(お昼寝タイム)😪💤
【玄蕃尾城・築城】
「賤ヶ岳の戦いの際、柴田勝家の本陣だったとされる」
しかし数々の諸説あり!
①15世紀(室町時代)豪族であった「柳ヶ瀬秀行」が築城!
②朝倉氏の家臣!疋田城主「疋壇久保」により築城!
③朝倉氏の家臣!朝倉玄蕃助景連が築城!
④天正6年頃(1578年)柴田勝家が北国街道を整備した際に、越前衆を使い築城!
⑤天正10年〜11年(1582年〜1583年)羽柴秀吉との戦いに備え、柴田勝家の家臣である「佐久間玄蕃允盛政」が築城!
天正11年、賤ヶ岳の戦いにおいて柴田勝家の本陣が置かれ、秀吉が大垣に出陣した隙に勝家軍先鋒の「佐久間盛政軍」が進撃するも、逆襲にあい総崩れし勝家は北ノ庄城へ敗走するも滅亡となった!
それ以降城は使われず、玄蕃尾城(内中尾山城)はやがて廃城となった!
【城の構造】
主郭を中心に南北約250mには巧みに連結した土塁や郭(くるわ)!東西には張出郭、腰郭があり、南側には大手口、北側には搦手口(からめてぐち)等が明確に残されている!
また石垣は無いが、空堀や土塁がハッキリと分かり、広い主郭の北側には天守閣(櫓)があったとされる盛り上がった場所もある!
馬出郭と呼ばれる場所が2ヶ所あり!
標高439mの柳ヶ瀬山にこれだけのスケールの大きい城が築かれ、現在では地元の方々によって草刈り等も行われ、遺構が良好に保たれている事から、国史跡に指定され、また平成29年(2017年)続・日本100名城の140番に選定されました!
もしも柴田勝家が勝利していたら・・・そんな天下分け目の合戦だったといえよう!
〜ロマンを求めて〜