ペトツルンベ山
神居尻山・ピンネシリ
(北海道)
2026年03月26日(木)
日帰り
本日、今シーズンで1番気温が高いらしい...
(最高気温12℃。で、低山)
大丈夫かな?思ったんですけど....
(足の負担凄そう)
山頂まで行けなくても (またぁ?) いいかな?
と、ゆる〜い気持ちで家を出ました。
ただ....気温はいいとしても
今シーズン、まだ熊の痕跡を見ておらず
(お目覚めなのは、存じておる)
耐性も整っていないので、ニューな痕跡なら
速攻撤退!と決めていた。
(戦う術を、全く備えてません)
ファイトは、時間をかければ出来ると
思うのだけど...
全ては、熊の行動と、私の心臓しだい。
なことでございました。
(熊恐怖スイッチが入りませんように!)
偵察に偵察を重ね、うんざりするほど
時間をかけたペトツルンベ山。
登頂できるのか? また撤退なのか?
どうか、思いが通じますように....
<ペトツルンベ山>
新十津川町 そっち岳スキー場より
気温 4℃ (下山時10℃)
風速 1
駐車帯 あり(2台ほど。手前に広いスペース
あり)
標高 795m
入山者 なし
熊痕跡 なし
スキーシュー、スノーシュー 、そりの
欲張りセット。
※ 昨年は4月25日に登りました。
(4月10日も偵察。その前年は違う林道からの
偵察)
・519あたりで、熊の足跡と、恐ろしい
ボイスを聞き撤退。
※ 現段階では、尾根に笹は立っていません。
雪の重さは別として、快適に雪上を歩けます。
※ ペトツルンベに続く 圧巻な険しそうな
稜線が、かなり手前から壁のように
見えていますが、細尾根ではなく、向こう側は
緩い斜度なので危険箇所はありません
(全行程においても)
※ スタートの標高が低いため、山々の南斜面
には、すでに雪がありません。
取りつきは、残雪を伺いながら決めました。
※ ペトツルンベの山頂は、標高700過ぎた
くらいから見え出します。
距離長めですが、ファイトがいるのは
最初と、最後くらいかな?と思います。
※ 砂金沢の林道を挟んで 左手にみえる
双子な尾根は かなりの指針になります。
(そちらの尾根の下がそっち岳スキー場)
※ 下山時、早々に左太ももがつり、痛すぎて
下山できないんじゃないか?と本気で
思いましたが、だましだまし なんとか
降りました。
(初めて、携帯を機内モードにしなかった
のだけど....衛星で救助を呼べるんですか?
なんかメッセージでてました。こんなの
あると、どんどん危機管理が薄れるな)
<徒然なる話>
携帯は、いつか手放すものだと思って
いるので
携帯ありきの生活をしていない。
(手放しても大丈夫に思えてきてる)
なので、生活においての重要度が
携帯にはさほどなく
もう長いこと機種変もせず、機能も活かさず
使っていた。
(この冬も、バッテリー落ち落ちだったものね)
少し話がそれますが...
人の不幸って、どこから来る(始まる) の
でしょう。
(みんなが、まるで自分と同じなら、なんら
不幸は感じない。こんなもんだと諦められるし
むしろ、みんなも頑張ってると励まされる)
小さな子どもは、どんな環境だろうと
不幸を感じません。
物心がついて...周りが理解できるように
なり
他人と自分を比べられるようになって
人は初めて、不幸を感じるようになります。
(なことに、考えが行きつきました...
世の中に1人なら、たぶん一生不幸は感じない)
異常ともいえる情報過多なこの時代
否が応でも、他人と自分の違いを感じ
自己肯定感や幸福感が、少なからず
失なわれているのではないか?と思います。
(もっと幸せに生きられるのに....)
自分を生きる。ということが
こんな世の中じゃ出来ないんじゃないかな....
と思うわけです。
意味のない寄り道から、話が戻ります。
(徒然なる話なので....)
先日 帰ってきた二女に、なかば強引に
携帯屋さんに連れていかれ
口を出すな。と、
新しいiPhoneを与えられました。
(要望も聞かれず、あっという間の出来事)
バッテリーが回復したのと...娘の好意と労を
考えて
携帯活用をしてみたというわけです。
(ま、活用言っても 機内モードを解除した
ところで、携帯の音量を入れたことがないので
どちらも静か。ではある)
何か予期せぬことがあったら(怪我等)
ソリにカラダを縛りつけてでも、林道まで
辿り着こう。
という、私なりのリスク管理なソリも
携帯には敵わぬ。ということがわかりました。
どんなに奥深い山に入ろうと、携帯を
手に取れれば
簡単に位置情報を知らせて、救助を呼べる。
これはもはや里にいる感覚ではなかろうか。
こうやって、山はどんどん気軽に簡単に
つまらなくなっていくのか....