02:30
3.8 km
585 m
兜山より愛をこめて
兜山 (山形)
2026年04月21日(火) 日帰り
雪があるうちに登る計画で、結局登れないままだった兜山。 なんでも上杉家の筆頭家老である直江兼続が秀吉から直々に所領を与えられた米沢の地に赴任した際に登り、米沢治世の案を練ったと言われているのがここ、兜山だそうです。 米沢人に愛される「かねたん」のモデルなった直江兼続 その兼続の由緒の残る兜山は米沢市民の山なのかなと思ったが、どうもそうではなく、「なでら山」がそれに当たるようだ 美しい桜のある登山口から登り始め、涼やかな杉林の中の道を歩く それが終わると、沢筋を歩いたりトラバースしたりになった なるほどこれは子どもが遠足で登るような市民の山とは言えないな やがて急登ゾーンになった 尾根に上がり、さらに山頂に向かう。 土の登山道は足がかりが少ないため、壁のようになって登りにくい 下りは大変だろう (実際、二度滑った) 長く続く急登に兜を脱ぎたくなる いやーキツい 市街を離れ、山間部にあり 標高も1200mと手頃とは言えない それでこのキツさである これは市民の山なんかじゃないな 兼続が登った山…そうだな、猛者の山だ笑 ようやくたどり着いた山頂 米沢の町を見渡し、400年前に思いを馳せた 上杉氏はその後、関ヶ原の戦いで西軍側につき北上し、東軍の最上・伊達勢と慶長出羽合戦を戦った 上杉軍が負けたと言われるがそれは正確ではない 関ヶ原において西軍が呆気なく敗れたため、撤退を選んだのである 兼続の撤退戦は凄まじく、むしろ名を高めたと言われる そして上杉家は徳川家康に領地を没収され、兼続の所領だった米沢に移った 米沢の町、遠く飯豊を眺める 雪を冠して美しい 兼続は 「国の成り立つは民の成り立つをもってす」 と言ったという 世界がそうあって欲しいものです 後は兜の緒を締めて下山開始 それでも二度滑って尻もちをつきました 滅多にないんだけどなぁ照 今日も無事、下山できてありがとうございました😊
