玉野市 自然環境体験公園~児島湖岸~両児山+渋川 ヌー&ミサ😮😍
金甲山・怒塚山・十禅寺山
(岡山)
2026年02月01日(日)
日帰り
【玉野市 自然環境体験公園周辺はヌートリアの生息地】
この日の出発点は、玉野市東七区にある児島湖流域下水道浄化センター横に併設された自然環境体験公園です。
浄化センターの下水処理水を再利用した公園には、せせらぎの水路や滝、野鳥の観察小屋など、自然に触れながら体験学習できる施設があります。
この日は、なぜか園内でジョギングをする子供たちとその保護者らしき大人の姿がありました。
出発してからまず最初に園内を散策することにしました。
シロハラやシメなども見られることがありますが、今回まず聞こえてきたのは、カワラヒワの親分のビーという地鳴き。
親分はスズメより少し小柄ですが、我が家の周辺では向かうところ敵なしです。ヒヨドリの群れを1羽で蹴散らし、ハシボソガラスにもタイマンで勝てます😮
縄張り意識が強いのか、そこにいるというだけで他の鳥に飛び掛かって追い払ってしまうので、彼らがいるということは、他の鳥がいない😅
オオカワラヒワ<写真05>はいましたが、おとなしかったです。
湖沼のゾーンの小さな池にはオカヨシガモのメス<写真07>がいました。ここで「何狙いですか。」と二人組に声をかけられました。
野鳥撮影に来られたそうですが、お目当てはいない模様。我々は待ち伏せ型ではなく行き当たりばったり派で、生き物なら何でもいいので、少しお話して公園を後にしました。
北の七区貯水池に向かって公園の西側を歩いていると、突然、2匹のヌートリアが陸地に上がっている姿<写真09~11>が目に飛び込んできました。
3m程の距離から観察でき、もうこれだけでも満足です😊
橋を渡り堤防下の舗装道路を歩くつもりでしたが、工事中につき北東方面が通行止めだったため、戻って自然環境体験公園<写真01~08>のすぐ北の低い草が生えた道を進みました。
しかし、キンカン<写真15>撮影地点の北東で前方がヤブになり、引き返しました。
通行止めの表示から土手を登り堤防の上に出ると、イノシシ罠があり、強い風が吹いていました。
高さ数十cmの草は茂っていますが、踏み跡をたどっているとすぐコンクリートの護岸になり、草がたまに当たるものの、普通に歩いて児島湖西畔の舗装道路に出られました。
児島湖沿いを南南東に向かって歩いていると、またしてもヌートリアが😊
今度はなんと、3匹もいました。優雅に泳いだり、石の上で毛繕いをしたりと可愛い姿<写真27~32>も見られました。オオバンとのコンビもなかなかでした😊
ヌートリアは南アメリカ原産の大型の齧歯類(げっしるい)で、一見するとカピバラにも見えます。
元々は毛皮を採取するために世界各地に移入されましたが繁殖力が強く、その地域における生態系に大きな影響を与えています。
岡山県はヌートリアの生息数が日本一といわれ、この児島湖周辺にもたくさん生息しています。
稲や野菜や果物などが食い荒らされる被害が多数報告されており、農家にとって大きな脅威となっています。
環境省により特定外来生物に指定され、駆除対象です。
玉野市でも農作物被害、生活被害等で困っている場合は、個人の敷地、農地を守る場合に限り、狩猟免許がなくても小型鳥獣を捕獲することができると規定されています。
そんな害獣指定を受けて悪者扱いされているヌートリアですが、我々が目撃した個体は天然の植物を食べており、人に害を及ぼしている風には見えませんでした。
むしろ、その愛くるしいしぐさに、しばらく時を忘れて見入ってしまいました。
我が家ではそんなヌートリアに親しみを込めて“ヌー(ちゃん)”と呼んでいます。
岡山市南区の藤田では、用排水機場吐出水槽に描かれるなど身近な愛すべき生き物のようで、共存は可能かもしれません。
【児島湖上空で強風にあおられるミサゴたち】
児島湖西畔の舗装道路を歩き始めてほどなく、超望遠レンズを取り付けた一眼レフのカメラを三脚にセットし、椅子に座って本格的にバードウォッチングを楽しまれている方にお会いしました。
ご挨拶すると、またしても「何狙いですか。」
狙うという発想はないので、歩きながら見つけたら撮ります。この時期はまあ、カモやオオバンなどの水鳥が多くはなりますが。
その方は児島湖の水鳥よりも上空を飛び交う猛禽類に関心があるようで、なんちゃって猛禽類ファンの我々にミサゴの話をしてくださいました。
また、お勧めの場所と見られる野鳥の情報交換。我々がお役に立てたのは阿部池にカモが戻ってきた話くらいでしょうか。
そのうち、この日撮影されたミサゴがダイブするシーンを見せてくださり、ハヤブサがコアジサシの頭を文字通りわしづかみにして飛んでいるシーンの自作名刺を我々にくださいました。
さすがに1,800mmの望遠レンズを使っているだけに、コアジサシの頭やハヤブサの足が明確に写っており迫力がありました。
アマチュアだそうですが、写真をネットで公開されており、帰宅後に確認してみるとフォロワーもなかなかの数でした。
SNSはやっていないので、中身はほとんど見られませんでしたが😅
ちなみに、ハヤブサは世界最速の空中ハンターといわれ、2020年版の岡山県のレッドデータブックでは絶滅危惧Ⅱ類、コアジサシは絶滅危惧Ⅰ類の貴重な野鳥とされています。コアジサシのほうが少し希少種のようです。
ハヤブサは、某山でお気に入りの岩で食事中のところを邪魔してしまったらしく、ご馳走をぶら下げたまま周辺を飛び回ってキーキー鳴いているのを目にしたことがあります。
ミサゴは猛禽類の中ではトビに次いでよく見かけるほうですが、おとなしく止まっているか、餌を横取りしようとするカワウに追いかけられて逃げているかです😅
「そうなんですよ。どうぞ、お先にみたいな。すぐ諦めますよねえ。」
猛禽類らしく、カッコよくいてほしいというのはファンの願いでしょうか。
そして、なぜこの場所を撮影ポイントにしたのか、明かしていただきました。
ミサゴなどの猛禽類が西風に乗りこちらに向かって羽ばたく(ホバリングする)シーンが見やすい位置だからとのことでした。
会話が弾む中、連れが「あれは・・・。」と気づくと、「ああっ、ミサゴです!」即座に撮影開始。
こちらを避けて北に飛びたいのに、向かい風でなかなか進めないようで、まるでホバリングをしているかのように、しばらく近くの上空で羽ばたくシーン<写真19,20>が見られました。
「空飛ぶ漁師」といわれるミサゴの児島湖へのダイブが見られるかと期待しましたが、この水域にたくさんいたボラがその瞬間は水面上を跳ねなかったこともあり、あおられて微妙に西寄りに流され、結局そのままさようならー😅
そんなちょっと気弱でお茶目な「空飛ぶ漁師」に敬意を込めて“ミサちゃん”と呼びました。
この後、さらなるサプライズが😍
今度は茶色っぽい猛禽類が突然、我々の前を横切っていきました。
「ハイチュウ、の、メス!」
「わあーっ、ハイチュウ、ハイチュウ!」
つられて連れと一緒に連呼し、ふと気づく。ハイイロチュウヒって略したらハイチュウになるんやってツッコむの忘れた😅
ハイチュウは風に流されるように飛び去っていきました。一瞬の出来事で撮影する間もありませんでした。
「初めて見ました。」😍
「運がいいですねえ。腰が白かったでしょ。ハイチュウのメスですよ。」
一見するとチュウヒとは見分けがつきにくいですが、腰の白色部がより幅広です。それにしても、よく瞬時に判別できますね😊
準絶滅危惧種のハイイロチュウヒという願ってもみなかったおいしいとこどり(鳥)ができたので、八浜町にある大乗権山(だいじょうごんざん)に登ると宣言しここでお暇しました。
【宇喜多VS毛利 「八浜の戦い」の舞台となった両児山】
堤防の上は予想以上の強風で、ヨシガモなどを見ているうちに、もう今日はこんなもんでええかという気分になってきました。
大乗権山(だいじょうごんざん)の北北東にある小丸山で引き返そうかと連れが提案。
しかし、両児山(ふたごやま)<写真48~50>に向かう舗装道路の入り口を見たとたん、二人とも両児山でええか😅
何度も訪問したことがあり、下調べなしでも大丈夫なので、両児山公園への舗装道路をスタスタ。
南北に二つの峰があるひょうたん島のような山の北峰が八浜八幡宮などがある青龍山<写真35~47>、南峰が両児山(ふたごやま)<写真48~50>です。
まずは公園の端にある三角点<写真34>を確認し、先に青龍山へ。
八浜八幡宮<写真35,36,38,39>は岡山藩主池田家が代々崇敬した神社で、第3代藩主・継政公直筆の絵馬が現存しています。
一方、境内社の快(こころよし)神社<写真37,40~44>は、享保14(1729)年、児島湾に流れ着いた音楽の聞こえる不思議な材木を割った際、中から現れすぐに消え去った衣冠束帯の老翁を祀ったのが始まりだそうです。
岡山藩池田家が代々子宝祈願をしてきた神社で、本殿軒下には、男女を表す天狗<写真40>とお多福の彫刻<写真42>や二股の大根と鼠の見事な彫刻<写真41>などがあります。
北峰の青龍山<写真35~47>と南峰の両児山(ふたごやま)<写真48~50>を合わせて両児山(八浜)城跡といい、南郭には全長140m、幅5m、深さ0.5〜1.5mと、岡山県随一の規模を誇る横堀<写真49,50>が見られます。
横堀を渡る木橋が立ち入り禁止になっていたので、初めて横堀の中を歩き、数か所、鍵状に曲がる所があるのに気づきました。
この両児山城は、天正10年(1582年)の八浜合戦の舞台となりました。
天正7年(1579年)、宇喜多氏は毛利氏から離反して織田家重臣・羽柴秀吉の傘下となったため、毛利氏と激しく対立するようになりました。
そのため宇喜多直家は毛利氏の攻撃に備えて、天正8年(1580年)、養子であった基家(もといえ)に両児山城(八浜城)を築かせました。
しかし、天正9年(1581年)に直家が没すると、毛利元就の三男・小早川隆景(たかかげ)は児島郡制圧のため常山城に進出、対する宇喜多氏は、宇喜多基家を総大将に両児山城を本陣としました。
毛利軍は両児山城攻略のため、毛利元就の四男・穂井田元清(ほいだもときよ)を大将にして常山城と両児山城の中間点にある麦飯山(むぎいさん)に陣城を構えました。
天正10年(1582年)2月、麦飯山近郊で小競り合いから本格的な合戦(八浜合戦)に発展、総大将基家が流れ弾で討ち死にしたため、宇喜多勢は両児山城へ退きました。これを八浜総崩れといいます。
毛利軍は両児山城を包囲しましたが、八浜七本槍と呼ばれる宇喜多の家臣たちの活躍と、参戦の構えを見せた羽柴秀吉の動きもあり、結局、撤退しました。
その後、羽柴氏と毛利氏の和議によって毛利氏と宇喜多氏の領土境界が確定し、城の重要性も薄れ廃城となりました。
現在の城跡はそんな激しい合戦があったことを微塵も感じさせないぐらいの静寂な空間となっています。
今年の1月2日の箱根駅伝で「シン・山の神」の称号を得た黒田朝日さんが、玉野光南高校時代にこの両児山でトレーニングを積み、山の神への階段を駆け上がっていかれたのかもしれないと想像が膨らみました。
戦国時代から令和の時代を紡ぐ両児山の隠れたパワーに触れたような気分になりました。
【渋川の「レストラン サンセット」でランチバイキング】
予定変更でゴールの自然環境体験公園駐車場に戻ったのは12時頃でした。
そこで、玉野市渋川にあるダイヤモンド瀬戸内マリンホテル内の「レストラン サンセット」で昼食をとることにしました。
以前はホテルの駐車場はレストラン利用者も無料だったのですが、宿泊客以外は2,000円になっていました😮幸い、側に玉野市営観光駐車場があり、1時間毎100円でした。
「レストラン サンセット」では、日曜・祝日の11時半~14時半(ラストオーダー13時半)にランチバイキング<写真52~55>が提供されています。
大人一人2,200円で約40種類の料理が食べ放題となっていました。
12時40分頃に入店しましたが、満席になることはありませんでした。
入店は13時半までですが、14時前には料理名のプレートがすべて片づけられ、なくなった料理もありました😅
キッズコーナーがあり、フライドポテトや唐揚げなどが用意されているので、未就学児のいるファミリーもおられました。
肉はチキンナゲット、チキン南蛮、唐揚げは普通のと衣がピリ辛のものの2種類、フライドチキンと鶏尽くし。肉の味もよかったです。
豚肉は豚まんだけですが、角煮は肉の味が強くて激ウマでした。
野菜料理が少ないのが残念ですが、全体的に岡山県民好みの薄味でおいしいです。
実演料理は皿うどんで、注文してから目の前で普通のうどんを揚げてくださいます。ただし、14時前には担当の方がおられなくなっていました😅
食後には渋川海岸に出てみました。相変わらず風がきつく、波を見た連れが「瀬戸内海、荒れてんなあ。」
冬の日本海を知っている者からすれば穏やかに見えますが、ゆったりとした波が「ひねもすのたりのたり」しか見たことのない連れは、荒れていると断言😅
瀬戸大橋や香川県の山などを写真や動画に撮りましたが、ほんの2,3分でアカン、帰ろう。気づけば、浜辺は「そして誰もいなくなった」😅
強風は予想外でしたが、おかげでミサゴに会え、早めに切り上げたのでランチバイキングも楽しめました。
そろそろちゃんと山に登ろうと思いつつ、毎週ゆるゆるコースですが、まあええか。次もゆるゆるやろな😅