轟々たる罠
倉岳山・高畑山・九鬼山
(山梨, 神奈川)
2026年04月25日(土)
日帰り
※今回は、shuさんとのコラボ企画となります。
4月もそろそろ終わる。
来週からは事実上の連休に突入すると言うが、ころころ天気が変わる為おいそれとお山に行けるようには思えない。
とは言え目の前に夏が迫り、今夏の冒頭に笹山への攻略が控えている。
そんな中、ティガレックスより何処か行きたいと強請って来た……。
厳冬期に三毳山に引き篭り続けて来たが、あくまで練習に使ったのは林道の多いお山で、完全な山路や急登で同じような歩調速度を維持できるとはとても思えない。
そこで今回は、前から行ってみたいと思っていたとあるお山へ行く事にした。
それは、「秋山山稜」。
道志山塊のうち最も北側に連なる領域で、桂川や甲州街道を挟んだ対岸には百蔵山や扇山をはじめとした日連アルプスが対峙している。
この秋山山稜の真下を、中央新幹線(リニアモーターカー)が1分足らずで走り抜ける。
今回そんな秋山山稜の完全縦走へ、ティガレックス、金雷公ジンオウガと共に挑むこととなった。
降り着いたのは、上野原市河川公園。
早速登り始める……。
秋山山稜完全縦走は、上野原駅から猿橋駅まで続く長大な縦走路で、まるでナイキの公式商標の如く反り返った山塊の稜線を辿り合計27座のお山を越える事になる。
したがって筑波連山のように片道切符のシステムであり、大月市運動公園と上野原市河川公園の各駐車場にそれぞれ車を停めるか、JR中央本線を使って開始地点に戻る。
上野原市街地を少しだけ歩き、猪よけの柵を通ったのちまず行くのは鶴島御前山。
最初から著しい急登で、ざれた坂に脆い岩屑のロープ場が連続し、容赦なく足の力を奪ってくる。
筑波連山と違って行程のほとんどが山路で、林道区間はごく僅かの為ほぼ急登を登り下りしなければならない。
ざれた急登をしばらく登っていくと、小さな祠が見えて来た。
そこからは少しだけ緩やかになるが、全く景色が見えない樹林帯の中をだらだら登っていく都合上精神的に結構蝕まれる。
そんな緩やかな稜線を登り詰めると、最初のお山である鶴島御前山に着いた。
主に北側が開けていて、眼下には上野原市街地を一望し、その向こうにはどんよりとした雲に包まれた扇山が覗かせていた。
鶴島御前山を後にして、次に挑むのは高柄山。
鶴島御前山の直下の稜線から高柄山自体は見えているものの、その目の前にはかなり深く切れ込んだ切戸のような峠がある。
所謂新矢野根峠であり、ここから約200m近く下ってしまう。
ざれた激下りを一気に下降する。
岩屑は非常に脆く、ロープもまともに固定されておらず足をとられたらそのまま谷底まで転がりそうな勢いだった。
ざれた激下りを下りていくと、暗い樹林帯の中に突入した。
最低鞍部には枯れた沢があり、おそらく夏頃になると水が流れるのだろうか……。
最低鞍部から今度は高柄山へ向かって長い登り返しになる。
急登を交えながらじわじわと登り返していく。
木の根やざれた小石がたくさんあり、なかなか足が進まない。
だらだら登っていくと、程なくして新矢野根峠に着いた。
ここには休憩所が設けられていて、いったん水分補給とする。
新矢野根峠を越えて、さらに登り返す。
いつまで経っても高柄山が見えて来ない…さっきの鶴島御前山では目の前に見えていただけに、想像以上に長く厳しい。
高柄山に近づくにつれてどんどん急登に変わっていき、額からは滝のような汗が流れる。
長い急登をなんとか越えると、ようやく高柄山に着いた。
高柄山は山梨百名山に入っているらしく、立派な標識と三角点が埋まっていた。
高柄山を後にして、さらに進む……。
次に向かうのは、本日の縦走路の最高地点にあたる倉岳山。
しかし、高柄山から倉岳山まで当然近い筈もなく、その間にも無数の小峰や峠があり容赦無く体力を掻っ攫っていく。
高柄山を駆け下りていき、小刻みな登り下りを越えると千足峠が出て来た。
現在の千足峠はさらに西側に行ったところにある林道にあたり、そこへ至る道も何度も無名峰を越える為どんどん体力を奪われる。
短い急登を越えると、林道にぶち当たった。
林道は一瞬で通り過ぎ、今度は反対側にある泥濘んだ法面を一気に登っていく。
ロープが垂らされているが、ぬるぬるの坂がこれまた足をとられて厄介。
法面から急登をだらだら登って行くと、程なくして大丸に着いた。
大丸を後にして少しだけ下りて行くと、今度は大地峠に着いた。
大地峠のすぐ近くには、さっきの林道が大地峠隧道を経て真下を貫いている。
大地峠隧道の真上部には分岐点があり、そこから南側へ少しだけ歩くと甚之函山へ行くことが出来る。
大地峠隧道直上分岐点に荷物を置いて、手ぶらで甚之函山を往復する。
そこまで急ではないものの、あまり人が踏み入れていないのか若干荒れていて思いの外きつい。
小刻みな登り下りを繰り返すと、程なくして甚之函山に着いた。
稜線上からは雲に隠れた御正体山などが望めるが、まだまだ雲は取れない。
このまま行くと、倉岳山も九鬼山でも結局富士山を拝むことは出来ないと思われる。
甚之函山を足早に発ち、大地峠隧道直上分岐点から更に西へ進む。
この辺りから少しずつ倉岳山に近づいているらしく、概ね登り基調となる。
しかしこの間にも無数のお山や峠を越える為、どんどん足の力が無くなっていく。
いくら春とは言え、もうすぐ初夏。
稜線上は目の保養とも言えるような新緑が一面に広がり、それだけでも充分爽快感のある縦走路に見える。
緩やかな稜線を登っていくと、矢平山に着いた。
新緑に包まれた緩やかな稜線だが、もうこれまでにそこそこの距離を歩いてしまっている以上、さっきまでの景色を楽しむ余裕はなくなって来た。
矢平山を後にして、また急な下りを抜ける。
鞍部から再び登り返すと、今度は丸ツヅク山に着いた。
丸ツヅク山を駆け下りていき、長い激下りを越えると寺下峠が出てきた。
この辺りからいよいよ倉岳山を示す標識が出てくるようになり、少しずつ近づいていることを実感できる。
しかし、倉岳山がそんな簡単に登らせてもらえるような甘ったるいお山ではないことは大体想像がついた。
寺下峠から、概ね倉岳山へ向かって長い登り基調となるが、それでもまだたくさんのお山や峠などを越えなければならない為、どうしても体力を奪われる。
寺下峠からじわじわと登り返していくと、程なくして舟山に着いた。
この辺りも新緑の稜線が続き、いかにも初夏に近づいていると言う感じがする。
舟山から急な下りを経て、今度は鳥屋山へ向かう。
地形図の投稿線にも描かれないようなごく小さな無名峰が幾重にも連なり、ただ歩いているだけで容赦無く足の力が無くなっていく。
無名峰をなんとか越えて、少しだけ登り返すと鳥屋山に着いた。
この辺りから木々の合間からいよいよ倉岳山が覗かせるようになり、まるで壁のように聳り立つ姿は最早絶望でしかない。
眼下にはどんよりとした雲に包まれた大月市街地が見え、何処か悍ましい雰囲気が漂う。
鳥屋山を後にして、更に進む……。
緩やかな稜線を下りていき、僅かに登り返すと今度は細ノ山に着いた。
もう目の前には倉岳山が見えている。
しかし、そこへ続く道はいったん下ってかなり登り返す。
細ノ山を後にして、少しだけ下りて行くと立野峠が出てきた。
ここから倉岳山へ、比高約200mの急登。
数値上では大した事ないが、ここにも小さな無名峰がいくつかある為実際には数値以上に登り返す事になる。
壁の如く立ちはだかる急登に取り付く……概ね樹林帯の中を葛籠折れに登って行くが、上に行くにしたがってがれ場が目立ち、足をとられる。
勾配がどんどんきつくなり、足がもつれて言うことを聞かなくなってきた。
上から人の話声が聞こえてはくるが、全く山頂など見えて来ない。
もつれる足をとにかく動かし続け、登り始めてから5時間経つ少し前遂に倉岳山の山頂にたどり着いた。
ここも山梨百名山に入っているらしく、比較的広い山頂には標識のほか長椅子や三角点が置かれていた。
ここで水分補給とおやつを少し口に放り込み、休憩時間とした。
行程自体はここまでで約半分...厳密に言うと距離で言えばまだ半分にすら達していない。
倉岳山を後にして、さらに次へ進む。
ざれた長い激下りを一気に駆け下りていくと、穴路峠に着いた。
ここから今度は、高畑山へ向かって登り返していく。
穴路峠から少しだけ登り返すと、程なくして天神山に着いた。
天神山からは再び長い急登となり、どんどん疲れてくる。
いくら倉岳山にて休んだとは言え、足の疲れがその程度で解消されるなら苦労はしない……。
だらだら縦走路の中を登っていくと、高畑山に着いた。
高畑山にて足を休ませるが、まだ自分は知らなかった。
秋山山稜はここから先が本番であることを...。
高畑山から少しだけ下りていくが、その先には目を疑うものがあった。
そこには極細の岩稜があり、両側は鋭く切れ落ちている。
大した距離ではないが、まるで戸隠山の蟻の塔渡りの如く痩せた岩尾根は非常に危険極まりない。
樹林帯の中だからこそそこまで怖くはないが、これがアルプスのような高い所の稜線だったと考えると身の毛がよだつ。
極細の岩稜を渡り切ると、少しだけ登り返して下りたのち、再び長い急登が出てきた。
一気に足がもつれるが、此処で音をあげているようでは猿橋まではどう考えても辿り着けない。
長い急登を登り切ると、大桑山に着いた。
大桑山にて少しだけ休み、取り敢えず鈴ヶ音峠へ向かう。
長い激下りを経て、少しだけ登り返すと突坂山に着いた。
突坂山から更に下りていくと、程なくして林道が見えてきた。
どうやらここが突坂峠であり、そこから少しだけ林道を登り返すと鈴ヶ音峠へ行くことができる。
突坂山からいったん荷物を置いて、本日2回目の寄り道となる鈴ヶ尾山を往復する。
概ね緩やかな稜線を登るだけだが、少しの登りすら急登に思えるほどで、相当脚に負担がかかっていることを窺わせる。
短い急登を越えて、緩やかな稜線上を歩いていくと鈴ヶ尾山に着いた。
深い樹林帯の中にある為、小さな標識がひっそりと掲げられているだけでほとんど景色は得られない。
長い坂を下りていき、鈴ヶ尾山を後にする。
ざれた鞍部まで下りていき、突坂峠にて鞄をを回収して少しだけ林道を歩く。
林道より崖を覗くと、括罠に掛かった鹿が崖下で暴れていた……。
砂利道を歩き続けると、程なくして鈴ヶ音峠に着いた。
此処へきて、いよいよ標識に九鬼山の文字が出てきた。
つまりこれから挑むのは九鬼山である。
しかしこの鈴ヶ音峠で大体700m。
此処から九鬼山へ向けて、ざっくり東京タワーひとつ分程度は登り返す必要がある。
比較的緩やかだが、ざれた登りのため一歩登ると半歩はずり下がる。
結局急登と変わらないような登りとなり、あっという間に足がもつれる。
だらだらと長い坂を登っていくと、桐木差山に着いた。
そこから僅かに下りて登り返すと、今度は高指山に着いた。
この辺りからどんどん登りがきつくなり、少し登るだけでも足がまともに上がらなくなって何度も立ち止まってしまう。
無理やり登ろうとしても痙攣を起こす為、どんどん失速してしまった。
長い急登をなんとか登り返すと、遅沢山に着いた。
もうすでに正午を超えていて、刻一刻と日が傾いてきていた。
出来ることなら、最低でも日没までには下りておきたい。
なんなら夕暮れ時には猿橋の運動公園まで完走したい。
頭ではそう思っていても、脚は全く言うことを聞かない。
まるでこれ以上歩きたくないと拒絶されているような気分である。
遅沢山からざれた坂を下りていき、さらに登り返していく。
無名峰を一度越える為、容赦無く足が疲れてくる。
この調子でいくと、いつ膝が壊れるかわからない状態でもある。
太腿の裏もかなり突っ張っていて、脹脛もかなり痛み出してきた。
鞍部から樹林帯の急登を登り返すと、なんとか大ビラ山に着いた。
目の前には九鬼山の稜線が続いているが、最早これですら壁のように見える。
実際は非常に緩やかな坂を登るだけなのだが、ここまで歩き通していると足がもつれて僅かな登り返しすら急登と同じような感覚になる。
少しだけ下りていき、樹林帯の坂をどんどん登っていく。
日はどんどん傾いていて、少しずつではあるが三つ峠あたりに沈もうとしている。
そこからだらだら登り続け、時刻は14時になる少し前、久美山に着いた。
これより九鬼山へ続く稜線上を歩くことになる。
久美山から少しだけ進むと、富士見平が出てきた。
富士見平から更に緩やかな坂を登り詰めると、遂に後半のおおとりである九鬼山に着いた。
晴れていれば富士山や三つ峠、甲府盆地などが望めるが、この日は日差しはあるものの曇っていてほとんど見るとこは叶わなかった。
此処で水分補給とおやつを口にする。
九鬼山で終わりではない...あくまで後半のおおとりが終わっただけで、猿橋へはこの先もまだいくつか登らなければならない。
九鬼山にて休憩を済ませて、いよいよ佳境へと突入する。
下りている最中、稜線の遥か向こうに岩殿山によく似た岩峰が末端に見えた。
この後その岩峰が最後に牙を剥いてくるなど、まだ知る由もなかった……。
此処からは次のお山までしばらく長い尾根歩きとなるが、その行程のほとんどがざれた岩屑の激下りと鎖場と崖沿いの回廊が占めていてまともに時間を詰められない。
緩やかな坂で兎に角駆け足で行くが、それでもなかなか次のお山が見えて来ない。
がれた激下りをなんとか越えると、紺屋の休場が出てきた。
木々の合間からは御坂山地が覗かせているが、まともに景色を楽しむ余裕はほぼない。
とにかく次へ進むのが精一杯だった。
紺屋の休場から更に駆け下りていくと、深く切れ込んだ鞍部が見えてきた。
これこそ札金峠であり、此処から次のお山まで約200m以上の凄まじい急登となる。
本日最後の長い急登で、なけなしの力を使って強引に登っていく。
途中からはざれたロープ場となり、より一層登りがきつくなる。
脚はかなり限界に近づいていて、膝が痛くならないか非常に心配になってきた。
とは言え前から三毳山にて色々と試行錯誤はしている為、もう少しは耐えられそうな感じはした。
しかしいつそんな綱渡りのような状態も、綻びが見えてくるかわからない。
一刻も早くこのきつい急登を越えないと、後々に響いてしまう......。
長いがれ場の急登を越えると、ようやく稜線上に出た。
そこから緩やかな坂を越えると、馬立山に着いた。
此処までくると、あとは概ね下り基調となり、きつい登り返しはないが……唯一あの九鬼山から見えたあの岩峰だけは迫ってきている。
馬立山から少しだけ下りていくと、程なくして小沢の頭に着いた。
少しだけ足を休めたのち、どんどん駆け下りていく。
少しだけ下りて、僅かに登り返すと沢井沢の頭に着いた。
いよいよ目の前に、さっきから見えていた謎の岩峰が近づいて来た。
この岩殿山に似た岩峰は御殿山と呼ばれていて、秀麗富嶽12景のひとつでありながら秋山山稜を一望出来る展望台にもなっている。
何度も小さな岩場やがれ場を巻きながら進むと、岩殿山のようなざれた尾根道に出た。
そこから砂の階段を登り返すと、程なくして御殿山に着いた。
そこからは、さっきまで歩いて来た秋山山稜の長大な稜線が一望できた。
本来なら富士山も一緒に見ることができるだけに、少し残念ではあるが達成感がある。
御殿山から更に進むと、今年年始の大月市の山林火災の一部と思われる焼け跡が出て来た。
黒焦げになった樹林帯が斜面に広がり、途轍もない規模の爪痕が残っていた……。
少しだけ下って振り返ると、さっきまでいた御殿山が槍ヶ岳の如く天高くそそり立っていた。
鞍部から猿橋駅分岐点をそのまま直進すると、六甲山のシェール槍に似た岩場が出て来た。
そんな短い岩場の急登を越えると、本日最後のお山である神楽山に着いた。
此処にてありったけのおやつと水分を口に放り込み、鞄の中を徹底的に軽くした。
神楽山にて少し休んだのち、残すところ駐車場まで下りるのみとなった。
分岐点より、猿橋駅へ向かって一気に駆け下りていく。
眼下に大月市街地が見えているが、家や道はおろか人々は最早米粒以下のように見えて一向に下りているような気配がしない。
樹林帯に入っていくと同時にどんどん勾配がきつくなり、足の裏に熱が籠るようになった。
長いがれ場に身を置いている為、膝への負担が更に苛烈になって来た。
出来れば猿橋駅に着くまで、膝の痛みだけは勘弁してもらいたいところである。
長いがれ場に苦しめられていると、暗い樹林帯に突入した。
それより下はかなり緩やかなになり、遠くから車の走る音が聞こえてくるようになった。
樹林帯の坂を一気に駆け下りていくと、突如として木々の合間から百蔵山が見えて来た。
要するに、大月市街地が目の前に見えて来たことを意味する。
そこから程なくして、林道に突き当たった。
ようやく秋山山稜の稜線を脱出した……あとは大月市街地を越えて駐車場まで向かうのみである。
猿橋の住宅街を通り抜け、猿橋駅を越える。
国道20号を渡って、桂川を渡る。
真上には中央自動車道が走っていて、真っ赤な鉄橋が威圧感がある。
此処から大月市運動場駐車場までそこそこ登り返すが、ほぼ車道のため惰性で歩く。
そしてだらだら歩きながらやり過ごし、時刻は16時半を回った頃ようやく駐車場まで戻ってくることができた。
富士山を拝むことはできなかったが、兎に角膝の痛みに苛まれずなんとか下りられたのは幸いだった。
山梨百名山四天王最後の笹山への攻略までまだもう少し期間があるため、いろいろなお山で万全の状態にできるように努めていきたいところである。
この後大月市営河川公園まで送迎し、秋山温泉へ寄って帰宅の路へつく……。
新緑の秋山山稜にて、久しぶりの冒険を楽しんだティガレックスであった。