06:21
14.8 km
852 m
北木島へ渡る。
立石山・応神山 (岡山)
2021年03月07日(日) 日帰り
北木島の山巡りをする為、笠岡市の伏越港へ今週もやって来た。 先週は、伏越港へ到着寸前、突然のめまいに襲われ、国道2号線が45度傾いた。 巨岩の上でめまいを起こしてはいけないので、北木島へ渡るのをリタイヤしたのだった。 その前の週は、白石島を歩き、絶景を楽しんだ記憶がまだ残っている。 なぜ北木島へ渡りたいかと言えば、登山道に関するデータが見つからないからです。 でも、昔の道跡はきっと必ず残っているはず、その道を探しながら歩いてみたい。 Webで北木島の山を検索してみた。 北木島のほぼ中央にそびえるバックリ山、戦時中にはこの山頂に「防空監視哨」があり、若い女性が交代で監視していたとある。 山頂には石鎚神社があり、ほぼ毎日のように金浦の方により清掃されていた。 そして山頂からは、金浦や生江浜のほぼ全景の他に干拓地から仙酔島まで見渡せた。 ↑この文、心に残りましたので、他のサイトから貼り付けさせて頂きました。m(_ _)m 伏越港を8:05に出港し、9時0分に豊浦港に着きました。 フェリー大福丸の乗務員さんに、山へ登る旨を伝えると、いくつかパンフレットを持って来て島の説明をしてくれた。 港に降りると、秋葉山なら登れるから、登山口(大浦)まで車で送ってあげる。と言って下さった案内の人。 親切な人たちに巡り会え、感謝です。 島の人に聞いても、登山できる山は、秋葉山しかないと聞く。 この島のいたるところに、石を切り出した路頭が残っている。 間違っても岩からの転落は避けなければならない。 計画段階では、山頂から伸びている尾根筋をたどって行き、一方、麓から続いている道路などとつなぎ合わせ、登山ルートを予想した。 あとは、現地の様子を見ながら、歩ける場所を探そう。 元々道がないのだから、道に迷うとか、道から逸れないように注意せよとか、余計な事に気を遣わなくて良い。 自分で計画を立て、作戦を練り、思ったように歩かせて頂ける幸せ。ムフフフフ♪ でも、ソロなので、途中で何かあれば、責任はついてきます。 最低限、人に迷惑をかけるような無謀な事はしないと誓う。 フェリーの船室で、こんな事を考えていた。 豊浦港へ下りると、集落から山へと続いている細い道へ入って行った。 道の終点には、雑草に覆われ、トゲのツルに絡まった石切作業場跡があった。 岩がむき出しになった崖を回り込むように、斜面をよじ登って行った。 すぐに、山頂から続いている稜線へと出た。 そこからは危険はないので、木をかき分けながら進むと、間もなくトンギリ山へ着いた。 山へ取り付くまでは、藪が予想外に酷ければ、1座あるいは2座にて断念もありうるので、冷静に考え、決して無理はしないと自分に言い聞かせていた。 だが、いざ登ってみれば、地元の藪山よりも歩きやすい。 島なので風通しも良く、潮風に耐えうる植物しか生えないし、トゲのツルに雁字搦めにされるほど生えていない。 おそらく他の山も、植生は同じようなもの、トンギリ山を下山する頃には、5座歩き通せる見通しを抱いていた。 トンギリ山からの下山では、元来た道へと引き返さず、反対側へ抜ける近道を選択したのも、藪を把握した成果とも言える。 伏越港から北木港まで、海岸沿いの舗装道路を歩いたとしても1時間かかると言われたが、今の時点で丁度1時間経過なので、けっこう良いペースで来ていると思った。 ですが、いい気になってはいけません。後半は山三昧ルートが設定されているのだ。 海岸沿いの道路を北木港へ向かってのんびりと歩く。 日常の忙しさを忘れ、風景を眺めながら何も考えずに歩くのがよい。 大浦の集落からは、八幡山・秋葉山を目指します。 峠へ向かって続く道の起点が、意外と細い路地だったのには驚いた。 途中にいらっしゃった婦人方に挨拶をし、スタスタと通り過ぎた。 後ろから、「この先に道ある?」ってヒソヒソ声が聞こえた。 峠から八幡山へは、小高いピークがいくつもあって、どれが山頂か迷ったが、道中は全く問題なし。 「八幡山」から引き返すと、今度は秋葉山へ 正規の道は反対側にあったと記憶しているが、まあ、島一周一筆書きルートで進むのだから、道を気にせず突っ切る感覚でよい。 秋葉山には道があると聞いていたのに、他の山と同じような道でした。 山頂付近をさらっと見渡したが、三角点は見つからなかった。 峠まで降りると、一旦お昼休憩にした。 地図を見る限り、ここからの2座(バックリ山,高山)が難解、本腰を入れなければなりません。 初めて登る山なので、リスクの伴う川沿いや斜面の道を避け、取り付きから山頂へと続く稜線をまっしぐらに進むルートを選んだ。 集落の細い路地を曲がって行くが、両側を家の壁に囲まれ、方角が分からなくなった。 道の角っこ毎に見張り番の猫が4~5匹たむろしている。 その表情から察するに 「あいつ見慣れないヤツだな」 「おい、こっちへ来るぞ」 「変な格好をしているし、何をされるか分からん、みんな路地裏へ隠れろ」 最後ににらみを聞かしていた凄みのあるボスが塀の上から俺を睨んでいた。 俺「怪しい者ではござらん、山へ取り付きたいだけなんだ」 「狭くて面白い路地なんだけど、歩いているうちに方向が分からなくなったんだ」 眼光鋭いボスが、うなずくと、向こうへササッと歩き、姿を消した。 その先には、山への取り付き口があった。 「ボス猫よ、ありがとう」 バックリ山へ向かって、複雑な地形の中、流石にいろいろなシチュエーションの道が設定されていた。 大きな岩があれば、よじ登り、その先どうなっているかを確認。 トゲのツルにフリースを掴まれ、強引に進んだら布に穴が開いた。 ツル地帯では、絡まれないように、地面を這いつくばって進む。 やっぱり、バックリ山が一番登り甲斐がありました。 戦時中、女高生が交代でよく登ったものだ。 今生きていらっしゃるなら、百歳近いご年齢になられる、ぜひ話を聞いてみたい。 しかし、踏み跡というものは不思議なもので、数十年経過していても、残っている。 今では歩く人もいなくなり、植物がはびこっていても、綺麗にラインとして残っているから、踏み跡とは重いものだとつくづく感じた。 遂に5座目の高山へ着きました。 ピストンが嫌いな私は、引き返さずにそのまま、金風呂港へ降りたかった。 山の西側は岩稜地帯なので、そっちへは行かず、途中まで稜線を下り、程よい所から道に出ようと思った。 旨い具合に電柱を立てた跡を通って神社の裏へ降りる事が出来た。 金風呂港沿いの舗装道路を歩いていると、今まで、ほふく前進してたのだが、立ったまま何にも阻まれずに歩けるようになった違和感を感じる。 トゲに絡まれず、枝で顔をピシッとやられる事もなく歩ける舗装道路を作った人間は偉い。 だけど、あと1時間も舗装道路を歩けば、飽きてくるよなー。 何をしよう? いや、何もしない贅沢を味わえるではないか。 それは無理や、普段、忙しい生活に慣らされていて、今更どうにもならない。 日光が良くあたるコンクリートの上に座り、通り行く人をじーっと見ている猫がいた。 俺も、隣で同じように座っていようか。 豊浦の街中を見物したり、時間を潰していると、ようやくフェリーが、入って来た。 島へ到着した時に、声をかけてくださった男性から「登れた?」と聞かれた。 「藪でしたが、何とか登る事ができました」とお辞儀。 私の地元島根県にも隠岐の島という島があるが、そこの人たちは、とても素直で話しやすい。 島の生活は不便だろうけど、そこにお住まいの人々は温かい。 今度来る時は、草刈りの鎌を持って来て、山頂を綺麗にしようかな。 昔の道跡へ、テーピングするのも良いかもしれない。 フェリーの乗務員から、この島で、年間にイノシシが百数十頭とれたと聞く。 何でも海を泳いでやってくるそうだ。 比較的大きな北木島は、繁殖するのに絶好な場所らしい。 今度来た時、豊浦港でイノシシの集団から「ようこそ」なんて言われたくないな。 北木島、ありがとう。
