02:45
3.8 km
385 m
モデルコース
02:04
2.8km
353m
353m
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02:45
3.8 km
385 m
02:38
3.9 km
412 m
東殿山 (岐阜)
2025.11.14(金) 日帰り
開門時間(9:00)があるので 先に川向かいの東殿山に登ってから 郡上八幡城を登るセットプランです。 🚙泊 道の駅 やまと温泉で仮眠。 温泉もあるなんて前日早くから来るべき✨ 🅿️ 郡上市市役所など公共施設はちょうど東殿山登山口付近に集まっています。今回は市役所の左にある駐車場に停めました(土日祝日は有料)。 🚻 この駐車場内の信号寄りにあります。 💧 駐車場前にコンビニがあります。 【ルートについて】 各入口がちょい薮、少し進むと解消されます。 「火の用心」幕がある所からがハード。急登、トラバース、九十九折り、道幅狭い、崖、ちょっと下りて上がって尾根歩き、山頂まで色々なイベントをひと通り楽しめます。 【見どころ】 ○火の用心幕のある所は遠目に山城な雰囲気があってカッコよかった🥹幕なからましかば。 ○途中の峠から崖を見上げると紅葉がとてもキレイでした🍁 ○展望台のちょっと下から郡上八幡城と城下町が一望できます✨
01:42
3.5 km
354 m
東殿山 (岐阜)
2025.05.24(土) 日帰り
「雨の前に、東殿山へひと登り」 最近ほんと、土日になると雨ばっかり。 せっかくの週末、山に行きたくても全然タイミングが合わない。 でも今日は午前中くらいならまだ降らなさそう…ってことで、思い切って出かけることにした。 近場の山も迷ったけど、ちょっと足をのばして郡上八幡にある東殿山へ。 車で向かってる途中、早くもフロントガラスにポツポツと雨粒…。 「おいおい、大丈夫か?」って思いつつ、郡上市役所の横の有料駐車場は、なぜか今日は無料。ラッキー! 公園側からの周回ルートで登り始めたけど、これがけっこうな急登。 ロープが張られてるところもあって、思ってたよりハードモード。 途中、いくつものお地蔵さんが静かに佇んでて、なんだか守られてる感じもあったりして。 東殿山は、昔「赤谷山城」っていうお城があった場所らしくて、曲輪の跡とかがチラホラ見える。 本丸跡には気づかずスルーしちゃったけど、それっぽい雰囲気は感じられた。 山頂に着いたものの、眺望はイマイチ。でも、ちょっと下ったところに展望所があって、そこからの景色がバッチリ! 八幡の街並みが広がってて、さらにもう少し下がったあたりからは、郡上八幡城がドーンと見えて感動。 雨にけぶるお城も、なんとも風情があって良かった。 結局、登ってる途中でけっこう降られたけど、なんとか登山は完了。 短い時間だったけど、山に登れてリフレッシュできたし、最低限の体力もキープ。 やっぱり、ちょっと無理してでも山に来てよかったなーと思える登山だった。
02:50
4.7 km
470 m
02:37
3.9 km
390 m
東殿山 (岐阜)
2025.04.20(日) 日帰り
{古い城}一説に! 標高578mの東殿山頂上から西南方向のピークにはかつて東殿山城(別名・気良城・犬啼山城)があったそうです! 応永16年(1409年)第6代篠脇城主「東益之」によって築かれたそうだが、篠脇城から移り、居城したとも言われる一方で、一時的に気良・和良・下川などの要地を押さえる支城だったとも云われている。 {新たな城} 天文10年(1541年)第11代篠脇城主「東常慶」によって東殿山標高510mに赤谷山城が築かれる! 〜〜 〜〜 〜〜 〜〜 〜〜 〜〜 そんな二つの城が築かれていたと言われる東殿山に行って来ました♪♪ 山名の由来は城主であった(東氏の殿様の山)という意味だそうです! 愛宕公園の有料🅿️に車を停め早速階段を上がると「戦没者慰霊塔」があり公園内は既に葉桜となった桜の木がたくさんありました! 愛宕公園は桜の名所でもありました🌸 すると愛宕神社の本殿の奥から何やら烏帽子を被った昔の格好をした人がゾロゾロと出てきました‼️ 実は本日八幡町では春祭りが開催されていました♪♪ 【春祭り】 岸剱神社・八幡神社・日吉神社の大神楽が市街地を練り歩き奉納される。 街中ではピーヒャラ♪ドンドコ🎵と賑やかな音色が聴こえてきました😃🎶 登山口から祠のある広場までの道中では三十三観音の仏像が随所に鎮座している! 祠の場所は「四の曲輪」だったとも言われている! また赤谷山城の説明板もありました! ここから本格的な登山となりロープのある激急登を上がると三の曲輪、更に上がると二の曲輪、そして一の曲輪(主郭)へと!実に城としてはそれぞれの間隔が長いという印象でした! ここが東常慶が築いた新城(赤谷山城)ということですね! 薄っすらと字が消えかかった赤谷山城の木板がありました! 実は後から知ったことですがこの西側面には高さ2mもの石垣があったそうで確認出来なかったことが非常に残念でした😥💧 やはりもう一度来るしかありませんね😉! この主郭は比較的狭く、南側は切り立った断崖絶壁となっており、更にその下は通称(地獄谷)と呼ばれている! 案内表示に従って来た道を戻り回り込むように南側へ下りる! 鎖場や木道橋を渡ると巨大な岸壁の下に差し掛かる! 地獄谷では東氏の兵が何人も落ちたそうです😱💧 そして山頂直下ではYAMAPルートを確認しなかった為、まんまとピンクテープに騙されて這いつくばりながらようやく標高578mの東殿山山頂に到着となった😵💦 またここから西南西方面の約200mほど進めると石垣が現れるそうですが、いったい何の為に積まれたのかは謎であり、ここに古城と云われる東殿山城「犬啼山城」がかつて存在していたのではないかという説もある)😅➰・・・(?) 山頂には相生村と口明右村の境界杭がありました! 1954年に合併し八幡町となり現在は郡上市の一部となりました! また展望図のある位置からは白山、別山、大日ヶ岳が望めるそうだが木々の間からは薄っすらと大日ヶ岳らしき山が望めました⛰️! 下山は周回ルートで戻る途中、巨大な浅い穴があったがこれまた何の為の穴なのか? 死体置場なのか?はたまた隕石が落ちたのか?? とにかく謎深い穴でした! 更に下りると郡上八幡の街並みが一望出来る展望台に着きました♪♪ 僅かに八幡城も望める素晴らしい展望台でした😊 だがここからの下山では急なザレ場や二度もルートから外れるほどの迷いやすいルートではありましたが無事沢に下りることができ、乙姫滝に着きました! 乙姫滝の手前には乙姫水神の祠が祀られていました! 堰堤からしばらく林道を進めていくとR472号線に出て乙姫トンネルを潜りようやく愛宕公園の🅿️に到着となり本日の山行を無事に終えることができました! 東殿山(とうどのやま)!歴史あり!スリルあり! アドベンチャーな山でした😀!! 〜〜 〜〜 〜〜 〜〜 〜〜 〜〜 【愛宕神社】 慶長5年(1600年)初代郡上八幡城主「遠藤盛数」の嫡男「慶隆」がこの地に地蔵菩薩を祀り愛宕権現として創建したのが始まりと云われている。 〜〜 〜〜 〜〜 〜〜 〜〜 〜〜 では新城といわれる赤谷山城の歴史を拝見してみましょう! 【篠脇城から赤谷山城へ】 〜とうつねよし〜 天文9年(1540年)8月25日、越前の朝倉勢が東常慶の領内(石徹白村)に侵入し常慶の娘婿である石徹白源三郎に先導を強要し、源三郎はやむをえず朝倉勢を案内しながらも、弟の兵庫に常慶へ急報させた! 常慶は木越城主「遠藤胤縁・盛数兄弟」と共に篠脇城の防御を固め、9月3日に侵攻してきた朝倉軍を放射状の竪堀から巨石を落下させ撃退し、更に盛数は一隊を率いて朝倉勢の背後を突き多大な損害を与えた! しかし城自体も著しく破損するという結果になってしまった! 翌年、城の修復がままならない状況下で、再び朝倉勢が郡上に迫ると、常慶は大島(現・白鳥町)の安養寺に救援を依頼し、安養寺は信徒1000人を集めて美濃と越前の国境にある油坂峠に布陣し安養寺の軍のみで朝倉勢の侵攻を阻止した! 天文10年(1541年)篠脇城の修復を諦めた常慶は改めて郡上の防衛に適した城を築く事を決め、赤谷山(東殿山)に赤谷山城を築き、篠脇城から移り、子の常堯に守らせた! 同年、阿千葉城主(現・大和町)鷲見貞保が命に背いた為、常慶は討伐軍を起こし、貞保を自害させて古代から郡上北部で勢力を持っていた鷲見氏を滅ぼした! これにより常慶は郡上郡北部にも勢力を拡大させました! 天文21年(1552年)東氏一族で福野城(現・美並町) にあって下川筋で勢力を拡大していた河合七郎一族を不安視した常慶は遠藤盛数に討伐を命じ、盛数は七郎を滅ぼして下川筋の領地を与えられ、鶴尾山城を築いた! 常慶は実子の常堯が悪逆非道だったため、遠藤盛数を婿養子に迎え、弘治年間(1555年〜1558年)に家督を譲ったとも云われている! 一方で、常堯にも遠藤胤縁の娘と縁組させようとしたが、胤縁は常堯の非道を理由に同意せず、娘を畑佐六郎右衛門に縁付かせた! これを恨んだ常堯は、永禄2年(1559年)8月1日、胤縁が東殿山城を訪問すると、家臣・長瀬内膳に命じて鉄砲で射殺させた! かねてから宗家にとって代わることを考えていた盛数は、兄の弔い合戦を大義名文に郡内の諸豪を募り、8月14日に出陣した! また飛騨の三木頼綱の加勢も得た盛数は牛首山山頂(現・八幡山)に砦を築き布陣し、「常慶・常堯」と吉田川を挟んで南北に対峙した! 連日の防戦の末、8月24日に赤谷山城は落城し常慶は戦死したという! 一説には北辰寺(現・美並町)の位牌から、娘婿の盛数に助けられて北辰寺に至り、永禄4年(1561年)8月24日に同寺で死亡したとも云われている! 一方、常堯は飛騨国白川村の帰雲城主「内ケ島氏」のもとへ逃れた! その後、常堯は幾度となく郡上郡の奪還を狙うが果たせぬまま天正13年(1583年)11月29日に起こった(天正大地震)によって内ケ島氏の居城「帰雲城」 が崩壊する!城の麓にあったといわれる内ケ島家の館も山津波に襲われ常堯は内ケ島一族、住民など五百余名の命と共に一瞬にして亡くなった! 永禄2年(1559年)遠藤盛数は郡上郡の領主となり八幡山に城が築かれると赤谷山城は廃城となった! {感想} 悪逆非道と言われた東常堯の最期が天正大地震だったことには天災いわゆる(天罰)が下ったというところでしょうか!もし遠藤胤縁を殺害していなければ何よりも父である常慶は死なずに、郡上八幡の歴史は大きく変わっていたかもしれませんね! それにしてもミステリーの多い山でした😀✨ 〜ロマンを求めて〜
02:52
3.1 km
359 m
東殿山 (岐阜)
2025.03.29(土) 日帰り
目的は「Gallery 4月の森」 https://shigatsunomori.square.site/ でやってる小川日夏太さんの個展(4/13まで)なのでその前に登れる山を探したらこんな近くに。 とうどやま、と分かったのは登り始めの案内板見てから。 事前情報で間違いやすい箇所調べたので問題無く。時々ん?ってなるけどよく見渡せば何かしら目印あったりで大丈夫。前日の雨で程良く湿って歩きやすいし黄砂も舞ってない感じで眺めが良くラッキーでした。そして誰とも行き違わず。 低いし距離も短いけど登山靴で。あとロープ設置が有難い急斜面はぜひ滑り止め付きの手袋を。市営駐車場は広くこの日は無料開放。トイレあります。周回コースってなってるけど往復。
02:11
3.4 km
387 m
02:16
3.2 km
364 m
02:22
3.0 km
368 m
東殿山 (岐阜)
2025.03.22(土) 日帰り
短い距離の割に変化に富んだコースです 整備されてる様ですが、されすぎて無くて歩きごたえバッチリ👍 足元はしっかり登山靴でね🥾
01:52
2.9 km
345 m