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モデルコース
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音羽山・醍醐山 (京都, 滋賀)
2026年06月19日(金) 日帰り
西国三十三所巡り第十一番札所の醍醐寺に行きました 本来は上醍醐・准胝(じゅんてい)堂が札所なのですが、落雷により焼失してしまい、現在は醍醐寺内の観音堂にて御朱印をいただくことができます 准胝堂は醍醐寺から1時間半ほど山道を登った山頂付近にあり、かつては西国一の難所と呼ばれていたそうです(現在は大阪の施福寺) たしかに普段山登りをしない人には難所と言えるような階段地獄でした つづら折りの急坂を登り切るとお目当ての准胝堂がありましたが、すでに跡地で准胝観世音菩薩の赤い旗だけがありました 他にも五大堂や薬師堂、開山堂などよくこんなお山の上に建てたなぁと驚くような巨大なお堂がずらり これで眺望が良ければ参拝者も殺到しそうですがほぼ何も見えませんでした笑 山頂近くにイスとテーブルのある休憩所があり網戸までちゃんとあったので蚊に刺されることなく快適にお昼ごはんを食べることができました 下山は再入場ができないので醍醐寺の横の林道を経て駐車場へ 醍醐山に登るだけならこの道を通れば拝観料かかりません(受付の方に教えていただきました)
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大文字山・如意ヶ嶽・稲荷山 (京都, 滋賀)
2026年06月13日(土) 日帰り
2026.6.13(土) 醍醐味を求めて・・・醍醐山へ☀️ 横尾明神の化身の老翁が飲んで「ああ、醍醐味なる哉」と言った泉は、上醍醐の境内に霊泉醍醐水の井戸として残っており、今も醍醐水として枯れることなく湧き出て参拝者らがその水をいただいている この醍醐味を味わうため、醍醐山に向かう⛰️ 「醍醐水」の説明看板によると、 貞観16(874)年6月聖宝理源大師当山開創のみぎりこのところに於て地主神横尾明神の影現にあい「永く此の地を師に献ぜむ、よく密教を弘め群生を利済せよ、吾も亦擁護せむ」と告げ、落葉をかきわけ、その下から涌出した泉をくんで「ああ、醍醐味なる哉」の言葉をのこして忽然と姿を消されたと伝えられ、尊師はそのところに石をたたんで閼伽井とされ笠取山の古名をあらためて醍醐山と称せらるるにいたったもので醍醐寺発祥の霊泉である。 醍醐とは乳製品で五味の最上なるものの名称であるが、この寺の場合は、心の糧として仏法が最高であることを、いわんとするものである。 0823 醍醐寺前バス停スタート 0952 醍醐水 「ああ、醍醐味なる哉!」乾いた身体にしみる〜 0958 准胝堂 上醍醐にある「准胝堂」は、西国三十三所の札所になっていたが、2008年に雷が落ちて焼失 現在は、下醍醐(醍醐寺)の観音堂に札所ご本尊が祀られ、納経や御朱印を受付している (札所が下醍醐に移るまでは、最も過酷な札所と呼ばれていた) 1019 五大堂 1006 開山堂 1013 上醍醐陵 醍醐山の山頂付近、開山堂に隣接して上醍醐陵(かみだいご-の-みささぎ)がある。この陵には、平安時代の4人の女性、 第72代・白河天皇皇后・藤原賢子(けんし)、 白河天皇皇女・媞子(ていし)内親王、 白河天皇皇女・令子(れいし)内親王、 同域に第74代・鳥羽天皇皇女・禧子(きし)内親王がそれぞれ葬られている 1021 醍醐山山頂(標高450m) \(^^)/ 1053 不動の滝 1104 槍山 醍醐の花見🌸 慶長3年(1598年)3月15日、秀吉は一世の善美を尽くした花見をこの槍山で催した 1117 女人堂 醍醐山への登山口にある堂 昔の醍醐山は女人禁制であったことから、女性は山上の諸仏をここから拝んだとのこと 以前は、ここで入山料600円が徴収されていたが、現在は無料 1136 醍醐寺三宝院ゴール🎉
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