おっさん、海の向こうへ ― 菅島・大山
大山
(三重)
2026年05月04日(月)
日帰り
【09:00 伊良湖港】
この旅は、予定通りには始まらなかった。
目指していた神島行きの汽船は欠航。 波と風を前にすると、人の予定など簡単に崩れる。
Gさんが船頭へ掛け合っている。
「はい…やはり厳しいですか……」
その背中を見ながら、こちらも薄々察していた。 今日はそういう日なのだと。
だが、伊勢湾フェリーは動いていた。
ならば渡る。 目的地は変わっても、旅まで消えるわけではない。
【11:00 鳥羽】
フェリーを降りる。
鳥羽港は、大型連休らしい賑わいに包まれていた。 水族館へ向かう家族連れ。 写真を撮るカップル。 土産物を抱えた観光客。
その流れに逆らうように、ザックを背負ったおっさん3人が鳥羽マリンターミナルへ向かって歩いていく。
どう考えても浮いている。
だが、その違和感が少し心地よかった。
【12:10 菅島・登山道】
市営定期船で菅島へ渡る。
港から集落を抜け、水道タンクを目印に登山口へ。
大山、標高237m。
「200ちょっとだろ?」
最初は少し甘く見ていた。 だが、海抜付近から始まる急坂は、想像以上に脚へくる。
足元には大小の石が転がり、踏み込むたびに靴裏がずれる。
木々に挟まれた細い道。 伸びた枝葉が腕やザックに当たる。
乾いた土を踏む音。 鳥の声。 汗に混じる潮風。
離島の山には、本土の低山とは違う空気がある。
急坂を一つ越えるたび、呼吸が少しずつ荒くなっていった。
【13:10 大山山頂】
山頂に着く。
木々の隙間から、答志島と鳥羽港、その向こうの伊勢湾が見えた。
さっきまでいた本土が、妙に遠く感じる。
船で渡った。 ただそれだけなのに、世界との距離感が変わって見える。
しばらく黙って景色を見る。
誰も急いで喋らない。 たぶん、3人とも同じようなことを考えていた。
「ちゃんと島まで来たんだな」
そんな感覚だけが、静かに残っていた。
【14:00 港へ】
本当なら、灯台まで行く予定だった。
明治から続く菅島灯台。 海女の聖地、しろんご浜。
だが、船の時間がある。
一本逃せば、帰り全体が崩れる。
「今回は無理か」
そう言って港へ向かう。
全部は回れない。 むしろ、少し足りないくらいの方が、次へ繋がるのかもしれない。
【15:30 七越茶屋】
鳥羽へ戻る。
島で昼を食べる時間はなかった。
空腹のまま入った七越茶屋で、「手こねずし膳」を注文する。
酢飯が妙にうまい。
歩いた後だからなのか、船に揺られたからなのか、それとも単純に腹が減っていたのか。
理由はよく分からない。
ただ、今日の締めとしては十分だった。
【帰路】
帰りの伊勢湾フェリーは、風とうねりで大きく揺れていた。
デッキへ出るたび、潮風が身体を叩く。
行きよりも少し疲れた身体で海を眺めながら、今日一日の景色を反芻していた。
神島には行けなかった。 灯台にも辿り着けなかった。
それでも、渡った海と、島の静けさは残っている。
私は神島の方を振り返った。